凜花が目を覚ましたのは、外が夕焼けに染まり始めた頃だった。


傍には聖の姿はなく、握られていた手は冷たい。
代わりに、蘭丸と菊丸が凜花の両側ですやすやと眠っていた。
ふたりは上半身だけ凜花の布団に乗せ、下半身は畳に投げ出している。


「目を覚まされましたか?」


凜花がゆっくりと体を起こすと、桜火の声が聞こえてきた。


「桜火さん……」

「なにか食べられるのでしたら軽食をお持ちします。それとも、湯の用意ができておりますが、体を温められますか?」


優しい声音に胸の奥が痛む。


「あの……勝手なことをしてごめんなさい……」


凜花が頭を下げると、彼女が困り顔でため息を零した。


「まったくです。姫様になにかあったらと寿命が縮む思いでした」

「ごめんなさい……」

「ですが、まずはご無事でなによりです。お説教は聖様にしていただきますが、今後はひとりで行動なさらないでくださいね」

「はい」


たしなめるように言いつつも微笑んだ桜火に、凜花が反省の色を浮かべて頷く。
彼女は「お腹は空いていませんか?」といつものように訊いてくれた。


「平気です」

「では、少し体を温めましょう」


桜火に促されると、蘭丸と菊丸が目を覚ました。


「姫様!」

「もう大丈夫ですか?」

「うん。心配かけてごめんね。ありがとう」

「蘭丸、菊丸、姫様は湯浴みに行かれますから、お前たちは別の仕事に――」

「蘭もお供するです」

「浴室の前で待つです」


彼女の言葉を遮ったふたりは、先陣を切って廊下に出る。


「紅蘭様!」


直後、桜火が声を上げ、廊下の向こうから歩いてくる紅蘭の姿が目に入った。


「っ!」


紅蘭は凜花を見るなり右手を振り上げたが、怒りに震えながらもその手を止めた。


「……本当は今すぐに殴ってやりたいわ」


恐らく、彼女は今朝のことを耳にしたのだろう。


「あんたひとりの身勝手さでこんなことになったのよ!」


怒りの目を向けられる中、玄信が慌てたように走ってきたが、それよりも早く紅蘭の声が響き渡った。


「いい? 龍にとってつがいは唯一無二の存在で、どんなことがあっても何物にも代えがたいものなの。それは裏を返せば弱点にもなりうるということ。下手をすれば、龍にとって致命傷にもなることなのよ!」


普段なら、きっと玄信や桜火が紅蘭を止めただろう。
しかし、ふたりは眉を寄せて黙り込み、紅蘭を止めようとはしなかった。