――――朝日がまだ背丈ほどしかない時間帯はそうも暑くはない。駅裏にあるコンビニの駐車場。エンジンを切ったバイクの座面に横向きで座って、待っていた。

 すると後方からする彼女の声をいち早く気づけた。首を回すと日が昇る太陽からシルエットを作りながらも、大袈裟に手を振りながら走ってくる姿が見えた。

 彼女が着くころには既に髪が海苔状態で汗をかき切っていた。待ち合わせを駅の表と勘違いしたようだと。

 あれから一週間が経つ前日の今日。彼女はこの夏休みをとても謳歌したいらしく、その実行する行きたいところリストを立て、一つ目を今からクリアしに行く。県内最大級の湖、池田湖。そこである生物を見つけたいのだとと期待は薄いと感じつつも、彼女からはたまにある学的な事だった。

「おはよう………君はパリコレに出れる格好だね」

 彼女の服装に目を縦に動かしつつ、素の言葉が出た。僕なりには褒めたつもりだ。朝少し早い時間だが、彼女は僕と同じ長袖と長ズボンだが、今から登山でもしに行くのかっていうくらいの全身厚着とした服。おまけに登山リュックかのように縦長の少しばかり大きめなリュック。

「でしょでしょ! 家出た時、何故かみんな私に道を開けてくれた! まさにハリウッドデビューも近々?! って感じ」

 彼女のその満面さの笑みは、超が付くほどご機嫌で、褒めたという誤認の意思疎通で完了できた。

「それはきっと単なる季節感バグってる人って、みんな引いてただけでしょ」

「確かにちょっとこれはおかしかったかな?」

 自分の服装を見直そうと首を下に向けるも、ごわごわとした服のせいか身体の可動域も制限されるほどだった。

「大分だよ。厚着は別としても、その大きなリュックは一体何が詰め込まれているの? どこぞの運び屋みたいじゃないか。距離的に夕方には出るのに、そんなにいらないよ」

「えへへー。ごめんごめん、遠出だと思って遂昨日の夜準備してたら手が止まらなく張り切っちゃいまして……おっ…」

 彼女が嬉しそうに仁王立ちした途端。バックの重みで後ろに反りあがり、よろける前に咄嗟に立ち上がり、リュックに手を回し、なんとか転倒を阻止した僕。顔がかなり近いが今は気にならなかった。

「張り切りすぎ…」

「アハハー。なんだか君にまた貸しを作っちゃったね」

「貸しも何も、普通に危ないでしょ」

 何か残念そうにしている彼女を、そのまま体勢を立て直す。僕は一旦出発前にリュックを降ろすよう指示した。

 試しに僕も持つが女子一人がよくここまで持ってきたなと言えるほどだった。

「そんだけあっても邪魔なだけでしょ」

 そう言って後輪横に両面装着した兄から借りた革製のサイドバックのファスナーを開けた。

 中身を確認しつつ、再び口を開く。

「ちょっとしか入んないと思うけど」

「ありがと! てか、うわぁ…! バック付けたんだー!」

 彼女がしゃがみサイドバックに向かって、目から出る光線を飛ばした。

「うんっ。必要性に案ずると思って」

 彼女が荷物の一部を入れ替えるよう、詰め込んでいるとき、一瞬手を止めた。

「なんか入ってる」と独り言に呟き、その姿に影を与える感じに上から覗くと。

「あぁ、それ…………………」

 ……遡る事一時間前。カーテンに光が入る直前にして目が覚めた。スマホを確認し、アラーム設定した時間よりも十分は、早めに起床した事に気づいた。

 洗顔後、手軽な朝食を済ませバイクに乗るふさわしいであろう服を自分なりに選び着替えた。そして最低限必要な荷物の確認と、だいぶ押し入れで眠ったヘルメットを二つ合わせ両手が塞がった。

 玄関でそれを一旦降ろして、上がり框に座り込んで靴を履いていると、背後から何やら唸り声がしだした。

 振り向くと、髪が縦横無尽に聳え立った兄が、おはようと元気もまだ眠りに吸い取られた半目状態で言ってきた。

「おはよ。ごめん起こしちゃった?」

 兄はガムの噛むようにむにゃむにゃ言いながらも、今日もバイトがあるようで早起きと言った。兄ももうじき夏休みgは始まると言う。

 そして、奥朝食を済ました時には既に起床してた。寝ぼける母にもちょっと出かけとだけ伝えた。

「ようやく俺のアレックスも寂しがらなくなるな!」

 アレックス…? 突然何を言っていると思い寝ぼけているのかと思いきや兄の目はもう寝ぼけがなく、視線を辿ると指に掛けたキーを見ていた。

「キャビンじゃなかった…?」

 そうでたらめな返しをすると兄は仁王立ちのように手を組んだ。

「アレックス・β・キャビンだ!」

 そんな適当に合わさった語呂合わせの名に、ダサいと皮肉に溜息を吐いた。

「うるさーい! 昔からの呼び名にケチつけんなぁ!」

「少なくともアレックスは初耳だよ」

「まぁでもよ…。なんか変わったなお前」

 突如微笑んを浮かばしながら言う兄に、エアコンの風に当たるかのような寒気がし、左腕に鳥の肌が見えた。

「どうしたの急に、まるで久々に会う親戚じゃあるまいし」

 

「だってお前、ずっと懸念してたろ、なのにその恰好出かけるんだな」

「そう、だったのかもしれない」

 兄は寝起きの顔でも人に向かってにやけ面はできるようだ。

「それに最近のお前なんか楽しそう。こんな感じに…」

 口元を両指で伸ばし、目元にしわが目立つほどの、派手なスマイルとやらを作り出した。それを今の僕の顔だと主張する。全く持っておかしい。

「それはいくら何でも大袈裟すぎ」

「あの子のおかげかな?」

「おかげって言うよりも、自分で気づけたのかも」

「なんだそりゃ!」

「いった…!」

 兄は笑うと反射的に、不意打ちのようなぶったたく癖がある。いつの日か忘れたがこのじんわり熱がこもる痛みは、また背中に紅葉を作られた。

 熱を服の中で籠り、結んでいた靴紐がいつの間にか肩結びになっており、余計時間を食った。

「じゃあ本格的に行ってくる。夕方頃には戻ると思うから」

「…」

 兄の言葉が一瞬失った。気味悪いと言わんばかりのその満面な笑みはまるで聞き取れていなかったようだ。

「その顔、一度鏡を通して見てきた方がいいよ」

 そう言い残しドアノブに手を触れた。

「あぁ! ちょっと待て待て!」

「今度は何?」

 そう振り向いた途端。

「忘れ物だ! 持っていけ!」

 そう言いいながら、僕に目掛けて言葉以外の物質を、軽くも投げつけられた。

 それを胸の前でキャッチすると、何やらナップサックのようだった。

 なにこれ?と不可抗力に達する感じに、口のシワをほどこうとするとその手を塞がれた。

「おっとまだ開けんな開けんな。その中は今日絶対必要俺特性ツーリングセットだ!」

「なにその胡散臭い商品名」

「ちなみに俺がいいよって言うまで開けちゃダメだからな!」

「もうそれパンドラの箱だよ」

「まぁ、それと似たようなもんだ!」

「荷物ならもうある。余計なの一つ増えるだけで嵩張るし」

 そう言って兄の手元に変えそうとするとそれを押し返される。

「まぁまぁそう言わずにさっ。きっと後から役に立つはずだから、持ってけ泥棒!」

 胸にバンと、小音が立つくらい押され、一瞬息が止まった。

「自分から渡しておいて濡れ衣を着させないでくれる? まぁ………サイドバックにでも入れとくよ」

 諦めの効かない兄にこれ以上行っても時間を食うだけだ。

「おう! じゃあ行ってら! 気を付けろよ!」

 兄の今日一と言える笑顔に、僕は面倒だった気も逸れた。

「うん…気を付ける」

 久々だからか、さっきからやけに騒がしいニコニコを軽く一瞥して家を出た。



「朝からずっとしつこくて。結局持っていくことに……」

「なんだろうね…? 面白そうな予感はある!」

「…おまけに俺がいいって言うまで開けるななんて訳の分からないこと言ってたし」

「君のお兄さんほんと面白いね」

 彼女はそれ追加し、クスと笑い出し、ほんのり涙を浮かべた。そんな彼女の笑顔をヘルメットに収めるよよう、渡した。そして僕も被る。

 足置きを両方払い、僕が先に跨ってから彼女を後ろに乗せた。少々重心が安定しないまま、腹部に小さな手を回され、緊張ばかりか少しそれにドキとなってしまった自分がいた。

 しかし意外にも彼女は安定性が良く、バランスを崩さない。しっかり手も回し、腿で僕の両脇下を挟んでいる。

「やけに座り方が慣れてるね」

「うわぁ! びっくりした!」

 彼女の上げた声が密閉されたヘルメットに充満するよう、鼓膜に響き一瞬焦りを感じた。

「あぁ、今のはごめん言い完全に忘れてた。インカム付けて置いたから、これで走行中会話できるよ」

 へぇーと関心したような声で。

「こちら第三部隊隊長中野和葉! 桑原大佐至急第二パドックに急行せよ!」

「えぇこちら大佐、残念ながら第二パドックにはもう兵の手配がついてる。以上」

 そんな声だけ想像できる彼女の明白な演技のノリに、合わせて会話すると彼女はケタケタ笑う。その笑い声に僕は口角を上げた。もう後ろに人を乗せる事に嫌だとは感じなくなった。むしろ楽しい、そう感じる。

「しっかり掴まってね」

 そう忠告してキーを回し、エンジンをかける。いつぶりか。いや実はこの前一回だけ練習してきた。流石に教習省いて二年をもまともに乗らないで、ましてや人を乗せるのにこれが以来は、どうもし難い。

 それでも今の感覚だけは、どうも記憶として一生の残りそうだ。僕にはもう、恐怖も何も存在しなかった。これほど好奇心が湧くことはない。

「はいはい。言われなくてもそんなのわかってますよー」

 その適当さ誇る返事に、少し、嫌がらせではないが、覚えさせておこうと思った。クラッチを握り、ギアをローから1に落とし、その状態で、クラッチだけを離した。

 ガクン!!

 突如エンジンが落ち、バイク半歩ほど前に動いた。エンストというやつだ。車のミッションを取得してる人も経験あるだろう。

 その衝撃で、彼女と僕のヘルメットがごっつんこし、背中に彼女の身体が、密着した。

「ど、どうしたの? まさか壊れた?!」

 そんな必死に焦る彼女に少し鼻が動き笑いを堪える。

「あーごめんごめん。久しぶりだったからちょっとミスっちゃったてエンストしたの。でもこういう事あるからちゃんと掴まってねー」

 そんな大根役者かのような棒読みを上げると、掴まれる腹部が更に掴まれた。

「今のわざとでしょ…! さいてー!」

 トーンを少し落としめな声でそこから、うぅーと威圧を感じる長く唸り声で不機嫌になってしまった。

 ようやく走行し始め、まず市街を抜けるよう田舎へと進んだ。次第に日も上がりつつ、雲一つないくらい快晴日和だった。

 通り道とそて僕の家の付近も見え彼女が何か喚くかのように言っていた。

 徐々に建物の数も薄くなりつつ、最初のトンネルに入った。薄暗い点々とした照明にかざされる中僕の腹部が空いた気がした。いや、締め付けられているの間違いだ。

「もしかして……暗いとこ苦手?」

「うん…。実を言うとね。特にお化け屋敷とかはちょっと。私友達にしがみつきながらずっと叫びまくって、そしたらなんと、お化けがいなくなっちゃったの! 不思議だよねー」

「もしかすると、君がお化けだったのかもしれないね。それでキャストも逃げたんだ」

「酷い! また乙女に向かってそんな謗ることを! 君には一生呪いかけ続けてやるから!」

「いかなる時でも塩を、常備しとくよ」

 トンネルでの錯覚のせいか、速度が自然にも早まっていることに気づき少し内に回した。

「でも私、死んだら君の背後霊にでもなろうかな」

「やめてくれ。君が背後霊なんてなったら、君の悪態で、僕の一生が不運に恵まれてしまう」

「その時は私が助ける番だね!」

「足手まといにならない事を願っとく」

 高速でもなければそこまでスピードは出さない。しかしだ。ここまで楽しいという感情が芽生えたのはいつぶりか。だがその裏ではかなりの緊張を抱えているのも事実。真後ろには病気を患ったクラスメイト。それを乗せて二時間近く走行しないといけないなんて、普通に考えたら至難にも近い。捻るアクセルに、手汗が滲み、勢い余って大滑りしそうなそんな想像も入れてしまう。それを無くすためにもまずは肩の力も抜く。

 ようやく小さな明かりが見え始め、トンネルを抜けた。すると突如視界一面、銀世界が広がった。

 それは、大袈裟にも近いほど、海岸沿いに出て、東に並ぶ海が太陽に反射の元、海中が透けてより綺麗に見えることにより、宝の山だった。

「うわぁ! 桑原君海だよ海ー‼」

 風の流れに駆け巡る中、潮の匂いがヘルメットに入って来るまで堪能した。彼女も潮風は好きらしくサイコーと更にはしゃいだ。

「今度一緒行こーよ! 初海!」

 その活気高い声に、うんわかったと答えた。

 海を過ぎると完全に建物なんてものは消滅し、四方緑あふれた木々や、昔ながらの木製の家などと、田舎道を走る。僕らは会話が忙しく、外から入る蝉の声なんてもの隙間ないほどだった。

「大佐! 遂に到着だ!」

 いまだにさっきの冗談を駆使し、少し呆気にも感じるがそれより無事到着できたことに安堵する。シールドを上げそこに広がる光景に真野渡している事に、僕は目を疑った。

 視界に収まりきらないほどまっ平らに埋め尽くされた湖。それは天に浮かぶ空をそのまま鏡に映し出したかのよう、清く、真っ青とし、まるで鏡の国のアリスが世界観を通じる道に見えてしまうほど、綺麗だった。

 彼女も湖を見るのも初めてだと言う。

 ここの直径は約四メートル近くにも及び面積は十一キロメートルある……と彼女がインカム越しに説明してきた。

 夏休みは観光客も所々存在。僕は湖もだが、駐輪スペースに横一列かのように並べられた数々の愛機にも目がいった。やはり変わった。今まで歩くたびに見かける原付ですら、視線を外していたほどなのに。

 降りると思いきや、まず一周したいと彼女が言い出し、池田湖を一周し始めた。

 海とはまた違い、波もなくそこからファンタジーさを生み出す。左ミラーを見ると、彼女のヘルメットが左右に動かし忙しかった。

 独り言をブツブツと、もう捜索を開始しているようだ。お目当ての海中生物を。彼女の興奮度から本気で探しているように見えるが、期待は薄いもの。

 この池田湖には、知る人は知り有名な説というのが存在する。とある昔、この湖に訪れた者が、水面に何か浮かび上がる物体をモノクロ上の写真で収めた。それが白亜紀などに生息してた爬虫類、『エラスモサウルス』などに似た首長の恐竜そっくりだった。通称イッシーと呼ばれる未確認生物UMA。

 ネス湖のネッシーを聞いたことがあるだろう。それの姉妹みたいなもの。一時期全国放送など話題となったが、しかしその湖には大ウナギが生息している。仮説だが、2m級の大ウナギが有力候補だと上げられて終わった。今存在していたら繁殖したともなるが、よもやよもやノーベル化学賞ものだ。

 彼女は小さな独り言は次第声量を上げた。

「発見すれば歴史に名を刻めこんな可愛い乙女が世間に知れ渡るね!」

「………」

 期待を胸にする彼女にいないよなんて言えずそのまま一周し終えた。

「君はさ牧場見ながら焼肉食べれる人?」

 彼女が場の空気を読まず、箸を止めるような事を言ってきた。駐輪場でバイクを停め、時間的にも腹虫が鳴る頃合いで、お昼を食すこととなった。それで今テーブルに置かれ少々口にしているのが、このイッシー丼と名付けられたウナギ丼。ボリューミーなタレご飯の上に、オクラとウナギのかば焼き、そして温泉卵と贅沢料理。

 もうイッシーがウナギで間違いないようなもんだ。

「それ心理テストの?」

「んーん違う。この店の入るときに、大ウナギの展示があったじゃん。それ見た後焼かれた鰻見ると。なんだか食べて良いのか遠慮しそうなくらい不思議に感じちゃうんだよね。君はどうなのかなって」

 確かにそれは僕も考えた。

「よく牧場で光景見ながら焼肉とか、都会とかでも水族館の水槽見ながら、寿司や刺身食べれるところもあるみたいだし」

 食べるのを一旦やめ、考える事にした。確かに不思議にも感じる。食材である、生き物を目の前にし、それを食う。その発想者はどういう心理を持つと言うのか。逆の立場ならどうだろう。言葉を話せない動物だが、感情は持つはず。

 ステーキを食べる人間を、見て、牛たちはどう心情を抱くのか。ただの嫌がらせ、あるいは残虐非道に感じるであろう。動物と話せる能力がない限り、人間でない以上探る事は難しい。まじまじと見つめてくる彼女の黒目も手も今は止めていた。

「食い辛い。これがまとまる答えだけど、正解なのかはわからない。食に対する感謝なんて正直きれいごとに過ぎないと思う。でも食物連鎖という変えられない事がある以上、人間は目を瞑る事しかできないと思う」

「うーん。そうだね! ならもう美味しく食べよっか! んーん! 蒲焼美味しぃ~!」

「………」

 彼女にしては珍しく学な、奥深さを求めてきたと思いきや開き直るかの様子で次々と蒲焼が減る様子。僕は言葉が出ずにあっけなく感じていた。

 その隙にまた彼女が僕のどんぶりに箸を侵入させ、蒲焼の一切れを盗んでいった。

「君はこの蒲焼になる気持ちを一度経験した方が良い」

 皮肉な言い方を取って僕も再び箸を進めた。

 その後腹も満たして休憩を取りたく彼女がボートに乗ろうと提案してきた。

 休憩といってもするのは彼女の方で、僕は彼女のバックから取り出した、秘密道具かのような双眼鏡の方向指示によりボートを漕がされる事に。

「どうして僕が、こんなに疲れる事ばかりなんだ」

「ほーら男の子でしょ? 頑張って!」

「僕は男と着くほど力は薄いよ」

「はーいうだうだ言わない。イッシーだよ? イッシー! 見つけたら二人の手柄なんだから、はい頑張ってまだこいで!」

「ハイキャプテン!…って何言わせるんだ」

 海賊のようなノリを遂してしまい、彼女は大袈裟に笑ってからボートの先端に片足を置くという危なっかしい姿勢を取った。

 三十分、漕がされて、僕の腕がパンプアップしたようにわかるほど腫れ上がった。

「お疲れさま。ちょっと休憩しよっか」

「……誰のせいだ。全く……」

「結局イッシーいなかったね。底に隠れてるのかな」

「元からいないんだよ。いたらここらは封鎖されるはず…だ…」

 息の乱れがまだ絶えなく、持ってくた水筒のお茶をその場で全部飲み干した。ちょっといいと言いながらボートの上で大の字になろうとしたら。

「でもイッシーよりもいい物見つけれた」

 彼女の一声により、寝るのを辞め、ここら一帯見渡すと、世界が変わった。
 
 だいぶ漕いだせいで、陸から遠く離れ、周囲に囲まれた透明な湖。見た者にしかわからない景気づけを感じらされる。

「こんな広いところに私だけだって考えると、なんだか不思議に感じない? 莫大な物を手に入れた感じがする」

「確かにこれは凄い。漕いだかいがあった」

「でしょでしょ。イッシー捜索本部部長の私に感謝状を渡しなさい」

「まず僕にここまで使って名誉である称号をくれ」

 彼女はそれに大いに笑いごまかしたようにも感じる。しかしこの空と湖が表裏一体した中心部にいるなんて考えれば、安いくらいにも感じれる。僕にとってもここを見た光景は一生ものに近いであろう。

 また彼女はスマホを撮りだし、光景を何枚か撮り始めた。僕も、光景だけを一枚こっそり撮った。

 すると彼女はまた僕に自分のスマホを渡した。ここの光景と私の美貌を上手く撮れと…。

 画角に収めシャッターボタンを押そうとした途端。静かな湖の表面が揺れた。

 魚が一匹、その場で飛び跳ねた。

「きゃ! 今の何? ねぇねぇ!」

 少し怖がる様子で身を縮ませる彼女、そしてその瞬間を危うく押してしまう。途端彼女は早く岸に戻ろうと、またボートを漕ぐようせかされた。

 さっきより名いっぱい早く腕を回され、岸に着くころにまた腕がパンプアップした。

 きっと明日は筋肉痛だ。彼女にスマホを返し、撮った写真を見ると、なにこれと不満顔で述べられるもまぁいいやとすぐ済んだ。

「よし、そろそろ帰るとしようか」

 日の傾きから時間を考慮した後、声に表した。ここらももう周るところもない。

「ちょーっと待った…!」

 それを早速だが、否定された。

「どしたの? まだ見たかった?」

 僕の問いに、彼女は優しく首を横に振った。しかし彼女の目は少し泳ぐような、気のせいか?

「それについては心配無用! 明日もまたここ来れるんで!」

「そうか、明日もここ……………………って、えぇ?? それ一体どういう」

「あのね。一度しか言えないから、ちゃんと聞いててほしい」

 予想外の発言に混乱する暇もなく彼女は自分に向かせるよう、言動を続けた。

「うんっ」

 その真剣な言葉と、緊張感を持つ姿の彼女に何故か唾を少し飲み込んだ。

 胸に手を当て、わずかに頬を赤く染めながら………

「今日私。君を家に帰さないから」

「……それってもしかして」

「ふふっ、実はね」

 彼女が手に持つスマホを操作し始めた。画面に向かっていいですよなんて、敬語を発したのを見逃さず、なんとなくだが、察しがついた。

 画面を向けた状態で僕に渡し、ビデオ通話で、スピーカーに設定されていた。

 左上の端に小さく映る僕がいた。そしてそれ以外に映るのは、見た事ないあの部屋のポスターと、今朝から騒がしかった人物がツーショットのように映ってた。

『おぉ! いたいた! おーい!』

 画面越しに手を振りつつ、なんだか嬉しそうに口角を上げた兄。それにまだ理解は追いつけず、彼女に訊いた。

「なんで、連絡先持っているの?」

「なんでだろーねー?」

 彼女も嬉しそうに口角を上げながら首を傾げ答えてくる。

 あぁ、もしやあの時では? 僕の脳によぎった記憶の中辿ると彼女は一度兄と単独で会った事がある。僕は何も言わず彼女を見るが彼女もそうと示すような顔をとっていて思考での辻褄が成立した。

『おーい! そこの捻くれ無視すんなー!』

『なんだよっ』

 実の弟に向かってなんて言いぐさだ。今すぐ切ってやろうかと考え画面に向かって睨むと兄が少し不貞腐れ顔で取り始めまるでにらめっこでもしているかのようだった。いい年こいて子供じゃあるまいしと、両者呆気に取られてしまう。

『なんだよって、なんだよ。おーい!ってさっきから言ってんだろ。おーい!』

 本当にいい歳こいた子供だった。

『電話越しにいちいち手なんか振ってくるな』

『いいじゃねーか! ほんと一々水くせぇなぁお前は。俺はその向こうに平がる景色に向かって振ってんだよ! これがまさにオンライン旅行ってやつだな! んー、湖の柔らかい風が俺の部屋まで飛んでき……………』

『虚しくないの?』

『ったく可愛げもねぇ奴だなーほんと! それよりも今朝渡したの開けて良いぞ!』

 あっ、そういえば。すっかりその存在を忘れてもいた。

 彼女に一旦スマホを返し、入れた反対側のサイドバックへと急ぎ足で周った。開け、彼女の荷物であろう、小物をポーチなどをよけつつ、今朝渡されたナップサックを引っ張り出す。

 しゃがんだ姿勢のままシワの口をほどき、中身を覗いてみる。

 そこに目を疑った。クローゼットにあったはずであろう、僕の替えの下着やシャツ、そしてその他諸々とすべては把握しきれてないが完全にツーリングセットではなくお泊りセットだった。
 
 いつの間にか兄が勝手に僕の部屋に忍び込み、これまた勝手に詰め込んでいたのか。なんたる悪台。同じ家だが不法侵入罪で逮捕してやりたい。

「どれどれー?」

 スピーカーで会話を全て聞いてた彼女もそれに興味が沸いたか、僕に近寄り、上からかかる影と共に、覗き込んできた。

 咄嗟に慌てだし、見せてはいけないという思春期ならではな行動を取った。リュックを胸に抱え込み彼女から資格を造る。

「あぁ…絶対見ちゃダメ」

「まーたそうやって、カクシゴトかね?」

 片側の頬に空気をため込み、不満げな顔で見下ろし、おまけに腕も組んで仁王立ちの姿勢を取ってきた。

「違わい、これはあくまでプライベートだ」

 すると彼女の手から吹き出す音がし出した。

『プライベート……だって! ガハハハッ』

 日常茶飯事だが、やはり憎たらしい汚らしくも感じる笑い声。しかも電話越しとで更に苛立ちが増す。彼女もつられてクスッと笑い出す。画面を見ると、一人演技かのようにベッドを左右転がり続けてる。

 できるのであれば今すぐにでも彼女のスマホ事叩き割ってやりたい気分だが、感情の糸が切れてでもできまいし、だからちっぽけだが、代わりにと。

「ちょっと貸して」

 伸びるように立ち上がり、笑いで涙目にもなった彼女に向かって掌を伸ばした。その涙を細い指で掬うと同時にしゃっくりかのような笑いを堪える頷きをし、貰うと、画面を僕の顔に染めた。

 左上に映る自分の顔を見て不気味を覚え、こんな顔できるのだと不思議さも覚えた。

『おぉどしたぁ? そんなニヤニヤさせてお前もしかピッ……………』

 通話ボタンを突如切り、彼女に返した。彼女を一瞥した後言った。

「さて…。ほんとに今日帰らないんだね。」

「さっき一度しか言わないって言ったでしょ。うちにもちゃんと友達の家でお泊りしてくるって言ってきたから。流石に男の子と旅行なんて言えないし、むしろ心配かけちゃうからねぇ」

「そう、なんだ」

「もしかしてそう言ってくればよかった?」

「そんなわけあるか」

「だよね。てか君は女の子に何度も緊張をさせないでくれる? さっきで結構私の勇気使い果たしたんだから!」

「君にとっての勇気は、消耗品みたいなんだね」

「おだまり! 君は少し女の心のお勉強しなさい!」

「はいはい気を付けます。というかいつの間に口裏合わせてたんだね。因みにだけどこの計画の方針を立てたのはいつから?」

「うーんとね。前から一度は行きたいなぁとは考えてはいたんだけど、ゆーて最近かな」

 行動力というよりも、発想力の方が強いかも。彼女がいつの日か宣言した、アインシュタイン超えの僕をアッと驚かすというのは、このことだったのか。

 色々思う事しかないが、一旦冷静にと、頭の中を整理する。僕は今から彼女と言え度、一人の異性と外泊する。まだどうも了承し難い感じが出る。彼女はそれについて全くの無関心な様子。早速スマホを操作し始め宿へのルートをでっち上げる。

 行こ!とニコッとした彼女にうんともう頷いた。

 彼女に転送させて貰った宿へのナビを設定し、発進させた。走行中やけにアクセルが緩く感じる。いや、緩くなんかない滑るんだ。緊張という一種な汗で。

 場所も遠くなくここから数分で着く、海沿いに建てられた大型ホテルだった。停めてからそこを見上げると僕の口はひらっきっぱなしになった。

「高そう………だね」

「死ぬまでに貯金使い果たしたいの! 去年までバイトしててあまりに余ってるし! だから急だけど心配しないで! ちゃんとお兄さんにも行ってきたから」

 僕も今回は計画を立てていた上ある程度の予算は準備しておいた。そして財布を出したものの、彼女の強引さには勝てず、渋々今は立て替えてもらうこととなる。

 いつか返す。なんてそんな情けに感じる事しか言えなかった。

 ホテル慣れというのが身についてなく、辺りを見渡す事しかできない僕は片手にナップサックを紐を握りしめ、彼女のチェックインをロビーの長椅子で待った。

 数分もしないうちに彼女が両手にチケットのような縦長の紙を二枚胸元に持ちながら、鼻歌交じりの軽い足並みで戻ってきた。

 満面な笑みを浮かべ見て見てから始まり、

「期間限定で砂蒸し温泉のチケット貰えたぁ! 折角だし、夕日見ながら浴びない?」

「いいけど」

 了承の末、エレベーターホールから上がった部屋に荷物を置きに行った。まさかと思ったが相部屋だ。しばし考え込もうとするも彼女のペースには勝てず漫勉なく広いベッドに置かれた砂蒸し温泉で必要な浴衣をそれぞれ手にしすぐそこの砂浜へと足を運ぶ。

 入口にいる従業員に券を渡し中へと足を入れると、そこはあくまで服を着て入る以上合理的に混浴のようだった。

 と言っても別に下世話な事なんて考える事もなく、家族連れやら、老夫婦などが談笑してまるで風呂上りの牛乳を飲む場かのように楽しめるところで、僕にとっては好都合であった。早速ロッカーで着替え、出口で彼女と待ち合わせした。

「どう? 似合ってる?」

 彼女と同色、つまりお揃いである海の色した浴衣を目にすると、やはり変わる雰囲気を改めて実感した。

「似合ってると思うよ」

 思わず、目を奪われそうになり、口数が減ってしまった。この感覚は初めてではない。

「まーた曖昧な返事だなぁ! 君も、もううちょい体付き良くすれば似合いそう!」

「それは今の僕では似合ってないってことだな?」

「もっとって意味だよ! 今でも十分似合ってます!」

「それはどうも」

「それにさっ。浴衣の下には………本当に下着を着ないのかなんて気にならない?」

「それは昔の話だろ」

 しかし温泉という名をわかってる癖しての発言。

「ふぅん、ほんとかなぁ?」

 彼女が肩の袖を下に崩しながら色気ある上目で見つめてこられ、息苦しくもなり僕を咄嗟にこの場をどうにか切り抜けた。

「いらっしゃ~い。あらぁ若いお二人方ねぇ。叔母さん羨まし」

 砂掛けの従業員である人らがいる中。一人のふっくらとした女性が微笑んでそう言った。

 この方の案内で、彼女と横に間隔を空け、僕らは砂の上に仰向けとなった。視界には隅まで空が広がる。だいぶ傾いた太陽からは、この日を終わらす為の最後の余興、紫色を空にペンキをぶちまけていた。首で腹筋動作をすれば、その夕日も見えるはず。

 彼女は、さっきの女性ともう会話のキャッチボールをし始めている。おほほほなんて、そんな昼下がりのお茶会をするママさんかのような、上品さを纏う笑い声が包まれる。

 少し呆気に感じるが、流石としか言いようがない。

 それぞれ横にはスコップを持ったスタッフが二人配置した。

「それではかけていきますね。砂のお加減のご要望とかはありますでしょうか」

「私に横にいる桑原君にはきっちりと砂掛けて埋めてやってください!」

「おいおい埋めるってなんだよ。君より先に成仏されるじゃないか」

「アハハー。ナイスジョークだね 今日は座布団三枚だ!」

「これでM1は貰ったね」

 そんなくだらないやり取りを彼女の方にいる叔母さんは笑ってくれる。いや、その周りも笑いのツボが浅い。こんなんで笑うなんて、こっちが逆に笑いそうだ。

 お似合いだなんて言われ少し恥ずかしくもなったが、掛けられる砂のように温かくも感じる。

 まるで日本の心優しい伝統までも味わえる空間だ。

 じわじわろ足元から昇る熱と共に、心体全て和らげる。まるで山のふもとで、静かな小川と小動物の鳴き声を聞きながら昼寝をするかのような心地。案外ぐっすりと寝れそうだ。最初は熱いと予想していたが、僕には適温だった。砂が重みがそれを生み出している。

「あぁー、極楽極楽」

 彼女も同じようで、砂に全て吸収されるかのような顔が溶けそうだった。そんな彼女を首を横に向けたままただ眺めていた。

 こんな姿でも裏では病気を抱えている事を思い出すと、不思議に感じる。今まで見てきたその横顔には病気という文字が存在していなかったからこそ残心というのを感じるのであろう。

 あの日言った、本当に彼女を笑って終わらせる事ができるのかと今更ながら考える。あくまで僕にできることは、彼女の今を、無駄にしない事。

 彼女の二十四時間と、僕の二十四時間では、大差がつく。同じ人間みな時間なんて平等に流れるが違う。彼女にとっての一日は、僕だと一時間と小銭程度なのだろう。だから、彼女には常に笑っていてほしい。心の底からだ。嫌なことは今後起きるかもしれない。もう既に抱えているのかもしれない。それでも笑っていてほしい。もしその時は僕が、支えてあげたい。

 できることがあればなんにでもなりたい、そう願い、声に出さず誓い、日が沈むまで砂蒸し温泉を充実できた。

 部屋に戻りお互いシャワーという二度風呂後に晩飯の時間だった。砂蒸しの帰りにホテル内のコンビニで少し買いだめし、それを二人で分けつつ食べた。他愛のない会話をしている内に当たり一面夜の世界に包まれた。

「折角だし散歩行かない?」

 テレビを見る僕に堂々と提案してきた彼女に相槌を打ち、ホテルを出た。

 ドがつくほどの田舎である以上、このホテルのような建物以外一切存在しない。街灯も変に遠く間隔があくほどで著しくも感じる。

 そして足音よりもミツカドの小さな泣き声が目立ち、この静かで平和な町を表している。

 僕がスマホの明かりを照らし、彼女がスマホでナビをする中、近くの自然公園へと足を踏み入れた。緑地と芝しかない広場には誰も存在せず、僕らだけの世界を今だけ堪能できることになった。

 夜風に吹かれ、その空気を吸い込むと同時に彼女は言った。

「ここで寝転がらない?」

 そう言って持ち歩いてた、色が目立つ桃色のレジャーシートを地面に敷いた。

 靴を脱ぎ、上がると、ある程度距離を保てるほどの大きさでしばし感謝した。仰向けとなり、天を見ると。

「うわぁ…!」

 先に彼女から感想があふれ出てきた。薄暗い照明でまるでシルエットかのように見えにくい姿でも彼女の笑みは見える。

 僕も続いてすげぇなんて、子供じみた感想がまず出た。

 薄めがかかった青には無数の点々と並べられた星々が。一つ一つが小さい真珠かのように光沢と輝きを持ちこれは生命なのだと感じる。それにだ。今日は運良くあれも存在を表してる。

 空の中心に亀裂が入り、その中を紫の登竜門ができている。

 タイミングが良すぎるな。観れてラッキーなんだと思う。教科書やプラネタリウムでしか見れなかったそのお手本とも言える絶景の元に。二人の人間だけがいると考えれば、この世界の広さを知り、いかに僕らがちっぽけなのかを知らしめることだ。自然には敵わない。

「ベガ、デネブ、アルタイル…………」

 彼女が次々と星名を口にする。それは全て空にあるものだ。独り言のように淡々と言い続ける。聞いたことない星も多く、彼女は星に興味があるようだ。

「星好きなの?」

「うん! 昔家族で天体観測に行った事あるんだよね。お父さんの天体望遠鏡で星以外にも、満月を見たんだけど、やっぱお肌荒れてるんだね。スキンケアしないとあぁ、なっちゃうってより実感持てた!」

「月の感想をスキンケアを例えるのは君ぐらいだよ」

 なんか感心したけど一瞬で溶けた気が。

「それに星ってさぁ、いっつも見飽きれないほど綺麗じゃない? まさに月下美人! 超ロマンティック!」

 昼間には見えない星は輝きを放てないのだろう。だから月が出るこの時間、星々は輝く。一つ一つ存在を皆に知られるようにと、アピールしに。

「僕も、夜景とかは好きかな」

 僕も一度だけそう遠くないどこかの丘で夜空を見たことがある。たった一度しかないが。兄に夜中起こされ母に隠れて、後ろに乗せられ何処かへ連れていかれた。眠気が強かったが満遍なく広がる異世界のような夜空を眺めると、覚めむしろ年頃も合わせ好奇心が湧いた。

「夜景だなんて、桑原君ませてますねぇ」

「そういう君こそ他愛ない感じ」

 その上手い返しで一旦会話を辞め、少しの間星空を見つめた。天の川の上流から

「私も、もうすぐ星になっちゃうのかな」

 その言葉だった。横顔の彼女は、微笑んだまま見つめるが、瞳はかすかに濁ってもいた。

「君は少なくともあの星々にはならなそう」

「そう、なの?」

 彼女が首を向け僕らが見つめ合った。僕は空に首を向け、向かってどこかの星を指した。

「うん。君は隕石か、良くて流れ星になると思う」

「お? 何言うと思ったけど、やけに良いこと言うじゃない! でもそうかもね。私じっとするの嫌いだし、多分君の言う通り落っこちて隕石にでもなるよ。見つけた君にはノーベル賞を称えようではないか!」

「君の隕石なら間違いなくお笑い賞かも」

「やっぱGP目指す? 私時間ないけど容量良い方だから悔いなし頑張るよ!」

「一人漫談で僕はプロデューサーとして君の活躍を称えるよう全力で支援するよ」

「なーんだ。結局やらないんかーい!」

「ちょっとでも期待したのが馬鹿だな」

「また馬鹿って言うー! でも落ちるときはちゃんと場所決めておこうかな」

「そんな事できる?」

 科学的にも人が星や隕石という物体へと権化するのは、不可能だ。しかし彼女ならやりかねないと、根拠も何もないが、勘というか、気がする。

「できる」

 でもなぜか彼女の自信ある返事に、少しその気が湧いた。

「君はさ、自分が誕生した時の写真って知ってる?」

 突然の質問返し。このくだりは十も承知の範囲だが、生まれた時の写真というのは赤子の写真を意味するのかわからず。そのままを問いた。

 すると彼女が咄嗟に起き上がり、スマホを操作し始めた。僕もゆっくりと起き上がり、彼女の傍に寄った。しかし彼女は外に出れる服装だが、キャミソールで露出が多く、目のやり場に非常に困った。

「これ!」
 
 そう言ったまま眩しいスマホの画面を見せてきた。

 一呼吸し、それを目にした僕は最初言葉が出なかった。感想という表現をまだ上手く表せなかった。そこには緑の淵とも言える小さな丘に囲まれた中、今日見たのような湖の台地が。しかしここは夜でも鏡を表せるほど清く、そして水面に一切動きがないほど、音沙汰がない静かな場所なのが一目わかる。そして天空に虹の端のように地平線を結んだ、オーロラのような天の川。宇宙を表すほど、鮮明さのい欠けず、ここのとはまるで別物に感じる。

 標高三千メートルもあるらしく、そのせいで大気が薄いようだ。しかしこの写真の撮影者はこの機会、そう全ての条件が揃うのを得るため二年かかったという。一つでも崩れたら写真のようにはならないのだと。その二年の固執した含蓄さを込めた一枚だった。

「これが君の誕生写真か」

 関心を持ちまじまじ見つめる。それは要約するとNASAで撮られた写真とも言う。その掲示サイトにびっしりと英文で載っていた。

 あれ? でもこの日付どこかで…………………。


「そー! この清く美しくロマンティックしかないナイトの気分がまさに私の清楚さを表してる!」

「清楚なイメージと君は少なくともかけ離れているような………」

「おだまりぃ! 女の子は皆清楚に憧れるものなの! 女優さんとかアイドルでもそういう系統が一番人気だし!」

「そう、なんだ」

「死ぬまでに行きたいぁって。なんかずっと思っている」

「ここってさ」

「うんっ」

「日本ではないよね。オーロラなんてものないし」

 すると彼女の肩眉が少し上がる。

「流石だね君は! では教えよう! ここはパリコレの主催地おフランスでございまーす!」

「思った以上に遠すぎるね」

「まぁ流石に無理な話だよね! 留学でもしないと、でもそんな期間なんてのもないし!」

「おっしゃる通りだ」

 お互い相槌を打った。彼女なら行こうなんて後先考えず言いそうだったが。

「もし隕石になるなら、ここがいいな」

「その隕石でこの綺麗な台地を破壊しなきゃいいけど」

「アハハー。ほんと面白いね君は。最近やけに私についてこれるよになったじゃない! もしや特訓でもした?」

「パターンか何かでしょ、君の事ならもうわかる」

「ふぅん。ほんとかなぁ~? 君はまだまだ私の知らないのがあるのでは?」

 少しニヤニヤしだし、煽るように言ってくるちょっとムッと返した。

「だから私は行けそうにはないからさ。君代わりに行ってきなよ」

「行ってきなよって…。唐突に概括しないでくれる? 行けるのに何年かかると思ってるの」

「その回答だと行く気はあるんだね!」

「さぁ。どうかね? 気まぐれかも」

 無理やりしらを切ったが、その場に興味が少しはあったのかもしれない。遠すぎるが。

 それからまた暫く星を、お互い星に集中する時間を設けた。彼女がくしゃみをするまで。僕の生まれた時の写真は探さないほど、夢中になっていた。

 ホテルに戻ると、ロビー全体音沙汰消えていた。

 彼女も僕も欠伸が出て、睡魔に襲われるときだった。

 ベットに思い切りダイビングした彼女は、うつ伏せの状態のままトランポリンのように跳ねはしゃいだ。

「やっぱホテルのベッドは格が違うね!」

「寝つけるかどうかが不安だよ」

 寝付く以外にも不安はある。だから僕は彼女と一定の距離を保ちベットに横たわった。

 ホテル慣れがない僕には驚くことに部屋の照明の調整をベッドの柱でできる事を知った。ダイヤルを回し、明かりが闇に吸い込まれるまま、最大に付近にまで落とした。わずかな照明は今にも消えそうなろう蝋燭の火のようだ。

「おやすみ」

 背後にいる彼女に一瞥することもなく一言告げたが、無言で返され、むしろ大人しい。

 もう寝たのかと思うがそれに変に考える事もなく、瞳を閉じた、その時だった。突如僕の背部と腹部の一部に熱が流れた。どこかで触れた熱。それはあの堤防と同じ、彼女がなんと、僕を包み込むようにしてきた。

「なに…してるの」

 その状況を全く理解できず、思考が完全に止まり身体が硬直したように作動を失った僕。すると息を吸う音がし、一間置いてから耳元で囁かれた。

「君に私の体温をあげてるの。ほら、わかるでしょ? 私のぬくもりが君にじわじわと渡っていくのが。病気でも体温だけは誰にも負けない自信があるんだ」

 彼女の体温が僕を包み込むの感じる。まるで私の意思を受け継いでと言わんばかりに。それに何も答えれなかった僕にまた囁いた。

「一人ってねすごく寂しいんだ。孤独で生きていくことなんてことできない。こうして誰かに触れ、ぬくもりを与え、感じて、生きてるってやっとわかる。君は今まで本当に寂しくなかった?」

 柔らかい吐息と共に流れた質問とそれに伴う行動に、受け答えできない僕はまだ動けないまま。

「私だって一人じゃ無理。病気だってそう。お父さんお母さん、お医者さん、玲奈さんもいないと私はここにいない。そして君……………」

「離れて」

 ようやく喉から言葉が発せた。それは彼女にしか聞こえないほどで遮る形にはなるが、まだ僕の思考は上手く回っていなかった。回された腕の力が少し緩むのを感じた。それで続けた。

「いいから。今すぐ離れて」

 トーンを落とし、忠告した。伝導した熱や少しだけ苦しかった腹部の間隔もなくなるように消え、背後からシーツが擦れるような音がするとともに、後を引いた。

 僕はまだ寝れない状態だった、そして彼女からも寝息が返る事もなく、お互い無音になり、少しの間沈黙となった。

 向こう側の壁をただひたすら見つめたまま考えた。寂しい。なんて思う事がなかった。でも退屈なのを知った。彼女と関わってから自分が無気力なのを知り、時間が流れる草船に乗っていたのだと。でも彼女が何をしてきたかったのかわからない。そしてこのままだと僕が何をしたのかもわからない。変に緊張し、力が入った。

 そんな螺旋となった思考を切り上げいい加減寝ようと瞳を閉じたそのはずだった。

 ひゃっ…!

 一区切りにような叫び声が突如部屋にピアノの音のように響いた。

 それの原因がまさかの僕だった。いつの間にか寝返り、腕を伸ばし、さっきの彼女のように腹部へと回し捕え、そして背中ごと自分の胸へと引き寄せた。

「ど、どうしたの?!」

「………」

 彼女は僕が想像するほど小さい身体だった。腹部なんて凹みがあるほど薄っぺらくも感じ、やはり女の子なんだとわかる。

「くわはら…君? えっと、あっもしかして! ようやく私の冗談に合わせる気を持ってくれたのかな??」

「………」

「……ねぇ。いい加減何か言ってよ。………怖いよ」

 触れている腹部からの振動が伝わる。彼女は震えている。それに躊躇わず僕の耳に向かって呟いた。

「僕にできる事は君を死ぬまで守ることだけだから――――――」

 そう言い終えたのち周る腕を優しく掴み、より自分を彼女に密着させた。初めて誰かに自分のぬくもりを伝えた。いまいち伝わっているのかはわからないそれでも彼女の体温は感じれる。

 それに目の前には、彼女の艶のある黒髪の枕に垂れた部分が鼻先に当たりそうになりシャンプーの甘くて酸っぱさも感じる匂いが、僕の鼻奥を破るかのように核酸してきた。
 
 少しクラっとする。これは酔いなのかどうなのか。視界もわかりずらいのにぼやけている気がする。おまけに身体全体通して、神経が薄れてきた。

 正直今の自分はすごくおかしい。ものすごくおかしい。いや、本当におかしい。

 これは本当に僕なのかと疑いたい、ほど。

 まるで欲に耐えれなかった哀れ者かのようになにやってんだと呆れたいほど。何もかもはまだ自分に追いついてない。いわば本能だけで動いた。これは全てダメなこと。彼女のフェロモンも影響で僕を支配してきている。

 このままじゃ自分を制御できないかもしれない。ここから何をするかもわからない。本当に彼女を支配するかもしれない。

「ずるいよ………」

 その一言で酔いと気が少し冷めた。彼女は僕の手にほどくかように重ねていたがそれを一旦止めた。でも僕は更に強く彼女を引いた。でないと彼女が本当に今すぐにでもいなくなりそうだったから。

「今までの仕返し…さっ。散々今まで僕を馬鹿にしてきたんだ。軽く見えるが実は重罪。その報いを君は受けるべきなんだ」

 それ以上は言わず、彼女を逃がさなかった。

「こんなとこで私の真似するなんてー…」

 思わず動揺してしまった。それでも何もせずただそのままを続ける。

「ちょっとー。そんなに絞められても苦しいだけなんですけど。一回離してもらえないかなぁ?」

 躊躇したが言う通り腕から彼女を解放した。すると彼女が寝返り動作を加え、僕、自信を見つめてきた。わずかな灯りでも見つめてくる彼女の瞳は、綺麗美しいほど透き通っており、そして頬は赤みを帯びているのを感じた。いやでもおかしい。僕の頬にも熱が既に籠っていた。その恥ずかし気な表情は僕なのかもしれない。彼女は目の焦点が合わないがまま言った。

「背後から守ってもダメ…! それじゃ私を全部守れないじゃない。いつどこからか狙われてもおかしくないようきっちりと私を全て包み込みなさい! 君にその覚悟があるのなら………」

「承知」

「ふやぁ……!」

 彼女の言動の途中で無性に正面事彼女の寄せた。全てをこの薄っぺらい頼りない胸へと引き寄せた。彼女の小さな体を僕なんかでも包み込めるほどだった。擦れそうな肩、胸部と下腹部なんて密着しきっていていつ邪が出てもおかしくなかった。そして更に僕らの体全体には熱が伝導した。体温の共有とはこのことなのか。

「変な声出さないでよ…」

 しかしその声で、余計緊張という、心臓の鼓動が高跳びし、飛び出そうになった。僕のごぼうのような細い腕の中に埋もれた彼女の頭にそう言葉を落とすと、双葉が芽を出すようにひょっこり顔を出してきた。この距離ならはっきりとわかる。彼女は頬を赤らせていた。そして膨らませてもいた。

「き、君が急に引き寄せたりなんかするからでしょ! 乙女には心の準備ってものがあるのよ! どれだけビックリしたと思ってるの? 私心臓の病気よ? いい加減止まって死んじゃうよ………」

 上目で見つめてくる愛しく感じる彼女に、僕は真剣な眼差しを向けた。

「ダメだ、それは僕が許さない。それに、準備なんてとうにできてた」

「私の準備はまだだったのにー」

 彼女を声を包み込むよう抱きしめ、そして彼女も僕を抱きしめと、もうどこもかしこも密着せざる状態となり、まるで一つの木箱にでも閉じ込められたかのようだった。

 脈も異常で縦横無尽にでも動きそうで、また核酸しそうなほど。吐息も思わず漏れそうにもなる。彼女にバレない首を上げそれを吐きだす。

「どうしたの?」

 その隙に彼女が自ら腕の中へと潜りに行った。そして横顔を僕の胸の中心へと密着するよう当てた。

 彼女は無言のまま数秒程動きが止まった。

「鼓動……早いね」

「自分の事?」

「あ、あぁうん。そだねごめん。やっぱこれ私の音みたい…。恥ずかし人にまで聞こえるなんて………」
 
 不意に突かれ動揺する姿に、嬉しいようなそんな感じに口角を上げ緊張を微妙にほぐせた。

「残念、それ僕の音」

 小声で、クスっと笑いながら述べる。首を上げた彼女がまた頬を膨らまし僕を上目で軽く睨んでくる。

「意地悪したね?」

 その可愛らしく感じる姿に今度は、わかるように小笑いした。すると彼女も次第に微笑んだ。

「でも私たち今とっても変だね。恋人でもないのにこんな事して本当はいけないはずなのに…」

「ほんとだよ、どう責任取ってくれるの?」

「えぇ?! 自分からしてきて言う、それ? まぁ…でも先にしたのは私だけども……」

 言葉が萎むようになって、ゴニョゴニョと何を言っているのかわからなくなり、僕が代弁した。

「これで50:50だね」

「……それって」

「過失の割合だよ。君が最初変な事をしてきて、僕はそのせいでおかしくなってこうなった。だからお互い非はあり、時効となる。今だけは僕も馬鹿でいい」

「そだね。私たち今だけおバカさん」

 網戸から伝った海岸の涼風が、この籠る部屋と体を馴染ませてくれるはずなのに、直々と体は熱くなってゆく。これは彼女の体温と、僕のなけなしとも言える体温が被さって膨張していくからなのか。それともお互い緊張による暑さなのか。

 そうなる以外ない。こんな状況反則とも言える。彼女は言った、間違っても好きにならないでと。そして僕も答えた。好きにならないと。そこで僕は覚悟を持った。病気である彼女を最後まで笑顔でいさせると。

 親密になるというのもタブーだってのに、彼女も僕も一体何を考えているのだろう。

 それでも拒みたくはなかった。

 その規則がある中で、これは破ってるうちに入るのかなんて思う。でも僕がそうしたいと選び、彼女もそうしたいとも選んだ。いわば合法なはず。そう、だと願いたい。

 お互い見つめ合おうとするものの、上手く合わせれず、言葉も中々発せない。吐息だけが飛び交い、少しの間心臓の鼓動だけで会話しているようだった。

「桑原…君」

 彼女が突如意を決すような声で呼んだ。その瞳にもばっちり僕が映っている。

「その……。いくらなんでもキスはダメだからね」

「…………なにそれ。今言う?」

 こんな状況だからこそ、雰囲気的に流れでしそうだと思うのか。縛りがある関係で、今、間違いなく僕らは一線超えるギリギリのラインにまで達しているというのに。それをしたら、もう後はどうなるかなんてわからない。

「一応忠告しといただけ。今なら不意にでもしちゃいそうだから」

「…」

「でもキスってさ、一瞬の出来事にしか過ぎなくない? きっとドキドキするだろうけど、今の方がよっぽどするよ私は。こうやって君のぬくもりを感じで、私のも共有してるのはよほどいけないことなんだと思う。だから一瞬じゃ終わらない。終わらせたくもない。この先もずっと、ずっと……………………」

 彼女が僕の鼓動を聴くようまた耳を当てた。それが心地良くでも感じるのなら、

「うん。今は君の好きにしてい……」

「……すぅ………すぅー」

 彼女から返る言葉は寝息と共に消えていった。背中に回した左腕を、後頭部へと移す。見た通りの髪は砂のようにさらさらで柔らかい。頭も僕の胸に入れた。合法だからいいんだ。そう自分に念じた。

 この時間を僕も無駄にしたくなかった。この感覚を忘れたくなかった。

 やはり彼女には色々な事を学ばされ気づかされる。




 僕は、寂しかったのかもしれない――――――――――――――――――。

 翌朝になり、カーテンに入ったわずかな柔らかい日差しにより目を覚ました僕は、昨日の出来事をまるで記憶にないかのように、就寝中の彼女の寝顔が顔の寸前で思わず飛び上がった。途端思い出し、いくらといえ自分を深く正座をしながら反省した。

 彼女も次期起床し、軽い朝食を済ませた後ホテルをチェックアウトし、半日を観光として有効化させた。

 緑の見慣れた台地を眺めたまま渋い茶をいただいた。

 狐の色したきゅうすと焼の器に注がれた緑茶。まさに日本本来の風情を感じる。そんなを堪能していた時だ。

「んー。やっぱ知覧の茶は良い葉を使ってますどすえー」

 ろくに差なんてわからない癖に変なしわを作る顔を取って感想を言う。

 色濃い深緑からは苦くもなく淡々と飲め干せた。

 そして次に向かったのが知林ヶ島。彼女がスマホで検索した写真と説明では、この大陸と少し先に離れた一つの島が大潮又は中潮の干潮時にだけ陸として繋がり、長さ800mの砂道ができると言われる。

 まさにモーゼの十戒。でもあいにく今日は海路しかなく、彼女のトホホとした溜息を聞いて諦めた。

 時刻も気づけば午後へと上回る。次が最後となるだろう。

 最後の観光地は、大陸から突き出て存在する峠。

 そこは長崎鼻と呼ばれ、かの有名な浦島太郎が竜宮城へと旅立つ地のモデルとなった場所でもある。そんな場所が地元にあったなんて十七年も知らず思いのほか驚く自分がいた。

 そして別名竜宮鼻ともいう。同時に龍宮という乙姫様を祀った神社もあるそうだ。

 今のは無論彼女のカンペ。

 そしてその神社の前に今至る。

 鳥居を抜け四段の短い階段を上がる。するとそこには小さな竜宮城のようなものが建造され全体が銀珠の色で染められていた。柱の部分は高さもあり、雨宿りできる程のスペースが。

「桑原君またお願い!」

 彼女からまたスマホを受け取る。構え、画角に彼女と、龍宮神社を収めるよう調整する。
 
 彼女は相変わらず笑っている、しかし僕には昨日よりそれが儚く感じる。

 星を見た時の台詞と枕元で言った台詞、それだ。死ぬまでの思い出として撮るその一枚一枚には、全て、彼女の意志をも込められているような気がするから。記憶というよりも彼女にとっては存在として残したいわけだ。

 少しばかりシャッターボタンを押すのに躊躇ってしまい、下手くそな上ぶれそうになった。

 少々ズレてしまい撮り直しをしようと思ったものの、彼女はそれでも満足そうにその写真を眺める。

 満面な笑みのままありがとうなんて、活気あふれる声で言われ、少しばかり気にアヤフヤができてしまった。

 歩き柱の下に入ると思いのほか広く、一つの鐘を見つけた。

「縁結びだってよ! ご利益あるかも!」

 写真から看板の説明書きに目を移し変えた彼女は一目散にその鐘に向かった。僕も気を改め、追う。

 入ると、鐘以外にもお線香のような大きな壺があり、隣の半分ほどの小さな壺には、たくさんの貝殻まるで昔の滞貨なのかと思った。

 お賽銭を入れ、彼女が鐘を振った。両手を弾き、目を瞑る中。

「君の人間性がみなに伝わりますように」

 彼女があからさまな口調で言い、閉じた目が開く。

「人の願いを勝手に代償しないでもらえる? それにそんなの不要に過ぎない」

「私の願い事にいちいち口を挟まないでもらえる?」

 閉じる手を離さずに片目を向けてきた彼女。ウインクとは言えない程だ。

「余計な事しないでいい。自分の好きな願いにしなよ」

「余計じゃありませーん! 願い事にルールなんて存在しないんですっ! 私は今更願っても病気は治るわえねぇって。だから君の今後たる故そう願いたいのです!」

「…」

 不甲斐ないまま神社を抜け、その先へと少し足を進める。いよいよ最南端の峠という、白い灯台へと着いた。

 灯台の階段下は、安全の為柵で覆われ、覗くと岩掛けが存在する。

 一周見ても本土全体見納めれるほどのそこには広大な景色が広がった。

 岩に当たる波飛沫。晴れた空、そして青い海。

 山の空気とはまた一味違う。そして横を見れば開聞岳という火山見えるではないか。

 想像よりもはるかにそれは聳え立っており、少しだけ噴火しないか不安になったりもした。

 横にいる彼女も首を縦に伸ばし夢中になっている中、周囲の雑音で辺りを見渡した。ここはやけに年齢層もそう厚くなく男女の組みとなった人々が多い。神社には家族連れや、老夫婦など多様いたはずなのに少し疑問に感じた。

 それでも観光名所でもあり今は夏季休暇と重なるからそれ以上気になる事もなかったが。

「恋する灯台」

「へ…?」

 辺りを見終えた僕の背後から、突然声を発した彼女に思わず間抜けな声が出てしまった。

 振り返ると、雰囲気から見て冗談を言ったのかと思いきや彼女の表情はやけに照れる感じに微笑んでいた。

 まさかと思った。昨日のあれで僕も彼女も完全におかしくなったのかと。

「ここに来る者同士、永遠に愛される………だってよ」

 腕を後ろに組んだままくるりと周りそう言った。今までスマホばかりのカンペだった故、それを最初から知っているかのようだった。

「そう、なんだ」

 やけに違和感を抱く僕。暑さプラスして額から冷汗をかいてきた。さっきからやけに僕の目を追ってくる。何も言わないが、きっと何か言いたげな感じもする。

 プハッ…ハハ…!

 そんな混乱が招く中、突如吹きだす彼女。腹を抱えまるでため込んでいたかのように周囲も気にさず大笑いし始める。

「アハハー。面白いよね。実はここ恋人スポットとして有名なんだ。私たちぐらいだよねほんと。まじ場違い感半端ない」

「…そだね」

 僕は苦笑いをやり過ごすしかなかった。彼女はほんとにそれが言いたくわざと演技したのか気になるが、その気持ちは胸にしまうことにする。

 一通り灯台の景色も見納め、彼女に頼まれる写真も無事撮り終えた。日も少し傾いたが、昨日よりも更に南に来た以上帰りの時間も加算する。早めに出発しようと、さっきの峠を後にするよう神社の方へと戻った。すると、横を歩いている彼女が、小さく言った。

「人ってさ。やっぱ死んだ後浦島太郎なのかな」

「どうして……?」

 彼女から思わぬ発言で少し驚いて足を止める僕。

「大抵の人はそうじゃない? ベートーヴェンや、福沢諭吉、太宰治や芥川龍之介とかそんぐらいじゃないさっ誰だってそうだよ。前も言ったけどみんな環境が変われば人も変わっていく。普通だし、むしろ良いこと。変わらないといけないのだと思う。それでも、なんか思っちゃうんだよね。時々」

 この先の言葉は僕は覚えていない。いや、彼女自信消したのかもしれない。

 らしくもない事言う彼女は、笑みを浮かべたものの、少し俯くようになった。

 その表情に同情はせずとも、胸にズキときた。彼女は死を受け入れる覚悟はあると言ったが、それに対する失われるものが多い。

 そんなの誰だってそうであろう。死を迎えるという事は、永遠の別れを告げるということ。死後の世界なんて存在するかわからない。死んだ事がない上にそのような根拠とかも存在しない。仮説として空気のような無力的な存在で残れるとしても彼女の言う浦島太郎になるのはあり得る。

 誰にも触れられず、そして誰からも自分を触れられない。孤独で残酷とも言える世界を味わう。それが彼女にとって何より辛いことだろう。

 この世で早く去る名残惜しさとどうもならないという無念から生まれたもの。死という本当の別れは、自分よりもその場にいた者たちだ。

 そんな彼女に僕は。

「らしくもない事言うね。いつも冗談ばっか言うくせに」

 すると顔をわずかに上げた彼女は眉をしかめて僕を上目で見た。

「今のは結構真面目に言ったつもりですけどぉ………」

 不貞腐れ始める彼女に僕はもう一つ言葉をかける。

「そうだ。折角ここまで来てもう帰る事だし、君の死ぬまでにしたい想い出として…………」

 僕は彼女を見ず、自分のスマホをポケットから取り出して言葉を追加した。

「一枚取ってもいいんじゃないかな。二人で――――――」

 こんな発言するなんてないと思いもしなかった。衝撃もだがかなりいえばいうほど緊張が増して、どれほど勇気を使ったかわかる。別にそういう風潮ではないが、たったこの短い言葉だけで。

 するとその言動に彼女は一瞬低い声を発し。

「えっ。えー! ほんとにいいの?! あんなに嫌がってたくせに??」

「苦手と言っただけで、嫌いとなるわけではないよ…」

 彼女は目を丸くしながらキョトン顔を浮かべる。それもすぐに向日葵が咲くように晴れた。

「じゃあじゃああそこで撮ろ! ねっ! ねっ?」

 咄嗟に僕の袖を引きまるで兎のようにその場で軽く跳ねだす彼女。

 僕の珍しい発言のせいか思った以上に興奮するようだった。口角なんかとうに上げきり、首をキョロキョロ回しながらとある向こうを指した。

 そこはさっきの灯台の方であり、そのすぐ付近にある、ハートの形をした地面に埋め込まれた一繋がりの鉄の像。

 本当に恋人でしか踏み入れない場所であろう。僕が苦笑いをしてしまう。

 さっきの場違いは一体どこへいったのだろうか。溜息を吐きたいところだが、喉の奥へと返す。

 彼女に引っ張られるがままそこへと向かい。自撮り棒を天高く上げ、仲睦まじく記念写真を撮影していた恐らく大学生らしき男女らに声を掛けに行く彼女は会話をまじいて、スマホを預けた。

 その像へ、僕と並びハートを身体であまり隠さないようにと少し屈む中、

「いきますよー!」

 女性の方が撮影協力してくれるようで隣の男性はそれを覗いていた。彼女はその二人に大袈裟に手を振り合図を受け入れた。

 そして受け答えばっちりな彼女が当然僕の肩へとビッタリ寄り合わせてきた。本当に肌と肌が触れ合うくらい密着しそうで、思わずドキとなってしまい、脳から伝わった神経が目に行き、開きに開いた僕。

「別にそこまでしなくても……」

「いいからいいから! 桑原君もポーズ!」

 イマイチわからぬ間に、スマホのシャッター音は僕ら、海の方へと届けに行った。

 その写真を彼女はとても気に入った。僕は自発的にそれを貰わなかったが、むしろそれでいいと思った。今の変な気持ちが交ざっている以上余計な思考を抱くと考えたから。

 手を振るほど興奮した彼女は、これをホーム画に変えると積極すぎる発言には、どよめいた。

 でも――――

 そんな君を、僕は永遠に忘れない――――。