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山岳地帯に位置する、人気(ひとけ)の無い古びた城にて。

黒いロングドレスに、皺ひとつない純白のエプロン姿。明るい金髪をきちんと結い上げたメイド…ティエルナは、塔の最上に位置する部屋の前に立っている。
息を整え、重厚な扉に備え付けられている鉄製の叩き金を3回鳴らした。

中から返事は聞こえない。念のため再度ノックを試みるが、結果は同じだった。

「ーーー旦那様?
旦那様、失礼いたしますね。」

中にいるはずの主人に声をかけながら、重い扉を押し開ける。
室内を覗くと、思った通りの光景があった。

高い天井を有する、広い応接間だ。
この部屋は主人の「仕事」のためだけの特別な部屋。
前面の窓のカーテンは開け放たれ、爽やかな朝日が差し込む。床は数多の客人からの贈り物の箱で溢れ返っている。家具といえば、中央に設置された白い長テーブルと、対面になるよう配置された、2脚の白い椅子のみ。椅子はどちらも空席だ。

ティエルナの目当ての人物は床にいた。
街で流行っているという焼き菓子の箱が山と積まれたその陰に、その人物は丸く収まっていた。

「またそんな所で寝て……。」

ティエルナはなるべく音を立てないように近づき、荷物に埋もれてすやすや寝息を立てる少年の顔を覗き込んだ。

10歳ほどの、天使のように可愛いらしい顔立ちの少年だ。豊かな金髪をくしゃっとさせ、上等な仕立ての衣服に皺を刻んでしまっている。
これが、ティエルナが仕える主人である。

「……はぁぁ…。やっぱり可愛らしい…。」

使用人の立場を(わきま)えず、思ったことを素直に口にしてしまう。
自分より一回り以上も幼い子どもの寝顔は、仕事に追われる日々の貴重なご褒美タイム。
起こさなければいけないことも忘れ、ティエルナはしばし魅入っていた。

彼の普段冷たい瞳も今は、長い睫毛に隠されている。小さな唇も、いつもなら子どもらしからぬちょっと生意気な発言をする。黙っていればこんなにも可愛らしいのに。

「……はぁ、癒されるなぁ…。起きてる時は変に緊張してしまうのよね。旦那様、おっかないのだもの。」