京都駅前のマンガ喫茶で一晩を明かし、嵐山に着いたのは翌朝の七時頃だった。
一部の店は開いていたが、さすがに人通りはあまりなく、観光地とは思えないほど静かだった。
土産物店なども閉まっているため、観光客は宿泊施設にいるのだろう。
電車で出会った女性の話を手掛かりに、山の方へと向かう。


渡月橋(とげつきょう)を渡り、狭い道を進んでいくと、店や民家はどんどん減っていき、ついには山道に入った。
ひとりで歩くにはあまりにも心許ない。
けれど、今の凜花にとっては怖いものなんてなかった。
しいて言うのなら、生きている人間ほど怖いものはない……というところだろう。


生きることに疲れ、なにもかもに絶望してしまった。
頼れる人も味方もいなければ、あの小さなアパート以外には居場所もない。
大きな孤独感に包まれた心では、恐怖心などちっとも芽生えてこなかったのだ。
ときおり木の枝を踏んだり葉が揺れたりすれば、その音に体はびくりと跳ねた。ただ、それは恐怖というよりも反射に近く、踵を返す理由にはならなかった。


(あとどのくらいだろう……。でも、なくなった場所なら、もしその場所を見つけてもわからないかもしれないんだよね……)


嵐山には、野生の猿やイノシシがいると注意書きがあった。山の中であれば、当然ヘビや虫と出くわすこともあるだろう。
それ自体は怖かったが、どうしても足は止まらなかった。
あの女性の話では、『嵐山モンキーパークいわたやま』に行く道ではなく、その手前にある小さなけもの道を通るのだとか。
当時はきちんと看板が立っていたようだが、それらしきものは見当たらない。


モンキーパークの入り口が見え、今歩いてきた道を戻る。
注意深く周囲を見ても例の道が見つからず、左右にあるのは山肌ばかりで、一時間もすれば途方に暮れた。
もう一度来た道を戻る。そのさなか、道とは言えないが歩けなくはなさそうな隙間を見つけ、凜花は足を止めた。


なんとか入れるだろうが、普通に歩くのが難しいのは一目瞭然。そんな隙間を前に、しばらく立ち止まる。
危険そうなのは明白だったものの、このあたりを歩いてもう一時間になる。
悩んだ末、一か八かで足を踏み出した。