「お暇じゃないです」

「菊たちとかくれんぼしたりお花を摘んだりするです」


そんな中、蘭丸と菊丸が心外だとばかりに抗議をした。


「蘭たち、姫様と毎日たくさん遊んでるです」

「姫様、お暇にならないです」

「ふふっ、そうだったわね。ごめんなさい。お詫びに、明日の朝食にはふたりの好きなものを用意しましょうね」

「ハクの実!」

「雲飴!」

「それは朝食にはならないわね。ハクの実はもう旬が過ぎてしまったし、雲飴はお菓子でしょう?」


クスクスと笑う風子は、とても優しい雰囲気を醸し出している。


「姫様がお料理をしてくださる間、ふたりは修行に励みなさい。蘭丸と菊丸が強くなれば姫様をしっかりお守りできて、聖様もお喜びになるわよ」

「でも、玄信様は稽古つけてくれないです」

「いつも忙しいです」

「あら、それなら私が稽古をつけましょうか」

「やめろ」


不満げな蘭丸たちに風子が笑顔を向けたが、すぐさま玄信が止めに入った。


「風子は腹に子がいるんだ。こいつらの稽古をつけて、万にひとつのことでもあればどうする」

「子どもの稽古くらいでこの子はビクともしませんよ。あなたの子なんですから」

「それでも許さん。稽古なら私がつけるから、それでいいだろう」

「ですって。よかったわね、蘭丸、菊丸」

「はいっ!」


蘭丸と菊丸が嬉しそうに声を揃え、風子は満足げな笑みを浮かべている。
不服そうな玄信に、聖と桜火は笑いを噛み殺すようにして肩を震わせていた。


ここにいる者たちの力関係が一気に理解できた気がする。
堅物で気難しく取っ付きにくい玄信は、つがいである風子には敵わないのだろう。
彼女もまた、夫の扱いを心得ているようだった。
風子は、蘭丸と菊丸とも上手く接した上、聖に対しては尊敬の念を抱えつつも冗談も言えるくらい信頼し合っている。
桜火も、風子には弱いようだった。


「では、玄信も桜火も姫様を調理場でお預かりすることに異論はありませんね」

「……はい」

「聖様が決められ、風子が許可したのなら仕方あるまい」


まさに、お見事と言いたくなるような手腕だった。
誰ひとり反対する者はおらず、凜花はようやくささやかながらも役目を手に入れることができたのだ。


それは、凜花にとっては本当に嬉しいことだった。
なによりも、この屋敷で少しでも役に立てるかもしれないことに安堵していた。