翌日から早速、凜花が夕食の支度を手伝うことになった。


凜花は、これまで調理場に入ったことはなかった。そのため、バラエティー番組で観た一流料亭のような台所に目を真ん丸にして驚いた。
料理係たちはみんな、恐縮するように凜花の様子を窺っていた。
なんとも言えない空気を感じながらも、凜花が控えめな挨拶をする。料理係たちはどこか余所余所しかったが、主人のつがいと働くのだから仕方がない。


「ほらほら、あなたたちは自分の仕事をしなさい。あまり見られていたら、姫様が緊張なさるでしょう。姫様には私が仕事をお教えしますから、あなたたちは普段通りの仕事をすればいいんですよ」


こんな状況でも、風子はみんなを上手く纏め上げていた。
昨日の光景と似ている気がして、凜花が小さな笑みを零す。


「よかった。姫様、あまり緊張なさっていないようですね」

「あっ……すみません」

「あら、いいんですよ。お仕事をお教えするには気安く話しかけていただける方が助かりますし、聖様からも姫様が楽しめるようにと頼まれていますから」

「えっ?」

「ふふっ、本当に愛されていらっしゃいますね」


彼女に柔らかい笑顔を向けられて、凜花は気恥ずかしくなった。
なんだか身の置き場がないような羞恥心を抱いたが、ここには仕事をするためにいるんだ……と自分自身に言い聞かせる。


「あの、私はなにをすればいいですか?」

「姫様、包丁を扱ったことはございますか?」

「はい」

「では、ひとまず芋の皮を剥いてください」


包丁を手渡され、凜花は少しばかり戸惑う。


「……ピーラーなんてありませんよね?」

「ぴぃらぁ?」


風子は聞いたこともないようで、きょとんとして首を傾げた。


「あ、うーんと……野菜の皮を剥くための道具です。取っ手がついてて……刃を当てながら撫でるようにすると、皮が剥けて……」

「まぁ! 下界にはそんなに便利なものがあるのですね!」

「え? は、はい」

「それがあれば下拵えの時間が短縮できそうだわ。今度、聖様にお願いして、道具屋さんに作ってもらおうかしら。姫様、下界には料理のための道具が他にも色々あるのですか?」


感激したような彼女に、今度は凜花がきょとんとする。


「は、はい……。うーんと、フライパンとか蒸し器とか……あとは型抜きとか」

「どれもきっと便利なのでしょうね。とっても興味深いです。今度、もっと聞かせていただけませんか?」

「それはもちろん……。でも、下界の話ってしてもいいんでしょうか?」

「え?」

「えっと……ここでは聖さん以外の人に下界のことを訊かれたことはないので、てっきり禁句なのかと……」

「そんなことありませんよ」


しどろもどろ告げれば、風子が優しい眼差しで凜花を見つめた。