「――か。……凜花?」


優しい声が凜花の鼓膜をくすぐる。
いつのことだったか思い出せないが、この声には覚えがある気がする。
きっと、いつも聞いていた。
優しく乞うように名前を呼ぶ、誰かの声。


「凜花」


ハッと凜花の瞼が開く。
直後、凜花の視界に映ったのは美しい顔だった。


「え……?」

「よかった。気がついたか」


低いけれど柔和な声音には安堵が混じっていた。しかし、凜花はまだ意識がはっきりとせず、状況を把握できない。
そんな中、男性が穏やかな表情で凜花を見つめていた。
凜花と視線が交わった瞬間、彼の瞳が泣きそうに歪み、そのあとで弧を描いた。


「ようやく会えた、俺の唯一無二のつがい」


ぞくりと背筋が粟立つ。
反射的に息が止まり、凜花の全身にたちまち鳥肌が立った。
胸の奥から熱が突き上げ、言いようのない感情が押し寄せてくる。


理由なんてわからない。この感覚をどう例えればいいのかもわからない。
それなのに、心は痛いくらいに震え、大きな瞳からは涙が零れた。
自分の中にある本能や魂が、この人に会えて嬉しい……と叫んでいるようだった。


男性が困ったように微笑み、凜花の体をそっと抱きしめる。
凜花にとって異性との抱擁なんて初めてだったが、最初に感じたのは温もりと懐かしさのような感覚だった。
彼のこともこんな感覚も知らないはずなのに、知っている気がしたのだ。


「もう大丈夫だ」


状況もかけられた言葉の意図もわからなくて、凜花はただただ戸惑う。


「これからは俺がずっと傍にいる。凜花はもうひとりじゃない」


そんな凜花の疑問を溶かすように、優しい声が降ってくる。
まるで、凜花が欲していたものを与えるかのように……。


知らない男性に抱きしめられて安堵するなんておかしくなったに違いない。
そう思うのに、凜花は身じろぎひとつできなかった。