聞けば、彼女もまた独り者らしかった。
かつては伴侶が居たそうだが、昨年の厳しい冬を越す前に命を落としてしまったらしい。
それからの彼女はひとりで山の中を歩いては、自由気ままな暮らしを謳歌しているのだと明るく語る。僕は伴侶なぞ持ったことがないが、大事なひとを亡くした悲しみがそう癒えるものであろうか。僕は彼女の笑顔の裏に秘めた憂いを想像して、またそれを慰めたいと云う自分の願望を発見した。

「楽しいわ。こんなに親身にお話を聞いていただけるなんて。黒毛の方と喋ったのは初めてですけれど、貴方はとっても優しい方なのね。」

彼女がまたも柔和な笑みを浮かべる。彼女が喜んでくれる。それだけで僕は天にも昇ってしまいそうな気持ちだった。
こんなことは初めてである。出会って間もない女にこれほど心臓が高鳴るものであろうか。鼓動は痛いくらいに速く、いっそここから逃げてしまえと警鐘の錯覚すらある。けれど、不可思議に美しい白毛の彼女を前にすると、僕はいつまでもその姿を見ていたいと思うのだ。

「僕も独り身です。どうです、独り身同士、困ったときは助け合うというのは。女性のひとり歩きは何かと危ないですからね。貴女さえ良ければですが…。」

と言っても僕は腕っ節に自信があるわけではない。ここ一年分の自堕落生活が祟り、どちらかといえば同族の男よりも貧弱な部類だ。
それには彼女も当然気付いており、やんわりと僕の虚勢を崩すのだった。

「あら、とっても嬉しいお申し出ですわ。でも、貴方、足腰が細いのね。私、肉付きの良い方が好きなの。死んだ亭主もそうでしたのよ。」

僕は項垂れる。分かりきっていたことではあるが、今度は違う意味で心臓が痛む。
これまで腹が空いたら食料を探し、多少満足したなら穴蔵へ篭って眠るだけの生活であった。しかし、今この時が転機だ。この麗しい白毛の君に見合うような男に生まれ変わる。散々自分勝手な暮らしを送ってきた僕の、一世一代の決心に思えた。

「沢山沢山食べます。そうすれば貴女の言う、肉付きの良い逞しい男になれましょう。」

そうなれた暁には、僕は自信を持って彼女の隣に立てるであろう。そしてあわよくば、彼女の孤独を埋める男にならんと欲す。

「まあ、嬉しいわ。そうして下さいな。
ねえ、私達、まずはお友達から始めましょうか。」

彼女はどうやら期待してくれているようだった。
悪戯っぽい三日月形のニンマリ笑みが、なおも僕の心臓をドキドキと言わす。