「一度ならず二度までも俺のつがいに手を出したこと、後悔させてやる!」
凜花を横たえさせ、聖が立ち上がる。
左手も龍の姿になった彼は、空に翳したその手で雷雲を呼び、竜巻を生み出す。
右手は地面に翳すと、火焔に向かって地割れを起こした。
聖はそのまま右手で炎も放ったが、火焔も炎で応戦してみせる。
膨大な力がぶつかり合い、中央で炎が舞い上がる。
「玄信、桜火、凜花を!」
「御意!」
玄信と桜火は、傷だらけの自らの体も顧みず、凜花をこの場から逃がそうとする。
「……ん……桜火さん? 玄信さん……?」
そこで気がついた凜花は、目の前の光景に瞠目した。
「聖さん!」
「姫様、ひとまず屋敷へ!」
「聖様なら大丈夫です! あの方は万物を操れる、龍の頂点に立つお方ですから!」
「でもっ……!」
玄信の説明にも、凜花は食い下がる。
聖は、万物においてすべての基本物質とされている空・風・火・水・地を操ることができる。
龍神として力を認められたただひとりの龍だけが手に入れることができる、唯一無二の強大な力なのだ。
玄信からそう説明されても、凜花にとっては重要なのはそんなことではなかった。
凜花の中にある、凜の魂が泣いている。
これまでは無意識下でしか感じられなかった彼女の魂の存在を、こんなにも強く感じている。
それはまるで、凜が最後の力を振り絞っているようでもあった。
「ぐあっ……!」
次の瞬間、ぶつかりあっていた炎が火焔を襲い、彼が唸るように声を上げた。
炎に巻かれた火焔は、火を操る龍だというのに自身を焼く炎をいなせない。
力の差は歴然で、程なくして彼の体は炎でボロボロになっていた。
聖が炎を消し、指に力を入れた右手を火焔に向ける。
「このまま心臓を焼き尽くしてやる! あの世で凜に詫びてこい」
「っ!」
直後、凜花は玄信と桜火の腕を振り解いて走り出した。
「姫様!」
ふたりの声が重なるが、凜花は気にも留めずに炎を纏う聖の手にしがみつく。
「ッ!? 凜花!? 放せ!」
「ダメッ!」
凜花は灼熱に顔を歪ませながらも聖の腕を離さず、彼は動揺しつつも炎を消した。
「なぜこんな無茶を……!」
「だって……」
困惑と驚愕でいっぱいの様子の聖に、凜花が首を横に振る。
「ふたりとも、もうやめよう? 憎しみ合うのは苦しいし、つらいよ……」
凜花は知っている。
人を憎む苦しさとつらさを。
そこから生まれるのは、悲しいものばかりだということを……。
「凜花……」
凜花の着物が焼けていることに気づいた聖の顔が、罪悪感で満ちていく。
けれど、凜花は小さな笑みを浮かべた。
「凜さんは、こんなこと望んでないよ」
「え……?」
「友達を傷つける聖さんを見たいはずがない。凜さんも私も、ふたりにこれ以上憎しみ合ってほしくない。だから、もうやめよう」
凜花を通した凜の言葉が、聖の心に届く。
彼は苦しげに顔を歪ませたあと、意を決したように小さく頷いた。
「ああ、そうだな……」
聖の双眸には、微かに涙が滲んでいる。
それでも、彼はもう火焔を攻撃する気はないようだった。
「う……」
少しして火焔が目を開けたが、もう起き上がる気力すら失っていた。
「聖……とどめを刺せ……」
「……いや、できない」
「は……?」
「止められたからな。凜花と、凜に……」
「……っ」
聖の言葉に、火焔が顔を歪める。
「だが、お前の龍の力を奪う。お前はこの先ずっと、火の龍の力を失くして生きていくんだ」
「……好きにしろ。どうせもう、俺はなにもできない……」
火焔の両手は焼けただれ、着物が燃えた上半身にも大きな火傷を負っている。
体を起こすこともできないようで、聖が火焔の心臓のあたりに手を当てても微動だにしなかった。
「……ぅ」
火焔が小さなうめき声を上げると、聖の手が光を纏った。
それは、火焔の体から出て聖に吸い取られていくようでもあった。
「これでもう、お前は火を操れない。力を失くした龍は飛ぶこともできない」
「俺をどうする?」
「……城で投獄していろ」
火焔は力なく笑い、聖は悲しげに見えた。
凜花は視線を逸らさずに、ふたりの姿をしっかりと目に焼きつける。
凜に伝えるように、聖と火焔のことを見守るように。
ただ真っ直ぐな双眸を向けていた。
聖は、真っ先に凜花の傷を治した。
「すまない……。駆けつけるのが遅くなった上、守るどころか俺が傷つけた……」
罪悪感を滲ませる彼に、凜花はあっけらかんと笑ってみせる。
「平気だよ。もうちっとも痛くないし、聖さんがすぐに炎を消してくれたから着物が焼けただけだったし」
「だが……」
「ほら、聖さん。みんなのことも治してあげて」
「あ、ああ……」
明るく背中を押す凜花に、聖は戸惑いを見せながらもこの場にいる者たちの傷を治していく。
菊丸、玄信、桜火、そして複数の臣下たち。
聖がひとり残らず手当をすると、みんなが深々と頭を下げた。
「聖様、申し訳ございません! 姫様をお守りするどころか足手纏いに……!」
「本当に申し訳ございません! 私はお世話係失格です……」
「ごめんなさいです……」
玄信、桜火、菊丸に続いて臣下たちも次々に謝罪を紡ぐ。
「もういい。俺もすぐに駆けつけてやれなかった。よく耐えてくれた」
「聖様……」
玄信は眉を下げ、後悔を滲ませながら凜花を見た。
「姫様!」
「は、はい……」
真っ直ぐ見つめられて、凜花はたじろぎそうになる。
けれど、その視線を受け止め、凜花も彼を見据えた。
「先日のご無礼をお詫びいたします!」
なにを言われるのかと身構えたとき、玄信が土下座をした。
「え……?」
「どういうことだ、玄信」
聖の鋭い視線が、玄信を射抜く。
玄信は、意を決したように口を開いた。
「はい……。私は先日、おこがましくも姫様に進言いたしました。聖様のつがいになる覚悟がないのなら、天界を去ることもお考えください……と」
「おい、玄信――」
「待って!」
怒りをあらわにした聖を止めた凜花が、彼を見つめて首を横に振る。
「玄信さん」
凜花は地面に両膝をつき、玄信に笑みを向けた。
「謝らないでください」
「し、しかし……」
「あのとき、玄信さんが聖さんを思ってあんな風に言ってくださったことだとわかってます。それに……」
凜花は息をゆっくりと吐くと、迷いのない瞳を見せた。
「私は、玄信さんのあの言葉があったからこそ、自分の本心がわかりました」
「え?」
「でも、この先は聖さんにだけ伝えたいんです。だから、ふたりだけにしていただけませんか?」
凜花の力強い声音に、玄信と桜火、聖までもが目を見開く。
「……御意」
玄信は頭を深々と下げると、瞳をそっとたわませた。
それは彼が凜花に初めて見せる、優しい笑顔だった。
「聖様、お叱りはあとでお受けいたします」
「……ああ。覚悟しておけ」
そう言った聖の声に厳しさはなく、彼がもう怒っていないことが伝わってくる。
凜花が安堵する中、玄信たちは火焔を連れて去っていく。
咲いていた花がまばらになった丘には、聖と凜花のふたりだけが残った。
風が吹き抜けていく。
焼け跡が広がる痛々しい丘に残った花が揺れ、甘い香りがふわりと舞った。
「また、大事なものを失うかと思った……」
切なげに落とされた声に、凜花の胸の奥が締めつけられる。
大きな手が、凜花の存在を確かめるようにそっと頬に触れた。
「ここに来るまで何度も凜花を失うことを想像して、怖くてたまらなかった……」
弱々しく微笑む様も美しい。
そんな聖は、天界に住むすべての龍を統べる龍神。
龍たちは、彼に畏怖と尊敬の念を抱いている。
けれど、聖にもこうして弱い部分はある。
凜花は、誰にも見せられない彼の心の脆い部分を守ってあげたい……と思った。
「私はいなくなったりしないよ」
「凜花……」
「だって、あなたとずっと一緒に生きていくと決めたから」
聖が言葉を失くして瞠目する。
凜花は、彼を見つめて穏やかに微笑んだ。
「龍のつがいがどういうものか、ずっとわからなかったけど……魂で求め合うって意味が、ようやくわかった気がするの」
火焔の炎に焼き尽くされそうだったあのとき、凜花の中に芽生えたのは激情のような想いだった。
「私は聖さんの傍にいたい」
聖の心が欲しい。
彼とずっと一緒に生きていきたい。
そんな想いが、胸の奥から突き上げて。それなのに、もうこの気持ちを伝えられないかと思うと、後悔でいっぱいになった。
「なにも持ってない私だけど、あなたを守りたいと思うし、あなたの隣で一緒に歩んでいきたい」
自分が凜の身代わりだって構わない。
凜の魂も含めて自分なのだと、凜花はすべてを受け入れる覚悟を決めたのだ。
「だから、凜さんの魂ごと私を受け入れてほしい」
凜花の鼓動はドキドキと高鳴っているのに、想いを紡ぐことに抵抗はなかった。
ただ伝えたくて、伝えなければいけない気がして……。駆け出すように想いが溢れる心が止まらなくて、伝えずにはいられなかった。
「私、聖さんのことが好きです。誰よりもなによりも、あなたが大切です」
恋心を知らなかった日々が嘘のように、胸の奥が甘やかに締めつけられる。
高鳴る鼓動も、確かな恋情も、もう止まらない。
聖のことが好きだと、心が全力で叫んでいる。
迷いも戸惑いも不安すらも覆い尽くすように、凜花の胸の中は彼への愛おしさでいっぱいだった。
「だから、私を聖さんのつがいにしてください」
真っ直ぐな瞳でそう告げたとき、もうなにも怖くはなかった。
「凜花」
聖の瞳がたわむ。
嬉しそうに、幸せそうに、ほんの少しだけ泣きそうに。
「俺はもうずっと前から凜花を愛している」
けれど、彼の双眸には迷いはなく、ひたむきな想いを紡いでくれた。
「俺のつがいはたったひとり――凜花以外にはいない」
真剣な面持ちになった聖が、凜花の頬に触れたままの右手に軽く力を込める。
「凜花、この命が尽きても俺と共に……魂で求め合う、たったひとりのつがいよ」
美しい顔が、そっと近づいてくる。
瞳を伏せるようにした彼を見ていたいのに、このあと起こることを予感して鼓動が跳ねる。
なにも知らない凜花だが、ごく自然と瞼を落とした。
そして、優しい香りがふわりと鼻先をくすぐった刹那。
聖と凜花の唇が、そっと重なった。
その瞬間、ふたりはまばゆい光に包まれた。
泣きたくなるほど穏やかで優しくて、ずっと昔から知っていたような温もりが心に広がっていく。
ふたりの首筋には、小さな紋様のようなものが浮かび上がった。
「凜の花か」
「え?」
彼は右側に、凜花は左側に、それぞれ凜の花の絵が刻まれている。
「つがいとなった証に浮かぶものだ。紋様はつがい同士によって違う」
紋様が浮かんだ場所だけ、ほんのりと温かかった。
凜花が手を伸ばして聖の紋様に触れると、彼も凜花の頬を撫でていた手で浮かんだばかりの凜の花に触れ、どちらからともなく微笑み合った。
「俺たちらしいと言えばそうかもしれない」
「うん。凜さんが大好きだった花だもんね。今は私にとっても大好きな花だから、私たちにぴったりだと思う」
「それに、ここは凜の花に時期になると、一面に凜の花が咲くんだ」
すべてが示し合わさったようだった。
偶然でもあり、必然でもあり、そして運命だとも感じた。
「これからなにがあっても凜花を離さない」
「うん」
「生涯大切にすると誓う」
凜花が瞳を緩めると、聖が額に唇を落とし、そのまま頬にもくちづけた。
心が甘くてくすぐったいような感覚を覚えて、温かな幸せが溢れ出す。
ふたりは微笑み合い、惹かれ合うようにもう一度そっと唇を重ねた。
* * *
それからの日々は、とにかく慌ただしかった。
まずは屋敷の修繕。
臣下たちが総出で片付けに入り、建築を専門としている者たちに修繕を依頼し、その間はみんな城で過ごした。
城も修繕が必要だったが、屋敷ほどではなく、敷地も部屋も充分にある。
屋敷にいた臣下が少しの間とどまっても問題はなく、さらに凜花はそのまま城に移り住むことになった。
凜花自身、屋敷がとても気に入っていた。
せっかく仲良くなれた料理係たちとは会う機会が減り、臣下たちともなかなか話せない上、お気に入りだった庭にも行けなくなるかもしれない。
そんなことを考えていたが、聖は『好きなときに屋敷にも行っていい』と言ってくれたため、不安は一気に吹き飛んだ。
城での生活は、屋敷にいたときから一変した。
彼と凜花がつがいの契りを交わしたことが、瞬く間に広まったためである。
火焔の襲撃でほんのいっとき不安に包まれた天界だったが、龍神である聖が契りを交わしたとなれば一大事。
祝言は少し先になるため、近日中に天界を上げての祭りが行われるのだとか。
城には、なんとか大臣だとか、どこぞの偉い人だとか……よくわからない年老いた者だとかが立て続けに訪れ、『一言お祝いを』とふたりへの謁見を希望した。
そのため、凜花は聖と共に朝から晩まで対応に追われたのだ。
慣れない環境下で初対面の人たちと挨拶をするのは、凜花にとっては不安と緊張の連続だった。
弱気になることはなかったが、それでもそう簡単に慣れるものではない。
ときにはオドオドしてしまい、彼のように堂々と振る舞うことはできなかった。
ただ、聖は常に凜花を気遣ってくれた。
なにより、祝福はふたりにかけられるおかげで、ずっと彼と一緒にいられた。
少し前まではあまり会えていなかったこともあって、その喜びは不安や緊張を凌ぐほど大きかった。
凜花にとっての原動力である聖の存在が、凜花に笑顔を絶やさせなかった。
しかも、凜花は自分が人間ということで不満を抱く者が現れるのも覚悟していたのに、意外にもみんな好意的だった。
龍のつがいの契りは、一度交わしてしまえばそう簡単には消せない。
多少の不満がある者であっても、聖が選んだ相手が凜花ならふたりを祝福する方がいいと踏んだのだろう。
もっとも、反対意見や反乱分子がいたとしても、彼が許すはずはないのだけれど。
お祝いラッシュが落ち着いた頃、紅蘭がやってきた。
彼女とは、火焔のことで責められた日以来ずっと会っていなかったため、凜花の中にはいささか気まずさがあった。
「あんた、本当に聖とつがいの契りを交わしたのね」
ところが、紅蘭の方は言い方こそきついものの、以前ほどの冷たさはなかった。
「はい」
「そう」
彼女は祝福の言葉は口にしなかったが、かといって凜花に突っかかる気もないようだった。
「火焔からみんなを庇ったんですって?」
「え? い、いえ……私はそんな……」
確かに、菊丸を返してもらうため、自分の身を差し出した。
しかし、結果的には火焔の炎に包まれただけで、なにもできなかった。
聖が来てくれなければ、あのままどうすることもできなかっただろう。
そんな気持ちから、凜花は戸惑いがちにかぶりを振ったけれど……。
「龍相手にやるじゃない」
紅蘭はつっけんどんに言い、微かに笑みを見せた。
「紅蘭さん……」
「……悪かったわ。あんたのこと、気に入らなかったのもあるけど、あんたなんかに聖のつがいが務まるはずがないって思っていたの」
「はい」
「でも、今は……ちょっとだけ、そうでもないのかなって思うわ。言っておくけど、本当にほんのちょっとだけだから!」
プライドが高いであろう彼女にとって、それは全力の謝罪だったのかもしれない。
大人に見えていた紅蘭が可愛く思えて、凜花はつい笑ってしまった。
「ちょっと、笑わないでよ」
「紅蘭こそ、それで謝っているつもりか?」
「聖に関係ないでしょ。これは女同士の話なのよ」
黙って聞いていた聖が見兼ねて口を挟んでも、彼女はフンッと彼から顔を逸らす。
「紅蘭さん」
「なによ」
「私は、凜さんのようにはなれないと思います。私は私だし、魂がどうであっても凜さんの真似をしようとも思わないから」
「……それで?」
「でも、いつかもし心から認めてくれたら、お友達になってください。私、ひとりも友達がいないので」
「は?」
眉を寄せた紅蘭に、凜花は苦笑を零す。
凜花にとっては、桜火や風子は姉のような存在で、良き相談相手。
蘭丸と菊丸は弟みたいで、玄信は厳しい父親という感じである。
料理係たちも臣下たちも、気安く話してくれるようにはなった。
とはいえ、やっぱり凜花が聖のつがいである以上、彼らにとっては一線を越えることはできないのか、一定の距離は感じたままだった。
だからこそ、凜花は欲しかったのだ。
少しくらいきついことを言われるようであっても、対等に見てくれる相手が。
これから天界で聖のつがいとして生きていく凜花には、きっと必要な存在だろう。
「ちょっと」
「はい」
「聖の妻になろうって奴が友達もいないなんてありえないわ。私が第一号になってあげるから、聖に恥をかかせないで」
「えっ?」
相変わらず、口調は優しくない。
「あんた、色気もなんにもないから私が鍛えてあげる」
それなのに、紅蘭の表情は今までで一番柔らかくて、凜花は自然と笑みを零した。
「はい。よろしくお願いします」
「言っておくけど、私は他の奴らみたいに優しくないわよ?」
「いいえ。きっと、紅蘭さんは優しくしてくださると思います」
断言した凜花に、彼女が眉をひそめる。
「……聖からなにか聞いた?」
「紅蘭さんのおばあ様が人間だってことなら聞きました」
「げっ……! 聖、勝手に言うんじゃないわよ!」
「紅蘭のおばあ様の許可は得てある」
不本意そうな紅蘭に反し、聖は飄々としている。彼女はため息をついた。
紅蘭の祖母が人間だと聞いたのは、あの事件のあとのことだった。
彼は、屋敷から城にやってきた凜花の傍にできる限り寄り添い、色々なことを教えてくれた。
実は、龍のつがいに人間が選ばれるのはごく稀にあるのだという。
現在も天界には数名の人間がいて、龍王院の中では紅蘭の祖母がそうだった。
人間の血を受け継げば、龍の血が薄くなり、必然的に龍の力も弱まる。
そのため、人間の血が入った家系は疎まれることもあるのだが、そんな紅蘭に優しく接していたのが凜だったのだとか。
そして、紅蘭自身は人間の血が混じっていても堂々としているようだった。
それを聞いたときから、凜花は彼女に対して少しだけ親近感を抱いていたのだ。
「……なによ? 私に人間の血が流れているのがおかしい?」
「いいえ、ちっとも。今度、紅蘭さんのおばあ様にも会わせてください」
「嫌よ。それでなくても、おばあ様は聖のつがいが人間だと知ったときから大喜びしていたのに、あんたと会ったら手がつけられないほど喜ぶに決まっているもの」
「ダメですか?」
「……気が向いたら考えておく」
聖が小さく噴き出し、凜花もクスクスと笑う。
「紅蘭様、姫様には敵わないです」
「姫様はすごいお方です。ね、桜火様、玄信様」
「ええ、そうですね」
「我が主が選ばれたお方ですから当然だ」
蘭丸と菊丸の言葉に照れくさくなった凜花だが、桜火と玄信にまで褒められて心がむずがゆくなってしまう。
褒められることに慣れていないせいで、途端に頬が真っ赤になった。
「こら、凜花。俺以外の者の前で頬を染めるな。お前が顔を赤くしていいのは、俺とふたりきりのときだけだ」
その上、聖に無茶な注文までつけられて、凜花は首まで朱に染まっていった。
「まったく、可愛いつがいだ」
彼の瞳が緩められ、凜花の頬にくちづけが落とされる。
「ひ、聖さん……! みなさんがいるんですよ!」
驚く凜花だったが、聖は艶麗な笑みを向けてくる。
「心配するな。玄信と桜火は優秀な臣下だ」
玄信と桜火を見ると、ふたりはそれぞれ蘭丸と菊丸の目を覆いながら素知らぬ顔をしていた。紅蘭だけは呆れたようにため息をついている。
「蘭も見たいです!」
「菊もです!」
「お前たちにはまだ早い。私に勝てたら見せてやろう」
騒ぎ出す蘭丸と菊丸は、玄信の言葉に膨れっ面をする。
まごつく凜花に、聖がククッと笑った。
そのまま今度は唇を奪われたが、優しいキスに胸の奥が高鳴ってしまう。
凜花は、柔らかな幸福感に包まれながら、うっとりと瞼を閉じた。