そんな平穏な日々を送っていた、ある午後のこと。


「お待ちください! 紅蘭様!」


部屋の外がなんだか騒がしくなり、聞き覚えのある名前が耳に飛び込んできた。


「うるさいわね」

「いくら紅蘭様であっても、姫様のお部屋にはお通しできません。聖様のご命令に背くことがどういうことか、紅蘭様もよくおわかりのはずです」


きっと、ふすまの向こうには紅蘭がいるのだろう。
凜花は少しだけ戸惑ったが、蘭丸たちと仲良く活けていた花を台に置き、すぐに立ち上がった。


「なりません、姫様」

「桜火さん……」

「紅蘭様とお会いになれば、またなにを言われるか……」

「でも、きっと紅蘭さんはなにか不満があるんですよね? このままだと、紅蘭さんは何度も来られると思いますから……」


制止する桜火に苦笑を返した凜花が、緊張しつつもふすまを開けた。


「あら」

「こ、こんにちは……」


自分でも気づかないうちに緊張していたらしく、紅蘭の視線を受けた凜花の声が裏返ってしまった。
彼女の目には、冷ややかな雰囲気が宿っている。


「あなた、本当に聖と契りを交わすつもりなの?」


紅蘭の質問は、声音同様とても不躾なものだった。


「紅蘭様、そういったお話はお控えください」

「桜火さん、いいんです」

「しかし……」


すかさず止めに入った桜火に、凜花が強張った表情で笑みを浮かべる。


「えっと、ここだと人目があるので中に……」

「それはいけません。いくら姫様でも、聖様のご命令には背いては……」

「じゃあ、お庭ならどうですか? それなら部屋の中じゃないですし」

「……わかりました。ですが、私共もお傍にいさせていただきます」

「そんなに警戒しなくても、別に殴ったりはしないわよ。聖に言ってもこの子に会わせてくれないから、こうして来ただけよ」


紅蘭の話しぶりから、彼女は何度か凜花に会うことを望んだのかもしれないと感じる。しかし、聖が許さなかったようだ。
それがどういう意味か。凜花にとってはデメリットになりうる可能性があるのはすぐにわかったが、凜花は紅蘭とともに庭に出ることにした。


「……どこまで行くつもり?」


庭に出て歩いているだけだった凜花に、彼女が呆れたようなため息をつく。