そんなこんなで、2人は生い立ちや出会った経緯などを、一刻ほど話をしていた。すると、両腕をだらりとたらし、疲れ切った顔の楼夷亘羅が元気なく現れる。
「『――うっぇ、酷い目に遭ったよ。聖書を一刻も読まされるなんて、苦痛以外の何物でもないな!』」
「『楼夷、お帰りなさい! いい勉強になったでしょ』」
疲れ切った顔で、溜息混じりに呟く楼夷亘羅。首筋に手を当て、凝りをほぐすかのように、左右へ揺れ動かす。
「『勉強というより、拷問だったよ……。――それよりも、どうしたの2人して?』」
「『楼夷を待ってる間、色々な事を吒枳くんと話していたのよ』」
「『吒枳……?』」
「『そう? こっちは王・吒枳。ややこしいから吒枳くんって呼んでるの』」
掌を吒枳の前へ出し、楼夷亘羅へ紹介する伊舎那。
「『……』」
「『どうしたの楼夷?』」
紹介を受けるが、楼夷亘羅は気まずそうに沈黙する。
「『いや、同じ僧院の組だから知ってる……。でも、名前は覚えてなかったけど、姓は俺と一緒だったから知ってた』」
「『なるほど、――だから、先生が呼んでいても、知らない振りをしていたのね』」
楼夷亘羅が今までに、何度も引き起こしていた不思議な行動。ようやく、その事に気付き、納得して何度も頷く伊舎那であった。
「『……ごめん。ばれちゃうと、伊舎那の笑顔が見れないと思ったから……』」
「『楼夷……』」
喜ぶ顔が見たかった……。その想いから、ずっと黙っていたという楼夷亘羅。
「『じゃぁ、せっかくだから。謝罪と一緒に、自己紹介をしたらどうかしら?』」
「『う、うん。分かった』」
伊舎那の言葉で2人は向かい合う。しかし、ばつが悪いのか? 少しの間、沈黙の状態で佇む……。
……そんな状況は暫く続くが、心落ち着かせた楼夷亘羅が、吒枳を見つめ話し掛けようと……。
――その時だった。2人は何故か、同時に言葉を放つ。
「「『あっ、あのさぁ。今までごめん――!!』」」
楼夷亘羅が突然、声を発したかと思うと、吒枳も同じように言葉を放つ。
「『ふふっ――!! なに、なに。どうしたの2人共? 同時に話し掛けるなんて』」
「『酷いよ、伊舎那。笑わなくてもいいじゃん!』」
それを聞いた伊舎那は、声を出すのを堪えながら、思わず吹き出した。
「『ふふっ、ごめんね楼夷。被ったことが、つい面白くて。でも、そんなに考えなくてもいいでしょ!』」
笑い目に溜めた涙を人差し指で軽く拭き取る伊舎那。
「『だって、吒枳が酷い目に遭ったのは俺のせいな訳で……。だから、何て言ったらいいか分かんなくて』」
「『僕の方こそ、もっとハッキリ言えばよかった。そうすれば、楼夷亘羅が先生にきつく怒られる事はなかったのに。そんな風に、色々と考えていました』」
申し訳なさそうな表情を浮かべる2人。同じ事を想い、同様に反省した。
「『ふふっ、おかしな2人。それにしても、楼夷と吒枳はお互いの気持ををよく理解しているじゃない。じゃぁ、これでわだかまりは無くなったようね』」
その言葉で、俯いた顔を上げる2人は、改めて互いを見つめ合う。
「『ごめんな、吒枳!』」
「『こちらこそ、すみません!』」
2人はお互いを認め合い、握手をする。すると、今までの事がなかったかのように、仲良く笑い合う。そうして、楼夷亘羅・伊舎那・吒枳。この3人は、友達として行動を共にする事になる。
そのような、些細なことがキッカケで友達となった3人。仲間であると共に、婆羅門ではライバルでもある。お互いを信じ、数年ほどの年月を切磋琢磨して修練を積んでいく。そんな2人と過ごしていくうちに、固かった吒枳の表情は次第に明るくなり、笑顔を見せるようになる。
その後、頭角を現した楼夷亘羅は、僅か2年で天部へ昇格する事になった。それから、遅れること4年後、吒枳がようやく天部に任命される。
◆
――そうして、楼夷亘羅と吒枳は18歳を迎える。
「『ところで、楼夷。私のお世話係を、いつまでやってるの? もういいのよ、そんな事しなくても』」
「『いいじゃん別に!』」
「『まぁ、楼夷がいいなら、私は構わないけど……』」
「『――本当か?』」
嬉しそうに、喜びの声を上げる楼夷亘羅。
「『えぇ。――そういえば、楼夷! お世話付きの人を断ったらしいじゃない。それって、本当なの?』」
「『うん、そうだよ。だって、もし俺に着いたら、伊舎那のお世話係が出来なくなるじゃん!』」
「『えぇっ――? それって、前代未聞なことよ!』」
「『うん。だから、駄目だって言われた』」
「『そう。じゃぁ、引き受けたのね』」
「『いいや。大僧正が、一週間の内で半分なら大丈夫。そういうから承諾した』」
「『半分なら? 大僧正がそんな事を……。楼夷って一体……』」
「『そうだよ。どうしたの伊舎那、驚いた顔して?』」
――お世話付き。それは天部に昇格した者には、身の回りのお世話をする者が必ず1人付くようになっていた。お世話をする見習いの僧、男には沙弥が付き、女性には沙弥尼と呼ばれる者が付く。本来ならば、規定のようなものであり、当然のことである。しかし、楼夷亘羅の場合は、特別に大僧正から命じられていたのであった。
そうして、お世話をする者、される者には利点がある。それは、当然のように受ける者は理解できる。しかし、お世話をする者にも利点はあり、教えを乞う者から詠唱や技の使い方について、直々に修行を受ける事が可能である。そのため、優秀な者へ付けば相応の技が修得でき、修練に励む事が出来た。だが、そうでない者に付けば、言わずと知れた事である。
だが、楼夷亘羅が言うように、お世話係を断ったからといって、はいそうですか? そういう問題ではない。婆羅門にも戒律があり、従わないといけないルールというものがある。それならばと、大僧正から特別に週の半分だけ許可を得た。そのもう半分は、耶摩女という女の子を、お世話係として傍に置く事を命じられる。