「でも……」

「姫様、どうかご理解ください。あなたはこれから聖様と番うお方。我々にとっては、主である聖様と同様に大切な方となるのです」


彼女の言葉は、聖の臣下なら真っ当な意見なのかもしれない。
しかし、凜花は一昨日ここに来たばかり。彼の〝つがい〟だという自覚がないどころか、そもそもよくわかっていない。
凜花にとって、龍だの天界だのと同じくらい、つがいというのも未知のもの。
聖や臣下たちがなにをどう言おうと、まだ凜花自身は半信半疑だった。


どう言えばいいのかわからずにいると、桜火は小さく微笑んで「では行きましょう」と浴室まで先導した。
これ以上なにも言われなかったことにホッとし、大人しくついていく。


すでに湯の用意はできており、彼女が昨日の朝と夜と同じように甲斐甲斐しく凜花の世話を焼いてくれた。
ここにいる限り、ひとりでお風呂に入る……というのは難しいのかもしれない。
もっとも、いつまでここにいるのかはわからないけれど。


(そういえば、今朝の夢はいつもと違ったよね……。でも、聖さんがいた)


朝食を食べ始めた頃、ふと夢のことを思い出した。


(あれって、いったいなんだったんだろう? あの光景、どこかで見たことがある気がしたんだけど、知らない場所だった……よね?)


「凜花?」

「え?」


聖に呼ばれて顔を上げると、凜花は自分がぼんやりしていたことに気づいた。


「口に合わなかったか?」


申し訳なさそうな目を向けられて、慌てて首を横に振る。


「そんなことありません! すごくおいしいです!」

「それならよかった。だが、苦手なものや口に合わないものがあれば、遠慮なく言うといい。料理係に伝えておこう」

「いえ、本当に……。昨日食べたご飯も、今食べてるものもどれもすごくおいしいです。苦手なものもありませんから……」


聖は「そうか」と頷き、再び箸を進めていく。
凜花はぼんやりしないように気をつけつつ、汁物の椀に口をつけた。


(聖さんならなにか知ってるかな? こういうことって、訊いてもいいのかな?)


昨日はあのあと、聖はどこかに出かけていった。
凜花は与えられた部屋でしか過ごせず、昼食も夕食もひとりで摂ることになってとても心細かったが、彼の帰宅を待ちたいと申し出ると桜火に首を横に振られた。
彼女から『聖様のお言いつけですので』と言われてしまえば、この家の者ではない凜花には選択肢がない。