「凜花の願いなら聞き入れてやりたい。だが、それは無理だ」

「どうしてですか……?」

「凜花はいずれ俺のつがいとなる身。天界にはその存在を疎ましく思う者がいて、命を狙われる可能性もある。この屋敷にいれば俺の結界が働いているが、一歩外に出れば凜花を襲う者が現れないとも限らない」


凜花には、龍のつがいになるという意味がまだよくわかっていない。
詳しく説明されていないというのもあるが、ピンと来ていないのだ。


「じゃあ、私はずっとここにいなければいけないんですか?」


だからこそ、自分の命が狙われるかもしれないと知り、一度は飲み込んだはずの不安が大きくなる。


「いや、そんなことはない。契りを交わせば俺の加護が受けられるし、凜花自身にも少しだが龍の力が与えられる。そうなれば、今よりは自由を与えてあげられるよ」

「でも……それじゃあ、契りを交わさない限りはここから一歩も出られないってことですよね? そんなの……」


まるで閉じこめられているようだ、と凜花は思う。
口には出さなかったが、凜花の顔は曇っていった。


「確かに不自由を強いてしまう。それについては申し訳ない。だが、どうかわかってくれ。まだ契りを交わしていない今は、凜花は俺の座を狙う龍たちにとって格好の餌食なんだ。ここにいる限りは安全だが、日常的に外に出すわけにはいかない」

「わかりました……」


納得したわけではない。しかし、凜花にはそう返事をするしかなかった。
聖は申し訳なさそうに眉を下げつつも、優しい笑みを浮かべた。


「今日は街に行かないか?」

「え? でも……」


たった今、聖は外に出ることをはっきりと禁じたばかり。
それなのに、急に街に行くことを提案されて驚いてしまう。


「ああ、大丈夫だ。今日は俺がついている。俺がいれば、凜花に危険は及ばない」


彼の言葉を信用していいのか、と悩まなかったわけではない。
けれど、凜花はなぜか自然と聖のことを信じられた。
なにがあっても彼がいれば大丈夫だ、と素直に思えたのだ。


「ただし、着物に着替えてくれ。その格好は少し目立つからな」


凜花が身に纏っているのは、Tシャツとデニムというシンプルなものだが、天界では馴染みがないのだろう。
聖も屋敷内にいる臣下たちも着物を着ているため、すぐに意味を理解した。


「わかりました」

「桜火、凜花に着物を」

「御意」


桜火に促され、凜花は立ち上がる。


「聖様、蘭丸も行きたいです」

「菊丸もです」

「野暮を言うな。俺と凜花はふたりで出かけるのだ。土産を買ってきてやるからいい子にしていろ。街には今度連れて行ってやる」

「はぁーい……」


背後のやり取りを聞きながら、少しだけ申し訳ない気持ちになる。
それでも、ようやく屋敷の外に出られることが嬉しくて、凜花の心は弾んでいた。