「姫様、眠いです?」

「姫様、まだ寝るです?」


蘭丸と菊丸は、凜花を見上げて首を傾げている。


「え? う、ううん……大丈夫です」

「よかったです」

「お風呂入るですー」
ふたりの口癖なのか、語尾には必ず『です』とつく。可愛いが、今は素直に和んでいる余裕はなかった。


「お湯、あるです!」

「姫様の世話役たちが用意したです」

「あの……お風呂はありがたいんだけど、姫様って私のこと?」


昨夜は疲れ果てて眠ったため、確かにお風呂に入りたい。
けれど、どうしても『姫様』と呼ばれていることが気になって仕方がなかった。


「はい!」

「聖様のつがいは姫様です!」

「つがいって……昨日、あの人……えっと聖さんも言ってたけど、なに?」

「つがいはお嫁さんです!」

「龍は、たったひとりをお嫁さんにするです」

「お嫁さん……って結婚!?」


目を真ん丸にする凜花を余所に、蘭丸と菊丸が凜花の手を引っ張る。


「姫様、お風呂行くです!」

「みんな姫様を待ってるです」


凜花は戸惑いながらもふたりに連れられ、浴室へと案内された。


「おはようございます、姫様。姫様のお世話を仰せつかりました、桜火(おうか)と申します。なんなりとお申し付けください」

「あ、はい……。えっと、よろしくお願いします」


桜火に倣うように凜花も頭を下げると、彼女に「姫様は頭などお下げにならないでください」と制されてしまった。


「まずは湯浴みのお手伝いをさせていただきます」

「へ? い、いえ……! お手伝いなんて……! お風呂ですよね? 自分では入れますので……」

「お世話をさせていただけないとなれば、私が聖様に叱られてしまいます。どうかお世話をさせてください」


桜火は、切れ長の二重瞼の目尻を下げ、困ったような顔をしている。肩まで伸びた赤毛のような色の髪には艶があり、その表情が色っぽく見える。
赤地に桜が描かれた着物がよく似合う、美しい女性だった。


「で、でも……」


凜花は戸惑ったが、ここで自分が断れば彼女が叱られてしまうと知り、強く拒否することはできなかった。