「なにが見たい?」

「なんでも見たいです! あっ、蘭ちゃんと菊ちゃんにお土産も買わないといけませんよね」

「ああ、そうだったな」


街に入ると、人々の目が聖に向く。すると、彼の姿を見た者は頭を垂れ、凜花のことを一瞥した。


「聖様よ」

「じゃあ、お隣が噂の?」

「ああ、つがいだろう。見たところは力が強そうでもないな」

「それより、どうして街に? お供は車夫だけか?」


どこからともなく聞こえてくる声が、凜花を不安にさせる。
直後、凜花の右手が優しく包まれた。聖が手を握ってくれたのだ。


「凜花。周囲の目や声は気にしなくていい。俺といれば危害を加える者はいないが、不安なら俺だけを見ていろ」


美しい顔が湛える自信に満ちた笑みには、蠱惑的な魅力があった。
凜花の鼓動が大きく跳ね、ドキドキと騒ぎだす。途端、人々の視線よりも目の前にいる彼の存在に心が奪われた。


「いい子だ」


外野がどれだけ凜花を見ていても、聖の声ばかりが鼓膜をくすぐる。
彼は凜花を慈しむように見つめると、人力車から降りて街を案内してくれた。


街にいる者たちは聖に気づくと、驚いたような顔をしていた。
しかし、彼の傍では滅多なことは言えないのか、さきほどのように凜花について言う者はいない。


好奇の視線にさらされてはいたが、凜花を気遣ってくれる聖のおかげで街での時間を楽しんだ。
屋台のようなものが出ていたり、茶屋があったりと、まるで下界と変わらない。
彼は茶屋で団子を買い、凜花に食べさせてくれた。


屋敷で口にする料理もだが、天界の食べ物は和食に近く、どれも口に合う。
この団子には、天界にしかない果実の果汁が加えられているそうだが、フルーティーでとてもおいしかった。
ふと、街の雰囲気が嵐山に似ていることに気づいた。


「なんとなくですけど、ここは嵐山に似てますね」

「ああ、向こうとこちらは鏡のようなものだ。まったく同じではないが、あそこに見える橋も下界のものとよく似ているだろう」


言われてみれば、川にかかっている橋は渡月橋のようだった。振り向いた先にあった山は今来た道だが、凜花が嵐山で迷い込んだ山と瓜二つだ。


「下界との共通点なら、街にも屋敷にもたくさんある」

「あれは?」


前に視線を戻した凜花は、石造りの建物を指差した。
石垣が積み上げられた先にあるのは、城に見える。


「あれは城だ」


予想は当たっていたが、城壁は雲にかかりそうなほど高く、天守閣は見えない。