龍神のつがい〜京都嵐山 現世の恋奇譚〜

「とてもお似合いです。きっと、聖様もお喜びになられます」

「あ、えっと……色々とありがとうございます」

「お礼など不要です。これは私のお役目、これから毎日お世話をさせていただくのですから」


桜火の言葉に引っかかったが、まずは聖に会うべきだろう。
そう考えた凜花は、彼女に促されるがまま屋敷の中を歩いていく。
すれ違う者たちの視線を感じたものの、みんな一様に凜花に頭を下げていた。
それは、凜花にとっては異様な光景で、ただならぬ空気にも思える。ここで初めて不安を抱いた。


「こちらでございます」


凜花が口を開こうとしたとき、桜火が振り返ってふすまを手のひらで差し、「失礼いたします」と断りを入れてからそれを開けた。
室内は、凜花が眠っていた部屋よりもずっと広く、中心に置かれた長机の最奥に聖の姿があった。両隣では、蘭丸と菊丸が彼にしがみつくようにしていた。


「おはよう、凜花。よく眠れたか?」

「あ、はい。おはようございます」

「それならよかった。朝食を用意させたんだ。気に入るものがあるといいが、好き嫌いはあるか?」

「いえ……」


聖が瞳をたわませ、凜花を招くように手を伸ばす。


「おいで」


柔らかな声音が凜花の鼓膜を揺らした瞬間、凜花の鼓動が大きく高鳴った。
同時に、ずっとわからなかった疑問の答えにたどりついた。


「夢で……あなたと会った?」


いつも見る夢。
優しい声で凜花を呼び、まるで乞うように語りかけてくる男性がいた。
何度も見たはずなのに、いつも目を覚ますと彼のことを上手く思い出せなかった。
けれど……今この瞬間、なぜかそれが聖だったのだと確信した。


「ああ、ようやく気づいてくれたか」


彼が嬉しそうに微笑み、立ち上がって歩いてくる。


「俺はずっと、ここから凜花に呼びかけていた。早く俺のもとに来てくれるように願って、毎日夢の中で語りかけていたんだ」

「どうして……?」

「話せば長くなるから、まずは朝食だ。そのあとですべてを語ろう」


聖は静かに告げると、凜花を自身の向かい側の席へと促す。
凜花は戸惑いながらも、彼に言われた通りに豪華な朝食に手をつけた。

聖とともに庭に出ると、白い花が一面に咲いていた。
凜花の着物に描かれたものとよく似ているそれは、丸みを帯びた花びらが数枚重なっている。白い花びらの縁はピンク色だった。
一見すると花の形はバラに似ているが、チューリップのように一本ずつ咲いており、茎には棘もないことから別物だと思った。


「この花……なんて名前ですか?」

「凜だ」

「凜……」

「天界にしかなく、中でも龍の力が強い場所を好んで花を咲かせる」

「天界?」

「ああ、それもまだ話していなかったな。まずはそこから説明しよう」


彼は、凜花の背中に手を添えてゆっくりと歩き出し、玄関の方に回った。赤い屋根の大きな門には見覚えがある。
傍には、大きなご神木のような木と澄んだ池があった。


「この池を覚えているか?」

「昨日の池に似てるような……」

「そうだ。これは下界と天界を結ぶ、言わば扉のようなものだ」

「扉?」

「ああ。この池を介して、凜花がいた下界と繋がっている」

「私がいたって……ここはそうじゃないんですか?」

「ここは龍の住処――天界だ」


聖はなんでもないことのように話しているが、凜花の思考は追いつかない。


「それって、どういう……」

「龍とその血を継ぐ者たち、そして龍のつがいとなる者しか住めない場所ということだ。下界とは違い、天界は誰でも足を踏み入れられるところではない」


凜花の中では、まだ彼が龍であるということも半信半疑だった。
昨日の光景を思い出せば疑いようはないのだが、一晩経ったせいか今はいまいち信じ切れないである。


「でも、私……人間で……」

「凜花は特別なんだ」

「特別?」


小首を傾げる凜花に、聖の目が柔らかな弧を描く。


「昨日会ったときにも夢でも何度も言っただろう? 俺のつがいだ――と」


美しい笑みに、心ごと飲み込まれてしまいそうだった。
胸の奥が高鳴って、きゅうっと苦しくなった。
凜花は、自身の心の中に芽生えた知らない感覚に戸惑う。

「つがいって……」

「わかりやすく言えば、花嫁ということだ」

「それって、結婚するってことじゃ……」

「いずれはそうなってもらう。だが、今はまだそこまで考えなくていい。昨日の今日だ、凜花は混乱しているだろう?」


小さく頷きながらも、〝今は〟とつけられていたことに引っかかる。
つまり、〝いずれはそうなってもらう〟という言葉通りになるのかもしれない。


そもそも、龍だとか天界だとか、まるで現実味がない。
けれど、聖の説明に納得できずにいる一方で、凜花の中には彼の言い分を信じようとしている自分がいた。
上手く言えないが、本能が聖を否定することを拒んでいる気がしている。


「つがいって……どうやってわかるんですか?」

「龍にとって、つがいは唯一無二の存在だ。誰に聞かずとも、龍としての魂が教えてくれる」

「魂って……」

「こう聞いても信じられないかもしれないが、凜花もいずれわかるときが来る」

「でも……私は人間だし、魂とか言われてもわからないっていうか……」

「今はな」

「え?」

「少しずつ俺を知っていけばいい。そうすれば、きっとすぐにわかる」


たじろぐ凜花に反し、彼の表情は自信に満ちている。
まるで、いずれ必ずわかる――とでも言いたげだった。


「凜花は身寄りがないのだろう?」

「はい……。でも、どうしてそんなこと……」

「凜花の魂は随分と傷ついていた。俺は龍の中でもそういうことを察するのが得意なんだ。事情はわからないが、つらいことがあったんだろう?」

「ッ……」


すべてを見透かすような瞳に捕らわれて、凜花の目がじんと熱くなる。
なんとか涙をこらえたが、今にも泣いてしまいそうだった。


「話せるときが来たら、いずれ凜花のことを話してほしい。それまでは難しいことは考えなくて構わないから、ここでゆっくり魂を休めるといい」

「でも……私、お金もないですし……」

「お金?」


きょとんとした聖が、次いで小さく噴き出す。


「心配するな。俺のつがいを俺が守るのは当然のこと。凜花はただ俺の傍にいてくれればいいんだ」


甘えてしまってもいいのかと、戸惑いや不安はあった。
けれど、凜花の中にあるなにかが、彼の傍から離れたくないと訴えている。
そんな風に感じて、凜花は思わず小さく頷いてしまっていた。

真っ赤に染まる花畑。
一面が美しい花に覆われている丘が、燃えるような赤で満ちていく。


――愛してる。生まれ変わってもまた見つけて。


悲しみと愛おしさがこもったような切ない声に、聖が絶望感を浮かべた顔で涙を流した。


(りん)……!」


伸ばされた手は届かない。
まるで、赤に包まれていく白い花が、拒むように彼の姿を隠していく。


歪む視界の中、伸ばした手が届くことはなかった――。





「ッ……」


凜花が目を開ける。


「わぁっ……!」


飛び起きるように上半身を起こすと、今朝も凜花を覗き込むようにしていたらしい蘭丸と菊丸が左右にころんと転がった。


「あっ……」


ふたりに気を取られた凜花の唇から小さな声が漏れる。


「蘭丸くん、菊丸くん、ごめんね! 大丈夫?」

「平気です!」

「僕たち龍だから強いです!」


すぐに起き上がった蘭丸と菊丸が、それぞれ凜花の両腕にしがみついてくる。


「姫様、おはようございます」

「ご飯できてるです」


ふたりの笑顔にホッとしたような気持ちになっていると、ふすまの向こうから「失礼いたします」と聞こえてきて桜火が姿を見せた。


「姫様、おはようございます。お召し替えのお手伝いにまいりました」

「あ、はい……」


昨日の今日で素直に頷いてしまったのは、凜花が今着ているパジャマ代わりの浴衣も彼女が着付けてくれたからである。
これに着替えた昨夜も、当然のように拒否権などなかった。


「あら? 姫様、随分と汗をかかれていますね。なにかございましたか?」

「え? あっ……ちょっと変な夢を見ちゃって……」

「でしたら、お召し替えの前に湯浴みのご用意をいたします」

「え? い、いえ……そんな……」

「ですが、そのままお召し物を替えるのは気持ち悪いでしょう? 湯の準備はすぐにできますから。蘭丸、みなに湯浴みの準備をするように伝えて。菊丸は聖様に姫様はお風呂に入ってから伺います、と」

「はーい」


凜花の返事を聞く前に、桜火が蘭丸と菊丸に指示を出す。彼女は持っていた着物を手にしたまま、「姫様はこちらへ」と廊下の方へと誘った。
凜花は戸惑いながらも頷き、「すみません」と頭を下げる。


「姫様、昨日も申し上げました通り、我々にお礼や謝罪は不要です。ましてや、頭など下げてはなりません。あなたは聖様のつがい。聖様の臣下である我々にとって、あなたのお世話をさせていただくのは当然のことなのです」


すると、桜火がたしなめるように告げた。

「でも……」

「姫様、どうかご理解ください。あなたはこれから聖様と番うお方。我々にとっては、主である聖様と同様に大切な方となるのです」


彼女の言葉は、聖の臣下なら真っ当な意見なのかもしれない。
しかし、凜花は一昨日ここに来たばかり。彼の〝つがい〟だという自覚がないどころか、そもそもよくわかっていない。
凜花にとって、龍だの天界だのと同じくらい、つがいというのも未知のもの。
聖や臣下たちがなにをどう言おうと、まだ凜花自身は半信半疑だった。


どう言えばいいのかわからずにいると、桜火は小さく微笑んで「では行きましょう」と浴室まで先導した。
これ以上なにも言われなかったことにホッとし、大人しくついていく。


すでに湯の用意はできており、彼女が昨日の朝と夜と同じように甲斐甲斐しく凜花の世話を焼いてくれた。
ここにいる限り、ひとりでお風呂に入る……というのは難しいのかもしれない。
もっとも、いつまでここにいるのかはわからないけれど。


(そういえば、今朝の夢はいつもと違ったよね……。でも、聖さんがいた)


朝食を食べ始めた頃、ふと夢のことを思い出した。


(あれって、いったいなんだったんだろう? あの光景、どこかで見たことがある気がしたんだけど、知らない場所だった……よね?)


「凜花?」

「え?」


聖に呼ばれて顔を上げると、凜花は自分がぼんやりしていたことに気づいた。


「口に合わなかったか?」


申し訳なさそうな目を向けられて、慌てて首を横に振る。


「そんなことありません! すごくおいしいです!」

「それならよかった。だが、苦手なものや口に合わないものがあれば、遠慮なく言うといい。料理係に伝えておこう」

「いえ、本当に……。昨日食べたご飯も、今食べてるものもどれもすごくおいしいです。苦手なものもありませんから……」


聖は「そうか」と頷き、再び箸を進めていく。
凜花はぼんやりしないように気をつけつつ、汁物の椀に口をつけた。


(聖さんならなにか知ってるかな? こういうことって、訊いてもいいのかな?)


昨日はあのあと、聖はどこかに出かけていった。
凜花は与えられた部屋でしか過ごせず、昼食も夕食もひとりで摂ることになってとても心細かったが、彼の帰宅を待ちたいと申し出ると桜火に首を横に振られた。
彼女から『聖様のお言いつけですので』と言われてしまえば、この家の者ではない凜花には選択肢がない。

桜火に言われるがままお風呂も済ませると、また部屋に戻されてしまった。
しかも、凜花の部屋からも庭には出られるが、続き間になっている隣の部屋には桜火、布団のすぐ傍には蘭丸と菊丸がいた。
とてもじゃないけれど、勝手なことはできそうになかった。
そのうち眠ってしまったようで、気づけば朝だった――というわけである。


(私って結構図太い神経してるよね。どこの誰かもわからない聖さんについてきて、もう二日も泊めてもらってるなんて……)


けれど、凜花に居場所がないことは変わっていない。
とはいえ、もうここにいるわけにはいかない。凜花の仕事が休みなのは昨日と今日だけで、明日にはまた出勤しなくてはいけないのだ。


会社に行きたくはないが、無断欠勤でクビになってしまえば死活問題だ。
スマホも買い替えなくてはいけない……とまで考えたところで、思わずため息が零れてしまいそうだった。


京都を訪れたときには、もう人生の幕を下ろすつもりだった。
それなのに、今は現実に戻ることを考えている。
茗子たちと対等に喧嘩もできなかったくせに、仕事を辞めることも自ら命を絶つこともできない。
そんな自分自身が、どこまでも中途半端に思えた。


「あの……今日もどこかへ行かれるんですか?」

「いや、今日は凜花と一緒にいるつもりだ」


聖の笑顔に、凜花の胸の奥がキュンと音を立てる。
知らない感覚に戸惑っている凜花を余所に、彼は凜花の傍まで来るとすぐ隣で膝をついた。


「明日からは家を空けることが増えるが、これからのことについて色々と話しておきたいことがある。それに、凜花も昨日一日ここで過ごしたことによって、少しは訊きたいことができたんじゃないか?」

「あ、はい」

「だろう? 朝食を済ませたら庭へ出よう。今日は天気がいいから、きっと心が安らぐはずだ」


話ができるのなら、場所はどこでもよかった。
ただ、臣下の目がある家の中よりも、庭の方がきちんと話せる気がする。ひとまず、聖とふたりきりで話せるのだと思うと、少しだけホッとした。
本当は、気を遣いつつも居心地が好いここを離れるのも、彼ともう一緒にいられないのも、とても寂しかったけれど……。そんな気持ちは、心の奥にそっとしまった。

「先に凜花の話を聞こうか」

「あ、えっと……」


庭に出て程なく、聖から唐突に本題に触れられて言い淀んだ。
朝食を済ませるまでに覚悟を決めたはずだったのに、いざとなると言葉が上手く出てこない。
けれど、話さないというわけにもいかず、凜花は深呼吸をひとつした。


「どうすれば元の場所に帰れますか?」


彼の目が真ん丸になる。
予想だにしていなかったのか、驚いているようだった。


「私、明日は仕事があるんです。スマホも失くしちゃったから連絡手段もないし、もう家に帰って明日に備えないと……」


仕事なんて行きたくはないが、ひとり暮らしというだけでなく身寄りのない凜花には選択肢などない。
つらくても悲しくても、きちんと働かなければ生きていけないのだ。


「待て。訊きたいことはそれだったのか?」

「あ、いえ……。質問は他にもあったんですけど、まずは帰り方を先に訊いておいた方がいいかと思って……」

「ああ、なるほど。そういう話だったとは……」


聖はため息をついている。


「いや、凜花は悪くない。記憶がない凜花にあれを信じろと言う方が無謀だろう。俺の説明不足だな」


独り言なのか凜花に言っているのかは、よくわからない。自分自身を納得させようとしているようにも見え、凜花は黙って彼の様子を窺っていた。


「凜花、お前は俺のつがいだと言ったことは覚えているな?」

「はい」


頷いた凜花に、聖が真っ直ぐな瞳を向けてくる。


「龍にとって、つがいというのは唯一無二の存在だ。常に傍に置き、なにに代えてもすべてから守り、慈しみ愛する存在なんだ」

「えっと……?」

「要するに、凜花はずっと俺の傍にいるということだ」


あまりにもきっぱりと言い切られて、凜花の中の戸惑いが大きくなる。


「そもそも、龍のつがいになるということは、この天界に住むということだ」


彼の中では決定事項なのか、凜花の意思を余所に話が進んでいく。


「で、でも……仕事が……」

「凜花を守るためにも、下界での仕事になど行かせるわけにはいかない」

「それは困ります……!」


凜花は思わず声を上げ、かぶりを振った。


「生きていくためには仕事をしないわけにはいかないし、今の仕事を辞めたら生活できなくなるかもしれないんです。だから……」

「なぜだ? 俺の傍にいれば、仕事などしなくても生きていける。ここにいれば不自由はさせないし、必要なら着物でも宝飾品でも用意しよう」

「私はそんなものが欲しいわけじゃなくて……。ッ……私、家族がいないんです」

「ああ」


思い切って打ち明けたのに、聖はまるで知っていたかのような態度だった。

「だから、えっと……つがいとかもまだよくわからないんですけど、どっちにしても仕事は辞められないっていうか……」

「凜花」


たじろぎながらも話す凜花に、聖が優しい眼差しを寄越す。
こんな状況でも恐怖心が芽生えないのは、この柔和な面差しにどこか懐かしさを感じてしまうからだろうか。


「家族には俺がなる」


そんな風に考えていると、信じられないような言葉が紡がれた。


「俺と番えば、凜花は俺の妻だ」

「っ……!」


自分の意思なんて関係なく、凜花の鼓動が高鳴る。


「ゆくゆくはふたりの子を為して、ここで俺たちの家族を作ろう」


つがいや花嫁なんて言われても、どこか現実味がなかった。
疑っていたわけではないが、半信半疑だったのは間違いない。
だから、凜花の中ではどこか他人事だった。


「そうすれば、凜花にも家族ができる」


ところが、聖はずっと本気でそうするつもりでいたようだ。
一昨日に会ったばかりの凜花に対し、彼は魂で自身のつがいだとわかると言った。
しかし、凜花にはそんなことはわからない。


百歩譲って聖に恋心でも抱いているのならまだしも、出会って三日と経たない男性に恋をするほど、凜花は恋愛事に慣れているわけでもない。
恋人どころか好きな人すらいたことがない。それどころか、恋がどういうものなのかもよくわからないのだ。
それなのに、恋や結婚を通り越して子どもの話までされてしまうと、さすがにもう彼についてはいけなかった。


「えっと……私、二十歳になったばかりで……」

「知っているよ」

「その……結婚とかはまだまだ考えられないっていうか……」

「俺は凜花が二十歳になるのを待っていたんだ。まだ信じられないというのは仕方がないが、それでも結婚が早いということもないだろう」

「は、二十歳で結婚するのは早いと思います……!」

「だが、凜花が俺のつがいであることは事実なんだ。どうあっても、俺たちは番う運命にある」


なにを言っても暖簾に腕押し……という感じしかしない。
しかも、戸惑いを隠せない凜花に反し、聖は至って冷静だった。
今日の天気のことにでも触れているように普通に話すものだから、凜花は自分の思考がおかしいのかと錯覚しそうになったくらいである。


(いやいや……私はおかしくないよね?)


龍だろうが天界だろうが、本当に凜花と家族になるのかどうかなんてわからない。
彼が凜花に対して恋愛感情を抱いているのかどうかも知らないが、どちらにしてもさすがに横暴ではないだろうか。

「運命なんて言葉に……なんの保証もないですよね?」

「保証?」

「そうです……。聖さんは『魂でわかる』って言いましたけど、私にはわかりません。だから、運命って言われてもなにをどう信じればいいのか……」


聖が眉を下げたため、思わず凜花は語尾を弱めてしまった。
正論を口にしていたはずなのに、なぜか悪いことをしている気分になる。彼がやけに悲しそうに微笑んだせいかもしれない。
その表情には、見覚えがあった。


「今朝の夢……」

「夢?」

「あっ……」


思わず漏れた独り言を拾われてしまい、凜花は気まずさをあらわにした。


「聞かせてくれないか? どんな夢を見た?」

「どこかの丘にいて、なぜか一面が赤くて……白い花……凜かな? 花が赤く染まっていくようでした」


聖が眉を下げたため、言葉が続かない。


「……それで?」


そんな凜花を促すように、彼が小さな笑みを浮かべた。


「それで、その……」


言い淀んでしまうのは、言葉にするのは憚られたから。
このあとに凜花が見た光景では、聖が泣いていたのだ。


「構わないから続けて」


けれど、優しく急かされて、凜花は言いにくそうに唇を動かした。


「聖さんが泣いていて……『凜』って呼びながら手を伸ばしたんですけど、たぶん間に合わなくて……」


曖昧にしか話せなかったのは、この先の記憶が朧気だったせいである。
夢らしいと言えば夢らしく、起きたときには鮮明だったはずの景色はもう薄れそうだった。


「あ、でも……『愛してる』って……」

「え?」

「『生まれ変わってもまた見つけて』って言ったような……」


あれは確か、凜花が見ていた光景だった。
つまり、そう言ったのは自分自身だったのかもしれない。
そのことに気づいた凜花は、急に羞恥が込み上げてきて慌てふためいた。


「あの、これは夢の話で……! だから、私が言ったわけじゃなくて……」


言い訳をすればするほど、墓穴を掘っている気がする。


余計に恥ずかしくなって、視線を逸らそうとしたとき。

「っ……!?」

凜花の体を引き寄せた聖に、思い切り抱きしめられた。


「ひ、聖さん……?」


ぎゅうっと力を込められ、息が苦しくなりそうだった。
それなのに、彼の体が不安げに震えている気がして、身動ぎひとつできない。