翌朝、凜花は朝早くに聖とともに下界へと戻った。
仕事のことがどうしても気になり、凜花が昨日のうちに『せめてきちんと退職することを伝えたい』と懇願したからである。


「すまないな。俺がついていってやりたいんだが、今日はどうしても外せない仕事があるんだ」

「いえ、大丈夫です」

「だが、玄信と桜火がついているから大丈夫だ。玄信は下界で生活していたこともあるし、遠慮せずに頼るといい」

「はい。ありがとうございます」


下界で生活していた、とはどういうことだろう。
知りたいことや疑問はたくさんあるけれど、今は訊ける雰囲気ではない。


「玄信、桜火、くれぐれも凜花を頼む」

「御意」


聖とは池のところで別れ、彼に頭を下げた玄信と桜火とともに静岡へと向かった。
京都駅から静岡駅までは、一時間半はかかる。
新幹線の始発には間に合わなかったため、静岡駅から直接会社に向かったとしても、着く頃には始業時間は過ぎているだろう。
気がかりではあるが、スマホを失くした今は連絡もできない。現時点では大人しく座っているしかなかった。


「姫様、あちらに着いたらまずは仕事を辞めていただきます。その後、姫様の家に行き、荷物を纏めて天界へ戻っていただきます」

「あ、はい。あの……姫様はちょっと……」


窓際に座る凜花は、桜火を挿んで通路側の席にいる玄信に小声で訴える。


「では、こちらでは凜花様とお呼びさせていただきます」


玄信の口調はどこか厳しい。怒っているわけではないようだが、あまり異論を唱えさせてくれなさそうな雰囲気が漂っている。
その分、隣にいる桜火の優しげな微笑に救われた。


「凜花様。今朝はお早かったのでお疲れでしょう? お眠りになってくださいね。着いたら起こしますから」


桜火の言う通り、正直まだ眠気はある。
けれど、これから会社に退職を告げに行くと思うと、緊張で眠れそうになかった。