凜花は、仕事を辞めることを心から納得しているわけではない。
身寄りのない凜花には、これまで頼れるのは自分自身しかいなかった。
そんな風に生きてきた凜花にとって、仕事は自分の生活を保障してくれる唯一のものだ。それを自ら手放すなど、自殺行為に等しくも思える。


それでも仕事を辞める決心がついたのは、聖が凜花を求めてくれたから。
凜花はずっと、誰からも必要とされていないと思っていた。
学校では親しい友人ができず、会社ではあの状態だ。
当然、居場所などどこにもなかった。


そんな凜花を、彼は求めてくれた。
懇願するように、心から必要とするように。


凜花が聖の恋人だった凜の生まれ変わりだから……という理由だったとしても、幼い頃に亡くした両親以外に初めて自分を必要としてくれる人が現れたのだ。
不安は強かったが、どうしても彼の願いを無下にすることはできなかった。
この先どうなるかわからないが、これまでよりも多少苦しくなっても選り好みさえしなければ仕事はどうにか見つけられるだろう。


しかし、凜花を必要としてくれる人は、もう二度と現れないかもしれない。
広い世界のどこかにはそんな人がいるのかもしれないが、狭い世界で生きてきた凜花にはそうは思えなかった。
夢物語のような今の出来事が、そう何度も起こるとは考えにくい。
それならば、あんなにも自分を必要としてくれている聖の傍にいてもいいのかもしれない……と思い至ったのだ。


(それに……聖さんはすごくつらそうだった。あんな風に泣きそうな顔をされたら、嫌なんて言えないよ……)


同情かもしれない。
これまであまり環境に恵まれてこなかった凜花には、他人に同情するという感覚がよくわからなかったけれど……。なんとなくではあるが、今は〝同情〟とはこんな気持ちなのだろうか……と感じていた。