あれこれ思い当たる節を、幾つか思い浮かべて見る李・伏羲(り・ふくぎ)。けれど、日頃から礼儀正しく清廉潔白な王・趙達(わん・ちょだつ)。品格を疑うような振る舞いは、1つとして見つからなかった……。

「――おい、伏羲! 思い過ごしじゃないのか? あいつにそんな度胸はねぇし、何の利点もないだろうよ!」
「それもそうだな……。趙達は少しの暇さえあれば、衆生へ手を差し伸べ歩いている。そのような者が、今回の件と関係しているとは考え難いかも知れんな!」

 炎帝・神農(えんてい・しんのう)の言葉に、やはり気のせいであったか? そう自分に言い聞かせる李・伏羲であった。

「それにしても、何とも可哀想な奴だぜ! 元々、五帝だった親父は階位を降ろされ、民からも信頼を失う。遂には、屋敷まで焼きつくされたなんてな!」
「趙達の過去かぁ……。まぁ、どういった理由なのかは知らんが? 理不尽極まりない出来事であった事には変わりない。そんな生い立ちを背負いながらも、良くやっているものだ! そのような者へ疑いの目を向けたなんて、俺は恥を知らねばならんな!」

 憐憫(れんびん)の情で、淡々と経緯について語る炎帝・神農。その事について、李・伏羲は哀れみの言葉を呟くと共に、懐疑的な見方を反省する。

「――とにかく、この婆羅門へ残りの4人が向かっているらしいから! 伏羲と神農は急ぎ、私と一緒に来て下さい」

 黄帝(おうてい)の言葉から察するに、残りの五帝も三皇の大広間へ集まりつつあると言う。そうした状況に、どうすればいいのか? 困り果て当惑の表情を浮かべながらも、僅かばかり呼吸を整え2人へ同行する旨を伝える張・女媧(ちょう・じょか)

「「はい、分かりました!」」

 その声は静まり返った地下牢へ響き渡り、指示を受けた2人は敬意を示し頭を下げる。

「じゃぁね、楼夷亘羅(るいこうら)。審議が終わる少しの間だけ、我慢していて貰えるかしら。必ず貴方の事は、私が守って見せる。……必ず」
「――何を馬鹿な事を! お前に守って貰うほど、俺は落ちぶれてはいない!」

 そっと呟き、ゆかしさの情趣を魅せる張・女媧。ところが、そんな事など必要ない素振りを見せ、想いを拒む楼夷亘羅。

「分かっていますよ、永遠(とわ)の貴方もそうでしたものね。記憶……。取り戻して欲しい気もしますが、今の私を見れば、落胆するかも知れない。だったら、このままがの方がお互いにとって、一番いいのかも知れませんね」

 意味深な言葉を残し名残惜しそうな面持ちで、その場を後にする張・女媧。まもなくして、出入口へたどり着くと、牢の外では2人が手を差し伸べ待ち構えていた。

「それでは行きましょうか、張・女媧様。――じゃぁ、吒枳(たき)! あとの事はよろしく頼む。看守も戸締りだけは、しっかりしておけよ!」

「「分かりました!」」

 李・伏羲の言葉に、吒枳と看守は口を揃え3人を見送った……。

 ――暫くして、牢獄から三皇がいなくなるのを確認する吒枳。そっと楼夷亘羅の身体へ触れ、優しく話し掛ける。

「……楼夷亘羅、本当にごめん。弱みを握られていたとはいえ。僕は親友に対して、何て酷い事をしたんだ……」
「はぁ……。はぁ……。だから気にするなって言ったろ。俺は喜んで受けたんだ!」

 掌を見つめ自分がした行為を悔い改め、罪の意識に苛まれる吒枳。その様子を気遣うかのように、乱れた呼吸を何度も吐きながら、優しく微笑み語り掛ける楼夷亘羅。

「だけど、楼夷亘羅……」
「――ったく、気にし過ぎなんだよ。すまないって思うのは、俺の方だ! 吒枳には幼い頃、散々迷惑をかけたじゃないか!」

 悲しそうな表情で小さく呟く吒枳。その弱々しい言葉を聞いた楼夷亘羅は、幼少期の過去を思い出し語る。

「そうだった……。それにしても、楼夷亘羅と二人っきりで話すのは久しぶりだね。何だか、あの頃を思いだすよ」
「俺もだ、吒枳! 共に過ごした日々は、とても楽しかったな。あれから何年経つんだろう……」

 牢の片隅へ腰を下して座り込み、切なそうに親友の顔を見つめる吒枳。同じく楼夷亘羅も、過去を懐かしむように語りだす……。



 ――楼夷亘羅と吒枳は、人々を導き本当の幸せを掴みたいと願い、12歳で婆羅門へ入門する。そして、法を学び大聖の道を歩んでいく。

 そこで、同じ時期に入門した【王・楼夷亘羅(わん・るいこうら)】と【王・吒枳(わん・たき)】は出会う事になる。

 共に婆羅門へと入門した2人は、指導者から教えや法力を学び、空いた時間で天部のお世話といった付き人のような事を行う。そして、天部へと昇格するまでは、その場所で下積の生活を数年していく事になる。そこで楼夷亘羅は、正式に1人の天人をお世話するよう命じられる。

 そのお世話をする天部の天人という人物。それは、早い時期から婆羅門へ入門し、指導者から様々な教えを学んでいたという。そして、僅か数年で天部へ昇格すると、上位である五天達のお世話係として日々修練に励む。

 そんな優れた才能だからこそ、時期的にみても、さぞかし見た目も老けているのでは? そう思ったに違いない。けれど、容姿や年齢は楼夷亘羅とさほど変わりない歳であった……。

                  



 ――ここは、僧伽藍摩(そうがらんま)と呼ばれる天人が昼夜を問わず、修行に明け暮れる清浄な場所。

 近くには、僧院といった共同生活を行う施設もあり、周辺に緑豊かな庭園や様々な蓮華の花が咲き乱れる。もちろん、青々とした樹々も生い茂り、それ以外でも、無憂樹(むゆうじゅ)菩提樹(ぼだいじゅ)沙羅双樹(さらそうじゅ)。それらの神秘的な三聖樹も存在する。

 そうした三聖樹には不思議な特徴があり、その宿る実には身体を癒す効果がある。主に薬として利用されるが、それだけではなく、食せば何とも言えない甘く香りの良い実であった。

 そんな過酷な修練に耐える天人には、必要不可欠な場所。蓮華の花は、視覚を楽しませ、心穏やかにさせてくれる。一方、三聖樹の実は、味覚を堪能させ、気分を爽快に保たせてくれた。そのような、厳しい場所ではあるが、安らぎの空間ともいえよう。


 ――その場所を2人の天界人が、仲良さそうに語り合いながら歩く。


「『いいよなぁ……。俺も早く、伊舎那(いざな)のような衣装を纏いたい!』」
「『そうぉ……。そんなにも、着物っていいかしら?』」

 掌で袖を軽く掴み、自らの状況を確認する伊舎那。

「『だって俺の着てる服なんて、ただの布きれじゃん!』」
「『うふふ、そういえば……。私も天部になるまでは、その服だったかなぁ……』」

 楼夷亘羅の着ていた袈裟(けさ)と呼ばれる僧衣を見つめる伊舎那。その光景を懐かしく思い、そっと微笑み目を逸らす。

「『あぁー、いま笑ったでしょ!』」
「『いいえ、そんな事ないわ。でも私も最初は、少しだけ恥ずかしかったかな? うふふ……』」
 
 微かな笑みを浮かべる伊舎那へ、無表情な顔で問い掛ける楼夷亘羅。

「『いや、笑った!』」
「『――ごめんなさい。ついね、ふふ……』」

 心安らぐ時の中、楼夷亘羅と伊舎那は和やかな雰囲気で言葉を交わす。そんな2人が語り合っていた衣装とは……。