「べつになにもばらさないよ。何も見なかったことにする」
「…そうしてくれると助かる。ありがとう」
「うん」
「…黒尾くん、さ」
「うん」
「……なにも、聞かないの?」


首が痛んだので、身体の向きを完全に彼女に向けた。ぎゅうっと強く手を握りしめていて、ちょんと肩を押したら簡単に崩れ落ちてしまいそうなほど足が震えている。相当勇気が要ったと思う。素晴らしい勇姿だった。

白井文花。きみは、凄い。


僕は何も聞かない。逆に、彼女は深く聞いてほしかったのだろうか。理解してくれるかもわからない、必要最低限の会話しか交わしたことのないクラスメイトに話すべきことなのだろうか。

彼女と、隣のクラスの永沼雪が昼休みに空き教室でキスをしていた。いや、厳密には白井文花が永沼雪に無理やり迫っていた、の方が正しいかもしれない。

その事実に、たまたま見かけてしまっただけの僕が触れていい話だとは思わない。恥ずかしい、申し訳ない、知られたくない。簡単に口に出せない、悲しき愛の行方。



「白井さんが話したいなら話せばいい、BGMだと思って聞き流すから。話したくないなら、暗くならないうちに帰った方が良いと思う。僕、白井さんのこと送ったりできないし。同情はしないけど、白井さんの気持ちに似てる感情は、同じ人間としてわかるかもしれない」

「なにそれ…、優しいか優しくないのかわかんないよ…」
「一応部活中だから。無駄話は良くないかなって」
「へ、変だよ黒尾くん」
「そうかな」
「……あのね、あたしね」
「うん」

「女の子を好きになっちゃうの、きっと病気なんだよね」

こぼれた涙が、僕にはとても眩しかった。