龍神のつがい〜京都嵐山 現世の恋奇譚〜

「熱はなさそうだな? だが、少し顔が赤い。医者を呼ぶか?」

「大丈夫……! 別になんともないから!」

「本当か? 凜花は俺の大事なつがいだ。なにかあってからでは遅――」

「本当に大丈夫だよ!」


信じ切れない様子の聖なら、今すぐにでも医者を呼びそうである。


「姫様、風子です」



困惑と緊張と驚きでいっぱいの凜花に救いの手を差し伸べたのは、ふすま越しに聞こえてきた風子の声だった。
さきほどの約束通り、彼女は凜花の話を聞くために来てくれたのだろう。
それはありがたいが、なによりもこの状況から抜け出せることに感謝した。


「風子? こんな時間にどんな用件だ?」

「えっと、私がお話したいことがあってお願いしてたんです! 中に入ってもらってもいいですか?」

「……まぁ、風子ならいいか」


凜花はお礼を言い、急いでふすまを開ける。


「姫様、遅くなって申し訳ございません。……あら、聖様もいらっしゃったのですね。お取込み中でしたか?」

「い、いえ、全然!」


彼は少しばかり不服そうだったが、凜花は必死に明るく振る舞う。


「聖さん、今から風子さんとふたりきりでお話したいので、今夜はもうお部屋に戻ってくれる?」

「は……?」


それは、聖にとってあまりにも想定外だったのだろう。
鳩が豆鉄砲を食らったような顔の彼は、凜花を見たまま言葉を失った。


「あっ……ダメ……でしょうか?」


空気を読んだ凜花が眉を下げる。風子は笑いをこらえているようだった。


「……俺に聞かれたくない話なのか?」

「それは、えっと……」

「聖様、野暮ですよ。女には色々あるのです」

「色々……」

「ええ。男子禁制のあれこれや、女ならでは悩み……。夫の悪口を言うのも、女同士の方がよく盛り上がりますわ」

「凜花は俺に不満があるのか?」


冗談めかした彼女の言葉に、聖がわずかに不安を覗かせた。
凜花は全力で首を横に振り、必死に否定する。


「そうじゃなくて……。でも、女性に相談したいというか……」

「……わかった」


彼は渋々納得した様子を見せたが、そのあとで凜花の頭を撫でた。


「だが、明日の夜は今夜の分も一緒に過ごそう。それならいいか?」


凜花が笑みを浮かべて頷くと、聖は「あまり遅くならないように」とだけ言い残して部屋から出ていった。
その背中がどこか寂しそうに見えたのは、気のせいだっただろうか。