嵐山に戻ったときには、とっくに日が暮れていた。
ひとりでここにきた数日前にはあんなにも絶望でいっぱいだったのに、今は少しだけ足取りが軽く感じる。


そもそも、池までの道のりが、あの日に凜花が通った道なき道ではないルートを通ったせいかもしれない。
朝もそうだったが、玄信の案内で歩く道は、舗装こそされていなかったが歩きにくいと言うほどでもなく、桜火が何度も手を貸してくれたおかげで随分とラクだった。


「姫様と桜火は先に池へ。私もすぐにまいります」

「はい」

「では、姫様。私に捕まってください」


桜火の腕にギュッとしがみつけば、彼女が微笑む。
来るときには聖に抱かれていたため、少しばかり不安はあったが、桜火の顔を見ると安堵感が芽生えた。
彼女が凜花を支えるようにして池に飛び込む。


「おかえり」


直後、つい瞼を閉じてしまった凜花の耳に、優しい声が届いた。


「無事でよかった」


そう言うが早く、聖が凜花を抱きすくめるようにして腕の中に閉じ込めてしまう。


「あ、あの……」

「少しこうさせていてくれ」


彼にぎゅうっと力を込められて、まるで不安が伝わってくるようだった。


朝に別れたばかりだが、恋人を亡くしている聖にとっては凜花以上に長い時間に感じたのかもしれない。
凜の代わりでしかないとわかっていても、こんなにも愛おしそうに抱きしめられると凜花の鼓動は高鳴り、心臓がドキドキと脈打っていた。


ようやく体が離されたときには、全身が熱かった気がする。
けれど、それをごまかすように微笑んだ。


「えっと……ただいま、です」

「ああ、おかえり」


彼の瞳が柔らかな弧を描く。


「玄信、桜火、ご苦労だった」


聖から労われたふたりは、同時に片膝をついて頭を下げる。


「なんだ? 凜花の荷物はそれだけか?」

「はい。一人暮らしでしたし、あまり物はなくて……」


部屋の中にあった荷物のほとんどは処分したため、三人でも充分運べた。というよりも、玄信がほとんどひとりで持ってくれた。
聖は驚いていたようでもあったが、すぐに笑みを浮かべた。


「まぁいい。必要なものがあれば、俺がすぐに揃えてやる」


彼の笑顔に、勝手に胸の奥が高鳴ってしまう。
凜花の中にあった恐怖心と不安が、静かに溶けていった。