「眠れない……」


凜花は、ため息交じりに呟いた。
聖のことばかり考えているうちに、とうとう空が明るみ始めてしまったのだ。
風子の言葉によって自分の気持ちを自覚したのは、まだ数時間前のこと。
なんとなくそうかもしれない……程度だった感覚が実感となった今、彼のことが頭から離れなくなっていた。


(つがいじゃなくても……私は聖さんのことを好きになったのかな? つがいだから恋したわけじゃなくて、聖さんだから恋をしたって思うのはおかしい?)


彼女は『好きな人といれば、誰だってそんな風になりますもの』と言った。
しかし、凜花にはまだよくわからなかった。


凜花は恋をした経験がない。
多くの人が幼い頃に経験するであろう淡い初恋も、学生時代の青春に溢れた恋も、凜花は一度もなかった。


両親が亡くなる前のことはよく思い出せないが、その後はずっと孤独を抱えて生きてきたし、いじめに遭っていたのも大きな要因だろう。
友人すらいなかったのだ。恋愛なんて、もっと遠い出来事のようだった。


それが今や、凜花も恋情というものを知ったのだ。
初めての感覚に戸惑うのも無理はない。
幼い頃から経験したことがない感情に心を包まれて平常心を保てる人間なんて、そう多くはいないだろう。


(好きってこんな感覚だったんだ……)


甘くて、くすぐったくて、けれど少しだけ心が疼くようで。ときには胸の奥がきゅうっと苦しくなって、それでも笑顔を見られるとドキドキして……。
そんな風に忙しなく変わっていく感覚が恋だったのだ……と知り、気恥ずかしいやらいたたまれないやらで、昨夜から布団を被っては何度も悶えている。


「こんなの、聖さんに言えないよ……」


風子の言う通り、聖は凜花が気持ちを伝えれば喜んでくれるのかもしれない。
ただ、彼の前で言えるとは到底思えない。


心の中で想うだけでこんなにも恥ずかしいのだ。
本人を前にして伝えるなんて、羞恥の極みである。
もしかしたら、あまりの恥ずかしさで倒れるかもしれない。


またもや布団の中でじたばたと悶え、心拍が上がり始めた頃。

――凜花。

誰かに呼ばれたような気がした。