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ふと窓に視線を移すと、すっかり陽が落ちて外は真っ暗になっていた。白井文花が帰ったのは30分ほど前のこと。「またね」と口ばかりの挨拶を交わした時、空にはまだほんのりオレンジの光が残っていたような気もする。
時間の感覚は、季節に対応しきれない僕を置いてけぼりにして、日を追うごとにずれていく。
――女の子を好きになっちゃうんだ
彼女は人生をやり直したいらしい。
永沼雪は男を好きになる、いわゆるフツウに値する人だ。永沼雪に異性の恋人ができたらしい。友達という関係性で彼女の隣にいた白井文花は、突然の報告に動揺した。彼女が誰かのものになることを恐れた。衝動的に、気づいたら彼女の唇に触れていたという。
『雪ちゃんに、気持ち悪いっていわれた。フツウだよね、そうだよね。女の子を好きになっちゃうあたしは、気持ち悪いんだ』
一般的にそういう人が多い。高校生なんて特にだと思う。「あいつ絶対ゲイだよな」「女同士だからって手つないで歩いてるのはちょっと無理」「同性愛って病気じゃないの?」悲しい言葉がフツウにあふれる世界。人の心を簡単に傷つけてしまうような言葉をフツウの象徴とでもいうのか。フツウが良しとされる時代に、フツウという言葉は強記だと思う。フツウになりたくてもなれない人がたくさんいる。
フツウになりたい、フツウに異性に恋をしたい。
僕もまた、フツウじゃなくなることが怖かった。