翌朝、朝食を済ませると、凜花は身支度を整えた。
桜火が口紅を塗ってくれたからか、鏡に映る凜花の姿はいつもよりも大人びている気がする。


聖は、そんな凜花を目にするなり、「とても可愛い」と褒めてくれた。
街へは彼とふたりで行くはずだったが、蘭丸と菊丸がしょんぼりしているのを見ると、凜花は放っては行けなかった。
蘭丸たちを連れて行ってもいいかと頼むと、聖は微妙な顔つきになったが、嫌がることなく頷いてくれた。
結果、ふたりの子守りとして玄信と桜火も付き添うことになり、大所帯での移動となってしまった。


とはいえ、人力車に乗るのは聖と凜花だけ。
玄信と桜火は、背後を涼しい顔で走ってついてきていた。彼に至っては、蘭丸と菊丸を両肩に乗せている。
一見すると強面の玄信だが、蘭丸たちは彼にも懐いている。以前に凜花が感じた通り、彼は見かけと違って心根の優しい人なのだろう。


街に出ると、車夫は人力車とともに広場に留まることになった。
聖の案内で、先日回れなかった街の奥の方へと歩いていく。
後ろからは四人がついてきていたが、はしゃぐ蘭丸と菊丸とたしなめる玄信はさながらふたりの父親のようだった。
なんだかおかしくて、凜花の頬が綻んでしまう。


「よかった。凜花が笑ってくれて」

「え?」

「昨日、紅蘭が来てからずっと元気がなかっただろう」


ずばり指摘されて、曖昧に微笑むことしかできなかった。
紅蘭の言葉が、ずっと心に残っていた。彼女の敵意はわかりやすく、天界には同じように思う人もいるのだろう……と実感させられたのもある。


その上、紅蘭は彼と並んでいてもお似合いで、自分とは月とスッポンほど違う。
なにもかもが、凜花の胸の奥を重くさせたのだ。


そもそも、凜花にはまだ、聖のつがいだという自覚はない。
彼の千年前の恋人の生まれ変わりなんて言われてもピンと来ないし、自分の気持ちだってちっともわからない。
紅蘭の方が聖とお似合いだと思うと胸が痛んだが、それだって彼女から伝わってくる憎しみによってそう感じただけかもしれない。
彼のことをどう思っているのか、ずっと考えてはいる。
しかし、凜花はまだ明確な答えを出せずにいるのだ。


もっとも、凜花のことを知っていた聖とは違い、凜花の方は彼と出会ってから一か月にも満たない。
ただでさえ目まぐるしかった日々の中、心に余裕はなかった。
自分の本心がわからないのも無理はない……と言えるだろう。