《モンストロの手記》
私がティエルナを見つけたのは、連日連夜続く戦争の中で、心も体も消耗し尽くしていた時だった。
仲間を傷付けないために、誰よりも前線に立ち、私は自身の爪と牙と、炎を奮った。
…しかしその分、多くの人間の命を奪った。
初めは何の感情もなかった。
けれど次第に、「私は何をしているんだろう?」という気持ちが芽生えてきた。
そんな時だ。破壊された町の瓦礫の中に、小さく丸まる少女を見つけたのは。
少女はまだ幼い。10歳ほどか。
そんな小さな体が、もう息の無い両親の体に守られるようにして、瓦礫の中に埋もれていた。
少女は私の黒い大きな体を見ると、顔を恐怖に歪めた。
震える声で、涙ながらに、私に向かって言うのだ。
「お母さんとお父さんを返して。」と。
その時、私は自分がどれだけ虚しいことをしていたかを思い知った。
竜と人、互いに命を削り合った先に待っているのは、どちらかの死だけ。
それなら、両者を生かす道は無いものか。
私は数年かけて竜と人の和平を結び、終戦へと漕ぎ着けた。
両者の争いを未然に防ぐためには、第三者の仲介が必要。そう考え、その役目を引き受けた。
山岳地帯の廃墟となった城を棲家とし、あの少女の時のような恐怖を与えないため、竜の姿を捨て、人間の姿を模す。
いつしか、誰からともなく、私は「無情王」と呼ばれるようになった。
終戦後間も無く、私は再びあの町へ赴き、あの少女を探した。
あの美しい、青い瞳の少女を。
そして、やっと見つけた。
「ーーーおまえ、行く宛てが無いのか?」
生きる気力を無くし、彷徨い歩いていた少女。外見は変わっても、あの瞳を忘れることはない。
「宛てが無いなら、私の城へ来てくれないか?」
傍に置いておけば、もう怖い思いをさせなくて済む。
「私の城を守ってほしいんだ。」
役割を与えれば、この子も生きる意味を持ってくれる。
「君の名前は?」
「………ティエルナ。」
そして彼女は、私のもとへ来てくれた。
彼女と二人きり。長い年月を共に過ごすうち、私はある考えを持つようになった。
“ティエルナの心を、何としてでも私に繋ぎ止めておきたい。”
恩情だけで縛り付けておくことは不確実に思えた。もっと彼女の心を引くにはどうしたらいいか…。
そう考えた末に私は、“姿を変える”ことに決めた。
彼女と初めて出会った時と同じ、10歳ほどの少年の姿で、僕はティエルナと3度目の初対面を果たした。
幼い姿の僕を、きっとティエルナは言い付け通りに“守って”くれる。
勿論それだけの理由ではない。大人の姿よりも子どものほうが、交渉相手も気負うことがない。
そして…いつかやって来るティエルナの寿命を、僕が見届けることが出来る。それは何よりの特権に思えた。
だから僕の正体も、僕の仕事も、彼女には秘密にする。永遠に。
こんなことは卑怯だ。
死ぬまでティーを騙し続けることになる。
…それでも、彼女の笑顔が守れるならそれでいい。僕は永遠に卑怯者でいい。
願わくば、この手記が永遠に葬られることを願う。