既にグラウンドに搬出した行灯を前にクラスごとにそれぞれ整列し、校長先生の話を聞く。皆の高揚した空気を感じながらそれが伝染して俺も少しだけ胸が弾む。
行灯行列をする前にクラスごとで写真を撮った。あまり笑うことのないタイプだから真顔で写真を撮ったが、二枚目の際にたまたま隣にいた橋本さんに「ちゃんと笑って」と促され無理に口角を上げてみる。
 
 男子が主に行灯を担いで進む。途中休憩する場所があらかじめ決められているからその都度男子で交代する予定だ。行灯自体は結構重いのだが、疲労が溜まる前に交代するから負担は少ない。
 天気は晴天で夕方になっても変わらず皆も喜んでいた。

「詩ちゃんに手伝ってもらったのに前夜祭参加させてあげられないの残念だよね」
「本当だよ~。忙しさのピーク時に手伝ってもらったから」

 背後で詩のことを話すクラスの女子たちに耳を傾ける。
心の中で俺も同感だと呟く。
 行灯を担ぎながら、三年生から学校を出発する。
行灯行列は毎年の伝統行事ではあるが、これも地域の人の理解があってこそだと毎年担任の先生から口酸っぱく言われている。
 確かに、金曜日の帰宅時間帯に交通規制されていたらあまりいい気はしないかもしれない。
三年生の八クラス全員がグラウンドを出発し終えると二年生も後に続く。
 俺も行灯を担ぎ、前に進む。
最初は五稜郭タワー近くのラッキーピエロを曲がって北海道新聞の前を通る。
その間、詩の姿を探すが見当たらない。

 高砂通りを真っ直ぐに進み、千代台公園に向かう。千代台公園青年センターという場所で行灯の点灯式が行われる。吹奏楽部やチア部のダンスが披露され、まさにお祭りという雰囲気が漂う。
一旦の休憩を挟み、行灯を担ぐ男子たちが交代して千代台公園を出発する。
と、その時。
「蒼君!」
 遠くから俺の名前を呼ぶ声が聞こえたような気がしてキョロキョロと辺りを見渡した。
少し離れたところから詩が手を振っていた。
 詩はうちわを持って手を振っている。そのうちわは学際用に作られたもので、流星祭としっかり印字してある青いうちわだ。
俺は自然に手を振り返していた。
 他の生徒も詩に気づいたのか「詩ちゃん!」と手を振っている。
詩は三日間しか関わっていない俺のクラスメイトと“友達”になっていた。
 詩に視線を向けている最中、右肩を強く叩かれる。

「おい、笹森。代わる」
「分かった」

 体育館前でいざこざのあった一人、大杉がそう言って俺と代わる。
いざこざと言っても詩が言い返してくれたから結果としてはその後コソコソと裏で噂話をされることもなく学際準備期間は過ぎていったのだけど。
 しかし、大杉は俺と代わる際に吐き捨てるように言った。

「悪かった。謝っておく」
「…は?」
「鈴村詩さんに謝ってないじゃない!って言われたから。謝っておく」
「…別にいいけど」

 目を合わせることなくぶっきらぼうに、傍からみれば不貞腐れているようにも見えるがそれでも俺は嬉しかった。
詩の顔が脳裏に浮かぶ。

 前夜祭の最後は花火も上がる。詩もきっと喜ぶと思った。
その後、俺たちは五稜郭電停まで進み、学校へと到着する。
 20時ほどで全クラスがグラウンドに到着した。
最後、皆で円になって夜空に上がる花火を見た。雲一つない群青色の空に上がる綺麗な花火に俺含め全員が心を奪われる。
 綺麗だなと思った。特に楽しみではなかった学際が友達と呼べる人はいないけどそれでも去年よりは楽しめたのは全部詩のお陰なのだ。

「ねぇ、ちょっと何してんの?」
「何ってお願いごと」
「何で?」
 いつの間にか俺の右隣にいた同じクラスの女子が両手を絡めながら目を閉じていた。花火はまだどんどんと大きな音をだし存在感を示している。

「流星祭の前夜祭の花火が上がる時、お願いごとすると叶うっていうから」
「…何それ、そんなわけないじゃん!ていうかそんな迷信あった?」
「あったよ、去年の三年生の先輩がお願いごとした後に告白したらオッケー貰えちゃったんだって」

 絶対に願いが叶うなど思ってはいないだろう。あくまでも迷信の一つであり、ゲン担ぎのような要素もあるのだろう。
去年告白に成功した先輩が行ったことが夜空に輝く花火の下でお願いをした、それを引き継いで自分もお願いが叶えばいいなと…その程度だとは思う。

でも、俺は無意識に詩のことを願っていた。

―神様、お願いです。
どうか詩とこのまま過ごせますように。どうか。
気まぐれでもいいから、彼女と一緒にこれからも笑っていたい、その願いを叶えてくれませんか。