「先に凜花の話を聞こうか」

「あ、えっと……」


庭に出て程なく、聖から唐突に本題に触れられて言い淀んだ。
朝食を済ませるまでに覚悟を決めたはずだったのに、いざとなると言葉が上手く出てこない。
けれど、話さないというわけにもいかず、凜花は深呼吸をひとつした。


「どうすれば元の場所に帰れますか?」


彼の目が真ん丸になる。
予想だにしていなかったのか、驚いているようだった。


「私、明日は仕事があるんです。スマホも失くしちゃったから連絡手段もないし、もう家に帰って明日に備えないと……」


仕事なんて行きたくはないが、ひとり暮らしというだけでなく身寄りのない凜花には選択肢などない。
つらくても悲しくても、きちんと働かなければ生きていけないのだ。


「待て。訊きたいことはそれだったのか?」

「あ、いえ……。質問は他にもあったんですけど、まずは帰り方を先に訊いておいた方がいいかと思って……」

「ああ、なるほど。そういう話だったとは……」


聖はため息をついている。


「いや、凜花は悪くない。記憶がない凜花にあれを信じろと言う方が無謀だろう。俺の説明不足だな」


独り言なのか凜花に言っているのかは、よくわからない。自分自身を納得させようとしているようにも見え、凜花は黙って彼の様子を窺っていた。


「凜花、お前は俺のつがいだと言ったことは覚えているな?」

「はい」


頷いた凜花に、聖が真っ直ぐな瞳を向けてくる。


「龍にとって、つがいというのは唯一無二の存在だ。常に傍に置き、なにに代えてもすべてから守り、慈しみ愛する存在なんだ」

「えっと……?」

「要するに、凜花はずっと俺の傍にいるということだ」


あまりにもきっぱりと言い切られて、凜花の中の戸惑いが大きくなる。


「そもそも、龍のつがいになるということは、この天界に住むということだ」


彼の中では決定事項なのか、凜花の意思を余所に話が進んでいく。


「で、でも……仕事が……」

「凜花を守るためにも、下界での仕事になど行かせるわけにはいかない」

「それは困ります……!」


凜花は思わず声を上げ、かぶりを振った。


「生きていくためには仕事をしないわけにはいかないし、今の仕事を辞めたら生活できなくなるかもしれないんです。だから……」

「なぜだ? 俺の傍にいれば、仕事などしなくても生きていける。ここにいれば不自由はさせないし、必要なら着物でも宝飾品でも用意しよう」

「私はそんなものが欲しいわけじゃなくて……。ッ……私、家族がいないんです」

「ああ」


思い切って打ち明けたのに、聖はまるで知っていたかのような態度だった。