温もりが離れたのは、それから少し経った頃のこと。
凜花の背中に回されていた大きな手が、傷だらけの頬を撫でた。


「迎えに来るのが遅れてすまなかった。あちらで少し諍いがあって、片付けるのに手間取っていたんだ」


いったい、なんの話をしているのか。
目の前にいる男性は誰なのか。
働かない思考でも疑問は次々と浮かび、凜花は動揺を隠せなかった。
けれど、艶麗な顔立ちから目を離すこともできない。


切れ長の二重瞼の目、作り物のように通った鼻筋。薄い唇は弧を描き、意思の強そうな眉は凛々しい。
身長は一八〇センチくらいはありそうで、和装の袖口から覗く骨ばった手は男性らしい。筋肉は適度についているように思えた。
中でもひと際目を引いたのは、彼の髪。澄んだ川のようにキラキラと輝く銀髪は、まるで流れるように真っ直ぐだった。襟足が少し長く、肩に触れている。


巷でイケメン俳優と謳われている芸能人でも敵わないのではないか……と思うほどの整った外見である。
どこか人間離れてしていて、いっそこの世の者とは思えない気さえした。
彼が身に纏っている和装が着物だと気づき、よりそんな感覚を強くさせる。
深い藍色の着物には蔦のような紋様が描かれており、白亜のような羽織りに銀の髪がより映えていた。


「随分と怪我をしているな。どこかから落ちてきたのか?」


質問には答えられない凜花に、彼は程なくして苦笑を零した。


「ああ、すまない。お前は俺を知らないんだったな」


彼の言う〝お前は〟という言葉に、違和感を覚えたのは一瞬のこと。


「俺の名前は(ひじり)聖だ」


名乗った声の優しさに、安堵感が大きくなる。


「聖……さん?」

「聖でいい。それより、俺と一緒においで。手当てをしてあげよう」

「でも……」


ようやく、凜花の口から戸惑いが漏れる。
聖に対して、不思議なほど警戒心は湧かず、安心感ばかりが大きくなっている。
とはいえ、無防備に彼についていっていいのかわからなかった。