「嬉しい……」


凜花は、聖のことを大切に思っている。
そして彼と同様に、桜火も玄信も風子も、蘭丸と菊丸も、凜花にとっては大切な人たちだった。
聖以外の者は、彼のつがいである凜花を義務感で大切にしてくれているだけかもしれない。
そんな風に思うこともあったが、今は違うと感じる。


桜火は、監視こそ厳しいものの、心遣いが行き届いている。凜花の些細な変化にも気づき、いつだって凜花が過ごしやすいように配慮してくれる。
玄信は、厳格で言葉のひとつひとつが重いが、それは天界を思ってのこと。それに、厳しさのせいでわかりにくくとも、心根の優しい人だと気づいている。


風子は、凜花に居場所をくれるとともに、料理係たちとのコミュニケーションの場を設けてくれ、そこから少しずつ他の臣下たちとも話せるようになった。
蘭丸と菊丸は、まだ龍としては幼いながらも優しく、いつも凜花を元気づけようとしてくれている。聖が帰ってこない日は、特に明るく振る舞ってくれる。


そういった思いやりが、ただ主人のつがいだから……という理由で与えられているとは思えない。
上っ面ではない優しさが伝わってくるからである。
たとえ自惚れであっても、周囲の人間関係に恵まれなかった凜花にとっては本当に嬉しいことだった。
だからこそ、凜花も、聖を、そしてみんなを大切にしたいと思う。


「私……幼い頃に両親を亡くして、身寄りも兄弟もいないんです。だから、もし弟がいたら蘭ちゃんや菊ちゃんみたいだったのかなって思うことがあるんです」


赤い着物を纏う凜花の肩に、龍のたてがみであつらえたという羽織がかけられる。


「あの子たちが戻ったら、そう伝えてあげてくださいませ。きっと喜びます」

「はい」


もっと、大切にしたい。
みんなのことも、こうして過ごす時間も、なによりも聖を……。


(次に聖さんが帰ってきたら、自分の気持ちを言おう。きっと、私じゃ釣り合わないだろうけど、私は聖さんと一緒にいたい。だから、あなたと――)


「どうした!」


凜花が思いを馳せるように空を見上げたとき、玄関の方から声が上がった。


「なにがあったんだ!?」


なにやら騒がしくなり始め、凜花は桜火を見た。


「凜花様はお部屋へ」

「え? でも……」

「どうか言う通りに」


彼女の真っ直ぐな目に、凜花は頷くことしかできない。
桜火に部屋まで送り届けられると、「ここにいてください」と言い置かれて彼女が廊下に出ていった。


なにがあったのか。
もしかして、また火焔が来たのではないだろうか。
不吉な予感ばかりが頭の中を駆け巡り、凜花の中に不安が芽生える。


「しっかりしろ!」


そのさなか、廊下がバタバタと慌ただしくなった。