「着物やかんざしを見ないか? なにか凜花に贈りたいんだ」


凜花は、すぐに首を横に振った。
今日着ている着物は先日街に来たときと同じものであるが、屋敷に戻れば着物もかんざしもたくさんある。恐らく、一か月は毎日違う着物を着られるだろう。
どれも聖が用意させたものだと、桜火から聞いている。
正直、これまで質素な暮らしをしてきた凜花の手には余ってしまっている。


「凜花の好みが知りたいんだが」

「いえ……。用意してくださっているもので充分ですから」


凜花がさらに遠慮すると、聖が残念そうに眉を下げた。
こういうとき、凜花は素直に他人からの厚意を受け取れない。
これまでにそういった経験がないことが大きな理由だったが、なによりも凜花が欲しいのは物ではないからである。


両親、居場所、自分を求めてくれる人。
ずっと願っても手に入らなかったものたちは、決してお金で買うことはできない。
仮に金銭で手に入れたとしても、それは偽り以外の何物でもない。
彼は凜花のことを求めてくれているが、すべてを真に受ける勇気はない。


自分の中に凜の生まれ変わりだという自覚がないことよりも、紅蘭の言葉がずっと引っかかっているからである。
胸が疼くたびに漏れそうなため息はなんとか押し込めたが、賑わう街に反して凜花の表情は曇っていく。


「聖様、お腹空いたです!」

「おやつが食べたいです!」


それをとどめてくれたのは、蘭丸と菊丸の無邪気な笑顔だった。


「これこれ。蘭丸、菊丸、おふたりの邪魔をしてはいけませんよ」


ふたりをひょいっと抱き上げた桜火は、まるで母親のようだった。


「いや、構わない。少し休憩しよう」


聖は小さく笑い、すぐ近くの大きな日本家屋へと促した。


「ようこそおいでくださいました、聖様。お席のご用意は整っております」


どうやら彼の贔屓の店らしく、女将と思しき女性が甲斐甲斐しく出迎えてくれた。


「聖様、おやつですか?」

「先に昼食だ。おやつは食後に食べさせてやる」


聖が蘭丸の質問に答えると、蘭丸と菊丸が嬉しそうに目を輝かせる。
玄信と桜火は外で待機していると言ったが、聖が「みんなで食べる方が凜花も嬉しいだろう」と告げた。
かくして、大部屋に通された一行は、仲良く昼食を摂ることになった。