「……ご覧のように、例え全く同じ役割を持った人間が周りに居て、引き継ぎ後も変わらない生活を行ったとしても、この『マキノサツキ』のように多くの被検体は『個』を重視する傾向にありました」
「おや、では今のような『代替家族』は現実的ではないと?」
「いえ、システム自体は、ほとんどの箱庭で上手くいったように非常に有効です。『役割』と『卒業』が決められている以上、多くは感情的にならず仕事と同じ要領で、上手く家庭を築きます。また常に入れ替わるので、各家庭での人員の片寄りも出にくく、所謂ひとり親やヤングケアラー等の不平等も起きません」
父親の卒業を祝うマキノサツキ達の暮らすドールハウスのような小さな家を、我々は覗き込む。
そして次は、ウメハラショウの代わりに新しく来た少年の姿を確認した。
人員の移動は、滞りなく行われたようだ。
所狭しと並ぶ『箱庭』と呼ばれるジオラマのような町と、人間達の住む幾つもの家。彼等は決して、我々の視線には気付くことはない。
「なるほど。なら、いっそ『個』という概念をより希薄にすれば、卒業システムの運用は上手くいきやすいか……」
「いや、あまり個を削りすぎても機械と変わらなくなってしまう。あくまで我々が目指すのは、残された僅かな『人間』同士で、箱庭の中で平和なコミュニティを築いて生きて貰うことです」
争い、いがみ合い、仲間同士殺し合う愚かな『人間』は、みるみる内にその数を減らしていった。
だが、広い宇宙から偶然そんな人間を見つけた我々が、こうしてきちんと生活基盤である家族から管理してやることで、人間はより良い暮らしを得るだろう。
マキノサツキは少々反抗的な個体だったが、新しい『母親』を迎えて、家族が代謝したことで内面も成長したように見えた。それはこの箱庭が上手くいっている証拠だ。
「マキノサツキのように、最初は心で受け入れられずとも、それが常識だと刷り込めば必死に環境に順応しようとする。……やはり人間と言うのは、面白い思考パターンをする生き物だな?」
「ふふ。ええ、だからこそ、彼等にはより良く生き延びて欲しいのです……『人間』を卒業した後、その『魂』と呼ばれるものが何になるのかも、我々の重大な研究課題ですしね」
「そうだな……名前も形も関係無い、この箱庭に住む命は皆、我々の大切な宝物だ」
そうして我々は今日もこの箱庭の観察結果を、我が子を慈しみアルバムに写真を収めるように、愛しさを込めて資料に纏めた。