桜火に言われるがままお風呂も済ませると、また部屋に戻されてしまった。
しかも、凜花の部屋からも庭には出られるが、続き間になっている隣の部屋には桜火、布団のすぐ傍には蘭丸と菊丸がいた。
とてもじゃないけれど、勝手なことはできそうになかった。
そのうち眠ってしまったようで、気づけば朝だった――というわけである。


(私って結構図太い神経してるよね。どこの誰かもわからない聖さんについてきて、もう二日も泊めてもらってるなんて……)


けれど、凜花に居場所がないことは変わっていない。
とはいえ、もうここにいるわけにはいかない。凜花の仕事が休みなのは昨日と今日だけで、明日にはまた出勤しなくてはいけないのだ。


会社に行きたくはないが、無断欠勤でクビになってしまえば死活問題だ。
スマホも買い替えなくてはいけない……とまで考えたところで、思わずため息が零れてしまいそうだった。


京都を訪れたときには、もう人生の幕を下ろすつもりだった。
それなのに、今は現実に戻ることを考えている。
茗子たちと対等に喧嘩もできなかったくせに、仕事を辞めることも自ら命を絶つこともできない。
そんな自分自身が、どこまでも中途半端に思えた。


「あの……今日もどこかへ行かれるんですか?」

「いや、今日は凜花と一緒にいるつもりだ」


聖の笑顔に、凜花の胸の奥がキュンと音を立てる。
知らない感覚に戸惑っている凜花を余所に、彼は凜花の傍まで来るとすぐ隣で膝をついた。


「明日からは家を空けることが増えるが、これからのことについて色々と話しておきたいことがある。それに、凜花も昨日一日ここで過ごしたことによって、少しは訊きたいことができたんじゃないか?」

「あ、はい」

「だろう? 朝食を済ませたら庭へ出よう。今日は天気がいいから、きっと心が安らぐはずだ」


話ができるのなら、場所はどこでもよかった。
ただ、臣下の目がある家の中よりも、庭の方がきちんと話せる気がする。ひとまず、聖とふたりきりで話せるのだと思うと、少しだけホッとした。
本当は、気を遣いつつも居心地が好いここを離れるのも、彼ともう一緒にいられないのも、とても寂しかったけれど……。そんな気持ちは、心の奥にそっとしまった。