「あっ、ごめーん! 手が滑っちゃった!」


頭上から声とコーヒーが同時に降ってくる。


「きゃっ……!」


昼休憩に、凜花が自分のデスクでお弁当を広げた直後のことだった。
コーヒーに漬かった白米やおかずは、まるで泥水に埋もれたようだ。


制服にもかかったことに気づき、凜花は慌てて更衣室に立ち寄ってから化粧室に駆け込んだ。
社章のマークが入ったシャツを脱ぎ、コーヒーが飛び散った部分にシミ取り剤を塗ってハンカチで叩いていく。


(お願い、取れて……!)


ハヤブサ便では制服は支給され、仕事中のハプニングなどで汚れたり破れたりした場合にも会社が補償してくれる。
しかし、就業時以外や自身の不注意によって破損した場合は、新しい制服は自分で購入しなければいけないのだ。


一か月前、凜花の制服のシャツがビリビリに破かれていた。
恐らく、カッターのような刃物で傷つけられたのだろう。元の形を保っていないほどボロボロになったシャツは、明らかに仕事中の事故では通らなかった。


前日にはきちんとロッカーの鍵をかけた記憶があり、解錠するための鍵は凜花が持つ合鍵と営業所で保管されている本鍵しかない。
翌朝に出社したときには、制服を見て驚きと困惑でいっぱいになったが、事情を話せば所長はわかってくれると思っていた。


ところが、制服の破損は凜花の不注意と判断され、支給してもらえなかった。
弁償しなくてはいけないとわかっているのに、わざわざ自ら制服を切り裂くバカがどこにいるだろうか。
シャツ一枚とは言え、制服ともなれば安価ではない。
一人暮らしで生活に余裕がないこともあり、凜花は必死に事の始終を説明して無実を訴えたが、彼は『いくらなんでもこの状態で再支給は無理』の一点張りだった。