蓮が引っ越したのは、お互いの肖像画が出来上がる前のことだった。


僕は、蓮が描いてくれた僕の絵を見ていない。そして僕もまた、蓮に完成形を見せることはなかった。僕が描いた風見 蓮の記録は、エンドロールを向かえないまま物置に眠っている。きっと蓮の中の黒尾 織の記録も、どこかで埃をかぶっているのかもしれない。



───風見って、黒尾のこと好きらしいよ


僕たちは失敗した。間違えてしまった。これまでの生き方全部を否定されたみたいに、僕と蓮の間には第三者によって線が引かれた。


「風見くん、かっこいいのにね」
「恋愛対象にしてるのが男ってことじゃん。やべー、俺も狙われちゃうかも」
「黒尾もさ、幼馴染として、これまで性的な目で見られてたって思うと引いたりすんじゃん?」


僕が風邪で学校を休んだ次の日、蓮は噂の対象になっていた。僕の耳にその噂が届く1日前のこと。どうやら、蓮が僕の肖像画を描いているところに、授業で美術室を使った時に忘れ物をしたクラスメイトがやってきたらしい。確かなやり取りを僕は知らない。けれど、僕の絵を描いていたことの言いわけなんていくらでもあったはずなのに、蓮は馬鹿正直に、「織のことが好きだから描いてる」と言ったらしい。


その日から蓮は学校に来なくなり、数日後、引っ越したという事実だけを聞かされた。

あれから1年経つけれど、蓮とは連絡すら取り合っていない。連絡先はもっているのに、メッセージを送るのが怖かった。なんて声をかけていいかわからなかった。僕も蓮に言いたいことがあったのに、守ることができなかった僕に、今更発言する権利なんてないと思った。



懐かしいなんて思えない、記憶に新しい出来事。僕の時間は止まったまま。瞼を閉じると蓮の顔が浮かぶ。


『おれも、おまえのこと、好きだよ』


あの時、僕の気持ちもまたフツウではなかったと気付けていたら。僕が抱えていた違和感が、蓮と同じものだと認められたら。僕たちは病気なんかじゃない。ただ生きているだけで、自分の気持ちに素直になっているだけだと、そう発信できていたら。



そうしたらきっと、僕と蓮は今も二人で絵を描き合っていたのかな。