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ティーが目覚めた時、まず見えたのは覚えのない天井だった。
「………?」
いや、天井ではなく天蓋。
普段は外から見ることが多いため、実際に寝転んで内側から眺めたのは初めてだ。
そこは恐れ多くも、旦那様のベッドの上だった。
ティーはゆっくり上体を起こす。
全身に気怠さを感じるものの、久々に長い睡眠を取れたらしく、頭はスッキリしている。
ふと傍を見れば、
「……あ、え、旦那様…?」
幼い少年が、可愛らしい寝息を立てて添い寝をしていた。
くしゃっとした金髪。閉じられた大きな目。
傷一つない白い肌。
辺りを見回しても、いつもと何も変わりない、ティーと旦那様だけの古城の朝だ。
ティーは目覚める前のことを思い出そうとする。
客人が来て、そして旦那様のいる応接間から火の手が上がって…竜が…、
「…ティー、起きたのか。」
「えっ、だ、旦那様!?」
熟睡していると思われた旦那様が、目を擦りながら体を起こしている。
彼を前にすると、ティーの寝起きのぼんやりした頭も覚醒が早まる。
「す、すみませんわたし、寝ぼけて旦那様のベッドで寝ちゃったみたいで…。
あ、でも旦那様、いつもベッドなんて使わないから構いませんよね…?」
「君は本当に不敬だ。」
アハハ…と誤魔化し笑いを浮かべていたティーは、旦那様の顔を見てあることに気づく。
「…旦那様が笑うなんて、珍しい。」
彼は、どこかホッとしたような、優しげな笑みを浮かべていた。
しかしそれも僅かな間だけ。ティーが指摘すると、すぐにいつもの無表情に戻ってしまった。
「主人を放置して熟睡なんて、職務怠慢もいいところだ。」
「…も、申し訳ありません…。怖い夢を見るくらい、よく寝ちゃってたみたいです…。」
「夢?」
ティーは記憶を辿る。
そう。ありうるはずがない。
突然古城に竜が現れ、自分が襲われるなんてことも。
旦那様が殺されてしまうなんてことも。
現実味が無さすぎるが、ひどく鮮明な夢だった。
「…きっと大戦時の竜のトラウマが癒えてないせいですわ。もし本物を見たら、また気絶してしまうかも。」
「………。」
また誤魔化し笑いを浮かべるティー。
旦那様は、そんなティーの手を、何の前触れもなく握った。
「…えぇっ?」
「ティー。」
真っ直ぐな青い瞳が、ティーを捉える。
気のせいだろうか。幼くて可愛い旦那様が、いつになく大人びて見えるのは。
「大丈夫。もう竜と人が争うことはない。
君はいつものように、僕とこの城を守ってくれればいい。」
その言葉と、彼の雰囲気に、ティーは懐かしい既視感を覚えた。
「…ふふ、先代の旦那様も同じことを仰っていました。やっぱり血縁者。よく似てらっしゃいますね。」
「…そうかな。」
ティーは思った。
先代と、現主人が与えてくれたこの場所を、この日々を、この平穏を、これからもいつまでも守っていきたい。
そのためには手始めに、
「では、朝食にいたしましょうか。」
「そうしてくれ。お腹が空いて倒れそう。」
二人を照らすのは、嵐の後の清々しい朝日だった。