放課後の美術室の利用者は、僕と、今はいないもう一人の部員だけ。部員の名前は、黒尾 織しきと風見蓮(かざみれん)。僕と、僕の幼馴染の男だった。


1年前まで、放課後は毎日この美術室で共に絵を描いていた。幼なじみということもあってから、昔は同じアトリエ教室に通わされていた。母親同士の仲が異常に良かった。僕の母は、父といる時より蓮の母といるときの方が幸せそうに見えた。深い友情で繋がれていただけだと思う。母は、フツウに恋ができる、あっち側の人間だったから。

中学・高校は当たり前のように僕と蓮は美術部に入った。僕らが通う学校の美術部というのはいわゆる帰宅部に値するもので、部員数こそ多いものの、真面目に絵を描きに来ている人は僕らだけだった。



「なあ、蓮のこと描いてもいい?」



1年前のこと。僕は、蓮にきみの絵を描きたいとお願いした。


「なんだよ、急に」
「横顔、綺麗だから。僕、昔から好きなんだ、蓮の顔」
「…顔ね」
「や、もちろん顔だけじゃないって分かってるけど。いつかちゃんと描いてみたいってずっと思ってたから」


僕の夢だった。人をモデルにして描くのはあまり得意ではないけれど、蓮のことだけは、なんとなく僕の記憶以外の場所にも残しておきたいと思った。


初めてそう感じたのは中学生の時。中学の美術部はほかにも部員がいたから、二人きりになることが少なくて言い出せなかった。

恥ずかしかったのだ。

僕が、きみを美しいと思っていると広まることが。
ついきみのことを目で追ってしまう僕がいることが。


恥ずかしくて、それから少し怖かった。


「……いいよ。おれも、(しき)のこと描く」
「蓮を描いてる僕を描くの?」
「そう。その方が効率いいだろ。お互いのモデルになりながら、作品もできる」
「…たしかに」

「なあ、織」



───おれも、おまえのこと、好きだよ


心臓が鳴った。その話の流れからして僕の「顔が好き」という意味合いだと捉えるのがフツウなのに、僕は無性にキュンとして、そんな自分に首を振った。


僕と蓮。

幼馴染、同級生、───男と男。


変だろ。キュンってなんだよ、どうして心臓がざわつくんだよ。気のせいだ。そうじゃないと困る。僕たちはお互いの顔が好きで、絵を描くだけ。余計な感情は抱かない。邪念は、絵にも表れるから。


「…ふは、やめろよキモチワルイ」
「…えー?幼馴染のオモムキってやつじゃね」
「趣って、絶対蓮の使い方ちがう」
「まあまあ、細かいことはきにすんな?」


だから僕は、長年寄り添っている違和感には、その日も気づかないふりをした。