会社に着くと、真っ先に所長のもとへ行った。
凜花の遅刻を咎めるどころか、凜花のことを気にかける者はひとりもおらず、同僚たちは凜花を遠巻きに見ている。
それも、凜花自身への興味ではなく、同行している玄信と桜火への視線だった。


「退職?」


到着早々、遅刻の件を謝罪した凜花は、二言目に退職したいことを申し出た。
いつもは凜花に冷たい所長も、今は玄信と桜火が傍にいるからか、様子を窺っているようだった。
警戒しているようにも見えるが、無理もない。
玄信は、最初に『我々は彼女の後見人です』と口にしただけだったのだから。


「はい……。先日の一件で、こちらではもう働けないと思いました」


それが最たる理由ではないが、決して嘘ではない。
聖と出会わなければ、凜花は京都で人生の幕を下ろしていたかもしれない。
山で遭難するところだったが、渡月橋を渡ったときには『ここから身投げするのもいいかもしれない……』と一瞬脳裏に過ったくらいである。
正直、あの段階では会社に戻ってくる気などなかった。


「あのね……いきなり言われても困るよ。うちは今、人手不足なんだ。君だって社会人なんだから、急に仕事を辞められないことくらいわかるだろ? まったく……これだから親がいない子は困るんだ」


所長の言葉に胸が痛むが、凜花は唇を噛みしめてこらえる。


「それはわかっています。ですが、スタッフたちの私への態度はお気づきだったはずです。あの日、私は大谷さんに大切な写真をグチャグチャにされました。お弁当にコーヒーをかけられたことも、制服のことも……本当はわかっていましたよね?」

「い、いや……。それは俺が口を挟む問題ではないというか……社員同士のいざこざは自分たちで解決してくれないと……。もう社会人なんだから」

「ちょっと、聞き捨てならないんだけど」


決まりが悪そうな所長を前に、幻滅する気にもならない。
そこへ不満顔の茗子がやってきた。