あれから三日経ち夏の暑さは増すのはもちろん、僕という無気力で平凡な生活が一人のクラスメイトによって徐々に変わり始めた。

 授業合間の休み時間。教室から廊下に出るだけで、何故か彼女も同時に後をつける事が二日続く。

「ヘイそこの君! 一体今からどこ行くんだい?」

 街中で声を掛ける荒くれ者のように遠慮という文字もない。僕の前にへと回り込りのうのうと訊いてくる。

 答えづらいがトイレと。休み時間わざわざ廊下へ出る者なんて大抵それが理由だろう。

 彼女はわかってるのにも関わらず、大袈裟に笑い、早く行っトイレと古びたギャグまでかけられ挙句は、突如背中に強い衝撃が走った。

 弾かれたが妥当か。背中に大きな紅葉が作られる。そのヒリヒリする背中を中腰になって摩ると、周囲を歩いた生徒が隠すように笑われている事に気づいた。悪気はないよう見えるが彼女もそれに笑う。そんな行動に、少し不満を抱くこととなる。

 ―――――とある日の四限目終わり、一時間の昼休みとなった今。クラス中は午前の座学の疲労を解放するため一気に騒ぎ立てる。

 一足早く購買に向かい、人気なパンを手に入れる荒くれ者や、弁当を持ってテラスや、中庭に出てゆく生徒。雰囲気というのも同時に味わいたいのだろう。

 そして教室は、すぐにもぬけの殻かのように人が減る。いわば空間が広がったとも言っていい。30人以上いるからここまで広かったのかと思うほどだ。

 僕も人間だから腹は減る。鞄棚へ向かい戻るその時は既にだ。たった数秒、数十秒の合間に僕の机に見たことのないピンクのハンカチで包まれた小さな弁当箱が一つ。そしてそれに似合うステンレス製のこれまた小さな水筒。そして…………弁当からほんの少し目をずらしていくと、机に肘をつけながら顎を添え、おまけに鼻歌を奏でながら待ち伏せしている彼女が。

 なにしてるの…?と見た途端足を止めた僕はその場で言った。

「早く来なよ、一緒食べよっ!」
 
 豪快な笑顔で、こんな距離にも関わらず大袈裟に手を上げて僕に向かって振ってくる。

 教室にまだ残るクラスメイトらがその加減ない声に反応し、動きを止め僕らに視線を集め出した。そんな中一人話に入ってくる者もいた。

「和葉ー。今日一緒に食べない感じ……よね? 」

 四人で机を引っ付け食べ始めようとしてる集団の一人。彼女とよくいる一人でもある。確か西城さんと言ったか。運動部で女子の中で一番に背も高く僕も特別高いというわけでもないが並ぶと恐らく同等か、そこらかって程。

 その整った身体キリっとした目元などの凛々しい表情、結んだポニーテールが更にそれを引き立たせて来る。

 彼女が一度そっちを見、少し唇を歪めるような雰囲気を出しながら言った。

「あっそうだごめん! 言ってなかったね。今日私○○君と食べるんだ。だから今日ごめーん優香ぁ」

「あぁ…そう。あんたがそうなら別いんだけどさっ」

 そのまま席を立ち上がり彼女の元へ行く西城さん。なんだが気を落としたような姿。初めて見た。彼女と会話をし、一瞬僕を見てなんだか言いたげな表情を取っていた。

 何を言っているかわからないが、それが異様な空気を表す気がした。

 僕自身も勝手に左右され納得なんてしていない。それは皆も、誰もそんな表情は取っていないからだ。予想だがこんな二人が共に昼食を取るなんてとまるで衝撃のよう表情が固まっている。

 彼女の無茶振りを超えたワガママさ、その人間性が恐ろしくも感じまた凄まじく呆気を通り越し絶句となってしまう。この場合どうするべきか。

 プランA――――。少し緊迫にも感じるこのヒシヒシ伝わりまるで痒くなりそうな、凍り付いた場ではいどうぞとそのまま従う事。しかしそれはあまりにも難である。

 教室は朝からクーラーが効いているのも関わらず、額からは軽く冷汗をかき、唾を少々飲み込んだ。

 足を半歩後ろへ引き、背を向けると同時に告げた。

「ごめん、無理」

 プランB―――――。咄嗟にこの空間から外れるよう教室を出た。心臓が急に揺れ出すとともに廊下から足を進め行く先考えずただ走る。あの場の空気でいられるわけもない。足を前へと回転していくと後方から次第に声が上がる。

 食道へと参列とした込み合う踊り場に着いて、ようやく振り向くと、彼女も何故か弁当袋と水筒を片手に。その艶のある髪が左右に自由自在に靡かせるほど、僕を追ってきた。

 また咄嗟に階段を使い、人を気にしないほど無我夢中になってひとまず屋上へと駆け込むよう足を回した。

 ドアノブから開けると、強い日差しと共に真っ青としたベースの空に飛行機が通ることによってできる模様がトッピングされていた。学校周辺を一望でき、観覧車が載った駅は勿論、その置くに見える山がよほど目立つ。ぬか喜びにならないよう塔屋を半周し裏へと周る。壁にもたれながら影と共に身を潜める。

 角に肩を付け、そのまま後ろに首を伸ばす。ここから見える範囲の死角を全て見通し、追手が来ないことを確認した。

 ようやくまいたかと小さな独り言と共に胸をなで下ろし安堵できた。

 それが侮っていたなんて思いもしない。

「わぁ!」

 気を抜いたせいで、背後からかかる高い声に思わず背筋が凍りつくほど驚いてしまった。

「五条君見っけ! やっと見つけたぁ。もー私あちこち探し回ったんだから。こんなとこいて以外にすばしっこい奴め。次○○君ね鬼!」

 見上げた彼女の額からは少々汗粒が目立ち、それが前髪へと付着し若干乱れてた。

 吐息と共に疲労な様子。

「別にかくれんぼしてたわけではないよ」

 すると壁にもたれるように座る僕の前に、彼女が影ー、と言いながらよそよそしく入った。

 勢いよくしゃがんだでその途端僕の目線の位置が悪く、制服のスカートが宙へと舞い、目のやり場に困った。

 そしてまた目を向け直すと、彼女は手で風をを扇ぎつつ、片方の頬を軽く膨らませていた。

「どうして逃げちゃうのさっ。折角優香と食べる約束断ってきたのに、君が急に逃げちゃったりしたら、私ビックリするじゃない! 優香だってちょっと怒ってたもん何アイツって」

 西城さんが僕に感情を向きだすなんてこのどうでもいい。そんな自分の方が立場が上なような言い方が僕には気に入らなかった。なんだろう。笑いながらでも少し僕に怒る彼女を見ると、胸がざわつく。これはなんだ。今までにもほとんど経験したこともない感情が僕のどこかに入ってくる。

 自然と眉がしかめ始めてた。ついには寄せ始める。そんな横暴さにも足す彼女の自由奔放に僕は少し嫌気が指し始めていたのだ。僕は少々、自分に甘えていた。目を瞑りすぎたんだ。

「もうやめて」

 全てをここで吐きだした。直後とても気分が悪く感じる。そしてまた、何かが喉へと込み上げてくる。これは僕の思考にない言葉かもしれない。それを言うとどうなるかも自分自身わからない。きっとどっちかが傷を負うこととなる。咄嗟に思考を回しそれは出さないよう喉へと戻した。

 すると彼女はその明るい表情も言葉も発するのを止めた。僕はようやく考えた言葉が見つかった。

「僕はこの前君にお礼を貰った。今でも逆に申し訳ないくらいだ。でもこれ以上僕に何を望むつもり? もうあれから僕らはただのクラスメイトに戻っただけ。僕も君もそんなに変わることは」

「桑原君」

 僕を呼ぶ彼女の声を何度か耳にしたが活気ある声を出す事が多い。しかし今は強調したような少し機嫌が左右した感じの声だった。

 立ち上がり、日がギリギリ当たる僕の目の前にへ。わざと目線が合うようしゃがみひざ下をスカートで隠し手を乗せた。おまけに眉を軽くしかめさせ真剣さ募る眼で僕をとらえ一切逃がさなかった。そして校則でもある制服に付けたリボンをギュッと握りながら。

「私君に別に望んでいるわけでもないよ? 特別な事も何も求めてない。ただ君と、仲良くしたいだけだよ?」

「こんな僕と仲良くなって君は何も楽しくないよ。君に合う人間なんていくらでもいる」

 彼女がひたすら目を追いかけてきて、少々居心地も悪く感じる。

「そんな事ない。君が白熊好きなのも知らなかった。勿論他にもたくさんある。私ちゃんと君に興味ある。だから今こうして屋上まで来てるんじゃん。私興味ない人にはそれなりの態度は示すよ? それなのに最近の○○君どうしたの? 私がちょっとやりすぎちゃったけど、それ素っ気ない通り越して、感じ悪いんですけど」

 彼女のような性格からしても人間の観察は疎かにはしないようだ。逆に重視するからこそ周りに人が集るのか。

 彼女との交流をなるべく避けた僕は彼女からの印象は悪風。それは自覚している。目の動きすら止め隙のない彼女に言葉が困る。

「お友達になりたいってのがそんないけない? メリットなんて必要? 奥深さなんている? そんなに難しく考えること? あまりにも私を馬鹿にしすぎじゃない?」

「別に君の気を悪くするためにしたわけじゃ…。ただ」

「もう怒った! 怒りましたぁ! 堪忍袋の緒が切れましたー!」

 普段のテンポ良く言う声を久しぶりに聞いた。しかし今度は態度が付く。プイと横を向いて僕の言動すら聞く耳持たなくなった様子。この場合僕はなんと言えばいいのだろう。

 友人関係の絶えない僕にこんな出来事遭遇した経験も形跡もない。兄弟ですらも。こんなところで浅はかになるとは、とても難題さを覚える。

 一向に変えてくれない彼女に、要約目を向けるも頭を掻きつつ。

「あぁそう。ごめん…」

 その返事に彼女は何も応じなかった。しまいには無視されたと感じたが、見ると頬が萎んでいる。

「君がちゃんと謝るならいいよ。素直でよろし! 今回だけね特別に許してあげます」

「………」

 完全に僕の方が悪い風で事が収まった。そうかもしれないがなんだか腑に落ちない。彼女のせいで僕は恥を掻いたことも指の数ほどあるのに。

 喉元まで出てきた言葉があるが胃に戻す。途端動きに忙しい彼女が、隣に寄せるよう座ってき、食べ始めが遅くなった昼食を取り始めた。

 地べたでもある床に包んだハンカチを敷き、その上に弁当箱を置く。影だから風も心地よい。黙々と食べると思い来や彼女はやはりお喋り人間。僕が一噛みするたび彼女から言葉が振られてくる。

「あっ! それ美味しそー! ちょーだい! てか貰うねぇ!」

 時には僕の弁当箱に箸を入れてきて、今僕が取ろうとしたから揚げを一つ堂々と盗み食いをしてきた。図々しさも掛けるようなこの非常識さにムッともなるが、それよりも溜息の方が早かった。

 放課後を表すチャイムも鳴り終え、帰路しようと席を立つと、もう目の前によく笑いで忙しい、通せんぼが存在していた。

「今日は放課後の遊びを共にしようではないか」

 門を抜けて通学路である歩道を進む。駆け鞄をリュックのように背負う彼女は僕より半歩踏み出し、人差し指をあげる。なんとも偉そう。特にその花まで高くした態度。

「その遊びに僕がついていけるかは全く持って別問題に処されるとしよう」

「まぁまぁだけど。私お買い物したいし着いてきてよ! どーせ帰っても暇なんでしょ?」

「結局それかよ」

「そーだよ! でもそんな面倒そうな顔しない! 今からクラスの女子とお買い物行くんだよ? ドキドキしかなくない?? わかる? 制服だって今着てるんだよ?」

「学校があるのに制服以外着る奴なんていないだろ」

「違う違う! そうじゃなくて、この前もだけどこれは、放課後デートだよデート!」

 前かがみになってニヤニヤと顔を浮かばせる彼女の読めない目的に、少しばかり呆気に取られた。いっそのこと、紳士にでもなろうと考える。

「そういうのは恋人とでもしてくれる? 僕って言う通り一匹オオカミなわけだし、そういうのは不適というか、性に合わないっていうか…………」

「あっ! そこで認めるのはずるーい! でも私恋人なんていないよ? いたら男の子と二人で出かけるなんて浮気になるじゃん」

「それはそれは、大変失礼しました」

 僕のわざとらしい態度に彼女はまた大袈裟に笑う。

「私の身の回り部活してる人たち多いからさぁ、あんまこうやって遊べないんだよね! だから君とならいいかなぁって!」

「その付き人が偶然僕に選択されたわけか」

「そそ! 宝くじで当たるのと同じ!」

「……あんま自分を棚に上げすぎ」

 会話をしている間にも駅には着いた―――――――そして大型商業施設に入ると思いきや、その経路を無視した彼女に疑問に感じながらもついて行くと、広場へ抜けバスターミナルへと向かっていった。

「ちょっと、どこ行く気? 買い物なんてそこでできるじゃないか」

 頻繁に寄らない僕でも彼女のような人間が買い物したいものくらいは想像つく。ブランドから一般的まで服や雑貨などとここにたくさん存在しているからだ。

「わかってないなぁチミは。あそこには私の好きな店がないんだよ! それにもっと広くて楽しいとこ行くからちゃんと遊ぶ覚悟持ってて!」

 彼女が変に笑いまるで常連な言いぐさ。足を止めようとする僕に気にせず、自分の影を追いかて行き何とか遅れずついて行った。

 円を描いたような形状のバスターミナルから行先は県内でも恐らく一番大きい大型ショッピングモール。その直行便に乗り30分。バス特融の揺れを感じながら向かった。
 
 そこのターミナルへと着き、短い歩道を抜け、幅広い自動ドアをも抜けると同時に外で吸ってた熱い空気が浄化され始め、ここら一帯効いた涼しく冷たくも感じるエアコンの風が喉元に流れ込んできた。

 その快感を味わいながら、ここも平日は喧騒で溢れ返っている。入ってすぐにはスーパーマーケット。それを左へ曲がり少し進むとエスカレーター。共に数々のショッピングを楽しむ施設が盛りだくさん存在する。

 ここに来る機会なんてまれにない。まずもって交通機関が少ないからだ。バスはほぼ駅からしかほぼなく、市電で来ても少し徒歩が必要と不便とも言える。そして何より、だいぶ街から離れているから、他校の制服を着た生徒がわんさかいる。

 きっと地区によって、学校のたまり場はそれぞれ変わるのだろう。あの駅も僕ら以外の学校の生徒も多い。そんな毎日毎日同じ場に溜まり居続け、飽きはこないのか。自論かもしれないが、人間は新たなことを常に求め続ける。流行、挑戦のように流れてくるものに皆敏感。同じことを続ける内に、さらなる変化を求めるはず。

 だからか彼女もこの場を選んだ理由としてパターンというのを何もかも見切ってるから更なる楽しさを求めわざわざここまで足を運んだのか。

 って、お気に入りの店ってさっき言ってたじゃん。

「ここ遠いからあんまし来れないよね! 私実は三ヶ月振りなんだぁぁ! ○○君は?」

「一年前くらい…かな。正確性はない」

「おぉ! 一年越し! そかそか。とりあえず上行こっか!」

 すぐ横のエレベーターホールへと今でも足を進めたい彼女。僕もそれなりに気乗りし二階へと進んだ。

 一年も経てば記憶も曖昧。前見た時よりも店の雰囲気がざらっと変わっていた。多く並ぶ店舗も、なくなったりこんなのができたのかってのがいくつもと。

 彼女も思う事は似ているよう物珍しい目をしてぽかんと口を開け、首を振り動かしつつ、ついて行くように、とりあえず歩き進める。服屋が多く、値段や品質のバリエーションも無数。途中目に留まるのがあったみたいだ。

「あー! ここだよ! 今日行きたかったお店!」

 周囲を通る人の気もせず、勢いよく声を上げ、それに筆頭するほどよく指したその店は、デパートとかでありそうな少しきざな雰囲気のした洋服店。

 パッと見女性専用と言える程。マネキンも当然だが女性体。入口を囲む額縁のような模様も合わし、欧州のような世界観と、雰囲気を漂わせた。

 男性の入店は許しあるのかと僕は考える。

「こんな店初めて見たよ」

「まぁ男の子には興味ない感じだよね。でも最近はメンズファッションも捨て掛けできないよさ? クラスの男の子もお洒落してるみたいだし」

「どうでもいい。所詮服なんて、着れればいいんだ」

「まーたそう卑屈な口叩く!」

「…」

「さぁ入ろ! ここで目的の、まずお洋服を買わなくちゃ!」

「君の目的なら僕はここで君を待つとするよ…。時間は別に問わない、好きに買い物してきて」

 入る勇気がない以上彼女と同行はできぬ。近くにあるソファーにでも座り気ままにいたかった。

「オッケー! じゃあ待っててねー…………って! 君も行くんでしょうが! なんの為に来たと思ってるの?!」

「君が言ったじゃん。男には興味ないところだって。僕なんかが入っても場違いなだけでしょ…」

「まぁ確かにここで君に満足できるものないだろうけど、まぁそう拗ねなさんなって。この後君の行きたいとこもちゃんと設けてるからさ!」

「別に拗ねてなんかない」

「うーん………君に見てもらいたいから来てほしーんだよなぁ」

「ファッションセンスなんて微塵もないけど………」

「大丈夫! 選ぶのは全部私! 君はただ似合っているかどうかだけ教えてほしいだけだから!」

「それって僕の評価まるで意味ないと思わんだが……まぁいいよ」

 ここで駄々こねても彼女のことだ、僕を無理やり入らせるつもりだろうし、万一そんなので恥なんて搔きたくない。ここは素直に、飲んでおこう。

「やったやった! あっ流石に下着の試着はしないからそこは安心して!」

「少しは声量落としてよ……恥ずかしい」

「もぉ、人の事気にしすぎ! 一々みんなこんなの聞き流すに決まってんじゃん! ほら行くぞ!」

 結局僕は彼女に手を引っ張られ入っていった。店内にはモデルが着用とするようなする洒落た物から流行と言わんばかり古着なども多数置いてあり多数の品ぞろえ。おまけに天井にはシャンデリアとまさに欧州そのものを漂わせた。

 折りたたまれ横に並べられた色多様な服を、かがみ姿勢で真剣な目を向け懸命に選ぶ。僕はその隣でただ大人しく彼女が回る方向へと、まるでコバンザメかのようについてただ行くだけ。そして数分もしない間に彼女の片方曲げた腕には、試着する服が数着重なっていた。

 店内奥にあるフィッティングルームへと進み、そこでデニムの裾上げをしていた一人の女性店員が、彼女、そして同行する僕を案内し、彼女が試着室に入って着替える間、僕はその向かい状の長椅子で待った。

 数分もしないうちに、閉じたカーテンが荒波を起こすような勢いで開いた。

「じゃーん! どーでしょーこれ」

「おぉ……………」

 そんな言葉にも表すのが難しいほどだった。真っ白としたカジュアルなワンピース。膝下の裾から生えたすらりと脚とその上の伸びた腕。今の季節に照合するかのような、涼しげさを漂う、清楚とした感じで、普段の彼女とは違う雰囲気を出し、似合うとは思った。

 僕の隣にいたさっきの店員も、その姿に笑みを浮かべる程だった。横顔は、まさに喜びと言えるほど。

「凄くお似合いですよ!」

 声のトーンを上げ、彼女を称賛する店員の言葉は、お世辞なのか。営業だからかとそんな悪意的に感じることをつい考えてしまう僕。

「そうですよね? 彼氏さん!」

 唐突に僕へ振ってきた店員。

「え…?」

 その自信満々な表情に、まんまと反応してしまった、そうか第三者から僕らなんか見れば、こんな放課後男女が二人で服を選ぶだなんて、恋人のようにしか見えない。今更気づき、言葉が詰まりそうなほど、恥ずかしくなった。

「えへへー。彼氏さんだって桑原君」

 何故か自分で頭を軽くなでながら、ニヤニヤとさせた顔で見てくる彼女。

「い、いえ。ただのクラスメイトなだけです。ほんとです」

 速攻、弁明を解いた。でもなぜ僕がここまで動揺してしまったのか。自分にもそれは不可解。

「あっそうだったんですか! それは失礼いたしましたぁ。でもとてもお似合いだと思いますよ!」

 あーやはり、そこまで必死言葉を探す様子は全部営業なんだと、皮肉に思い確信ついた僕。

 なんとか苦笑いで乗り過ごすと、カーテンの方から変な唸り声がし出す。見るとニヤニヤさせた顔から昼も見た、頬膨らませ顔で軽く睨んできた。

「……君はさっ。なんというかー、ちょっと気を遣うとかさー、場の空気に応じるとか。もっと社交性を身に着けるべきなんだと思うな」

「社交性も何もこれが事実だろ……」

 道が外れないよう、直線を張っただけなのにそれを否かのようにしてくる彼女には参る。

「うわぁ……やっぱドライだ…ドライドライ~」

 これが高校生でのノリというのか。僕にはいまいちよくわからない。

 それに聞いている店員は、非常に気まずそうな困りと苦笑が勝負つかなかった。やはりどの場に応じても、なぜか僕の方が羞恥を得てしまう。

「もうわかったから早く次に着替えなよ…」

「はーい!……って、何が分かったんだね? まだ君の評価を受けていないんですけどっ!」

 腕を下へ突き伸ばして、さっきよりもギロリと鋭く睨みつけてきた。

「………似合ってるん、じゃないかな?」

 正直浴衣の彼女もそうだが、彼女は美形というのに近い。こんな僕でも大人な魅力さを感じてしまいそれをいざ言葉に出すとなると、どうも少し気恥ずかしい気持ちが優先してしまい言葉を濁らすのが限度だった。

「なにその保険かけた返事。まっ、いんだけど、じゃあ次もね!」

 途端機嫌良くカーテンに消えた。また彼女の喜怒哀楽のルーレットが回った。着替えを見るだけで、ここまで心身疲れるなんて思いもしなかった。

 その後も安直でもある一言程度の意見だけしか言えずまま、淡々と進んでいく。そしてまた着替えの最中、彼女が突如首だけを出してきた。

 それに何かと思い自然と長椅子から立ち上がる僕。

「どしたの…?」

「なんだと思う?」

 訊くのに訊き返される。そして顔を見ればやけにニヤニヤとしてる様子。予想に尽きるが、またわけのわからないことでも企んでいるつもりか。

「ねぇ、なんだと思う? 早く答えて」

「……きつくて入らないとか?」

 単純に思った答えをそのまま出した。

 彼女の笑顔が石化するように固まった。途端息を呑んだ。

 彼女は笑顔を捨て、下素顔のような、表現で表すには難しいほどの、本性を現した。

「はぁ…? 乙女に向かってそんな事言っていいと思ってんの? やっぱ○○君もしかして私に喧嘩売ってる?? 女だからって舐めないでよね。私、負ける自身なんてないから」

「違う違う。ただ首だけ出すってことはもしかしてサイズ間違えたのかって、普通はそう思うでしょ?」

 また動揺してしまい、彼女の機嫌を何とか取り戻そうと必死に言葉を並べた。すると彼女も理解はしてくれたようでその脳に焼き付くような顔を辞めた。

「まぁそう思うのも無理はないけどさっ。でもちょいちょい………」

 今度は左手をカーテンから出しそのまま小さく招いた。

 耳耳なんて連呼され、彼女に向けて言われる通り横顔のまま首を伸ばすと、鼓膜に流れこんだわずかな声に僕が耳が痒くなった。

「折角だし、やっぱ下着の試着、しよっか…!」

 とんだ戯言。それを無言のまま耳を離した僕。少し目を細めて彼女を見てやると、彼女は自分で今言った言葉が自分でもか、頬が紅潮していくのを感じた。これは明かりがではなく、自然と身に染みた羞恥心でいいのか。

「な、なに?! も、もしかして本気にしたりなん…………」

「くだらないこと言ってないでさっさと次に着替えな」

 両端のカーテンの裾を握る。そのまま彼女と言葉を包む込んでやった。

 多少驚かれきゃっなんて甲高い声で言われるが一切気にしない。こんな見え見えなハニートラップ、僕は引っ掛かるほどやわじゃないんだ。

 そして――――――カーテンから出てきた彼女が、元の制服での姿と確認できたとともにファッションショーは幕を閉じた。

 彼女はそこで厳選した四着ほどを、レジへと持ち運んで行った。レジの付近の出口で待つと、彼女の光沢ある黒の長財布から、見間違い出ない限り『学問のすゝめ』の福沢諭吉のお札が二枚羽ばたく姿を見た。

 僕は目が飛び出そうだ。そもそも四着で、そこまでお金がかかるなんてまるで信じられない。割っても一着、樋口一葉となるというわけだ。服という価値を幅広さを実感した。

 僕のような人は適当な近い店で、目立たなく、尚且つ安いのを買う。かき氷もそうだったが、彼女の金銭感覚に少し心配になる。

 レジが済み僕の方へ駆けた彼女の表情はなんと輝かしい満足そのものだった。照明のシャンデリアが更にそれを引き立たせるような―――――――そんな感じ。


 その後同じフロアにある本屋へと足を踏み入れた。ちなみに僕が行きたいと提案。

 ドアのない全体が開放的溢れる入口。そこには未来性も感じれるほど。実際店名もそうだ。

 すぐそこには、新刊の小説やら漫画やらと並ぶカート。どれも山積みだ。

 それを軽く目に通しながら歩き中へと入った。彼女も後ろに付いてきていた。

 そして進む中僕の一つの趣味でもある小説に完全に身を惹かれてしまい、彼女をも気にせず一人小説があるコーナーへと進む。
 
 探す中一角にあった綺麗なイラストを描かれたの表紙の文庫本を手に取った―――――。

 そこには背景とそれに映る制服姿の一人のヒロイン。夕焼けとした空の元、マジックアワーとも言えるそのパープル色とした模様に映り込んだのは艶のある肩より長く綺麗に生え揃いきられた黒髪が揺らりゆらりと波を打つ中、振り向いた少女。涙を流し、その粒が風に吹かれる髪と共に宙を描く自身を噛みしめ懸命に笑う姿だった。

 同年齢とは思えないほど、その含蓄が深い笑顔。それを見た主人公はきっとその表情を逃さなかっただろう。読んでもないのにストーリーを想像をしただけで、自然としんみりしてしまう。目頭までは熱くならないが、それに近いほどだ。二次元というのにも関わらず、人の心を左右できる本というのはとても奥深いものだ。

「あっ、いたいたー! もー! いつの間にかどっか行くんだからぁ! で、何探してるのっ?」

 その聞き慣れた声質は、空気を読まんと胸張って言える。僕を小説の世界から引き離した。

 少しムカつき横目で見てやると、長棚の壁際に顔だけ出し、まるで遠くから見るかのように僕を覗き悪趣味にも感じた。

 彼女に聞こえないよう溜息をつく。

「で、で! 何探してるの?? ねぇねぇ」

「本さ―――」

「いやわかるわいっ! もっと具体的に…………」

「しっー…!」

「…っ!」

 咄嗟に人差し指を縦にし口元に添えた僕。彼女はそれにハッと息を呑む姿。それに躊躇なく。

「ここ本屋なんだからちょっとは考えてよ」

 彼女の短調はここら一帯大いに響いた。逆に今喋る僕の声はというと、風音に流れるかのようなほど。図書館でもないが本屋というのは静かなる聖域のような場所だ。彼女も珍しく深く反省しているようで少しその態度ができるという事に安堵できた。

 彼女も手に取るのに興味が沸き、勝手にだが取った。でもやはりイラストに目にいくのは誰でも同じようだ。彼女もそれに夢中。

 人も最初の容姿で八割ほど印象付けされると聞くしやっぱりそうなのか。しかし彼女の考えなしみたいな表情は、小説に興味惹かれたのか、表紙だけに興味惹かれたのか五分五分だった。

「恋愛物かぁー。高校生であんなのできたら青春を超えてのロマンティック~」

「そう、かもね。腰巻にも純愛って大きく書いてあるし」

「寒い日だと巻く人多いよね。お父さんもよく巻いて寝る!」

「それ腹巻」

 すると腰で折り曲げたスカートに触れだす彼女。冗談なのか、ほんとなのかこれも五分五分。

「帯だよ帯…」

 すると目を丸くし。

「えぇ! そうなの!」

 また突然と上げた声。それに自分でも焦り咄嗟に口を押え出した。僕は今だけ睨んでやった。

「ご、ごめん。でもほんとに知らなかった……」

「自分の声量くらいコントロールしてね……」

「うん…………」

 珍しく反省している。しゅんと口を結んで少し落ち込む様子は少しだけいい気味だと邪念な事を考えてしまった。

 彼女からそれを返してもらい、店前で待っていてもらうよう、僕はそれをレジへと運ぶ。

 その後はまた階を上がるため、今度はすぐそばにあるエスカレーターに乗った。じっくりと上がっていく中彼女が気まぐれでか言った。

「純愛か~。例えば君が思う純愛ってどんなの?」

 二段先を上がる手すりを握った彼女が、振り向きつつ見下ろして訊いてきた。

「君はいつもそうだけど、聞く相手間違えているんじゃない?」

「えぇ別にそんなのいいじゃない! 恋バナしよーよ恋バナ! ガールズトーク、ガールズトーク!」

「こっちはボーイズな」

 高い天井からの明かりが彼女の表情をシルエットかのように若干暗くした。それでも笑みを浮かべているのはわかる。

「それでは、純粋な愛について討論を始めよう!」

 僕らはエスカレーターで何をやっているんだ。恐らくエスカレーターで恋バナしたいのは世界でも彼女しかいないであろう。

 無理やりだが法廷が開拓され、のうのうと進められてしまう。

「ではまず、君が思う純愛とは、いったいなんですか? はい! そこの地味なクラスメイト君!」

「地味は余計だよ。事実だけども」

 ベテランの教師かのようにテンポ良く繰り出されそれに無回答はできそうもない雰囲気だ。

 思考を回し、エスカレーターがフロアへと近づく。こんな僕に思いつく純愛というのを、考慮し発想した。

「これはあくまで、憶測、妄想に近い。というかそうだけど」

 彼女はほうほうと聞く気満々な様子と、そのまじまじと見つめてくる輝く瞳と両手で作った拳を上下に振らすことで物語ってる。今から堂々とこんな事口にするだなんて、まさに羞恥の塊そのもの。だというのに彼女は一向に気づいていない。

「純愛って、例えば愛し続ける者たちがいて、それぞれが持つ想い糸が、切れないことなんじゃないかな。仮にその人が傍にいなくても、遠く離れていて会えないとわかっていても、こんな事はあれだけど永遠の別れという誰もが望まない、望みたくなんかない残酷なことが悲劇が起きたとしても。冷めず、熱くなりすぎず中和とした、純粋とも言える気持ちが一生、胸の中にい続けることなんじゃないかな……って」

 長々と告げてしまう中ふと我戻る。何言ってるんだ自分。ブレーキをかけずと夢中になってこんなクサイにもクサイ台詞を滑りに滑らしてしまった。しまったと思う暇もなく羞恥を堂々と晒した。

 でも不思議だ。こんな台詞を口から出すことがあるんだと思うくらい関心着くほど。

 きっと僕を見下ろして聞くクラスメイトはあざ笑うように……って、あれ?

 彼女の表情をうかがうと、予想もしない満面とした笑顔を浮かべていた。そのまま小さく息を吸うとともに。

「君がそんな事思うなんて! てか普通にそれ素敵! 私ちょっと感動した!」

「え………」

 一瞬時が止まったかのように感じた。しかしエスカレーターは淡々と進んでいってるから僕の勘違い。

 彼女のその言葉で僕はまた数秒程だけ声帯を失ったまま三階へと着いた。

 こんな自分でも不思議となった歯に浮くようなセリフに笑う以外ないだろ。それとも僕がおかしいのか。この反応が正常なのか。

「あ…あぁ。そ、そうか…。なら別に」

 動揺した僕は挙動不審と言えるほど、全く自分を抑えるほど隠すことができないまま言葉を発してしまい、彼女のスイッチを不意にもまた押してしまう。

「おやおや? その動揺っぷりはまたまたカクシゴトかな? ほんと君って人はわかりやすいなぁ」

 僕が一瞬でもフリーズでもしてしまうと、彼女からはカクシゴトをする奴だともう認識されている。

 しばし自分に気を付けなくては。彼女がその振り向いた姿勢のままあぶなかっしい降り方に続き僕も三階のフロアへ足を付ける。

 こんなに長く感じたエスカレーター、今までにない。

「違わい。こんな妄想の評価、碌なもん受けないとしか思わなかったからだよ」

 想像を覆すとはこのことなのか。それにて絶賛動揺中の僕。でもそれは内心というのに抑え、なんとか彼女に知られないようしのいでいる。

「ふぅん。そんな事言ってほんとは照れ隠したりとかじゃないかな~」

 いつまでも表情を緩まし、ニヤニヤとさせている。
 
 そして何故か、欠伸をしていないのにも関わらず下眼瞼から、わずかながら透明な粒があふれ出ていたこと。それに彼女は気づいているようで、少し僕から顔を背けちょっとごめんと言いながら、隠すかのように指ですくい取った。

 まさかそんなわけない。流石にこんな言葉だけで感情にまで左右されるなんて、涙線が緩いにも程がある。年寄は涙もろいというがそれ以上だ。

 僕にはこの意味が信じられなく、彼女の事を聞けなかった――――――。

 その後もう一店舗彼女の買い物に付き合わされ、雑貨屋で見つけた小さな特器が付いたネックレスに彼女は喉から手が出そうな程夢中となっていた。冗談で僕とお揃いにしたいと言い出すも、即断ると思いの他ふてる。

 何も目的のないまま歩き、硝子盤挟んだ向こう岸のようにフードコートが見える。

 目の前には子供服売り場、その奥にゲームセンター。物心着きたての好奇心満載しかない子供から見れば、まさにパラダイスと言える。

 それなりに身長も低く視線もだいぶ変わるから、遊園地に見えるなんてそう思う子もいるだろう。

 僕らのすぐそこにいた母親としっかりと手を握った人形のような瞳を持つ女の子が、お母さんにゲームセンターに連れて行ってもらうよう駄々こね始める。

 なんだか無邪気にそして平和な世の中を象徴し、微笑ましく感じるほどだった。

「よしここでようやく今日のメイン! ゲーセンで思い存分遊ぼうではないか!」

「ここにもいたか…」

「なにが…?」

「よし、ゲーセンに行こう」

 喉元から不意に出た言葉を少し強引に流す僕。

 入口傍から小さな二段建てのクレーンゲーム機、奥には通常サイズ、そのほかにも派手なカジノのような大型のメダルゲーム。シューティングゲームなど満載。眩しい故まだまだ視界に全ては収まりきらない。

「放課後にゲーセンなんて、私たちとうとう不良だね」

「流石に難易度低すぎでしょ」

 彼女は大いに笑いそのまま勢いで入っていった。僕もその背中を追いかける。

 しかしクレーンゲーム機の陳列のせいで死角が多く彼女は一瞬の隙もあらず、見失った。

 いとも簡単にクラスの女子に撒かれるなんて自分の体力の弱さに、呆れてしまいそうだ。

 奥の方へと進みガラス越しで覗くと、一つの台に向かって睨みっこしてる前かがみ姿の彼女をようやく見つけた。

 彼女はそれに忙しく近づく僕にも気づきやしない。欲見るとその台だけ一般的なアーム式ではなく、円盤状でその上にピラミッドで山積みにされたじゃがりこだった。

 またその外側が一つのブロックとなっており、矢印の札が置かれた場所にルーレットで回った光をタイミングよく押すと支えとなる棒が外れ、運良ければその山積み事崩れるという一か八のプライズゲーム。

 百円を入れた彼女は、ボタンを押す上に手を慎重に重ね、ここまで来ると僕の存在を無視するかのように、緊迫とした空気の元かなりの緊張感を持った。珍しく燃えるその表情と額には、一つの汗も流れていた。

 ルーレットの明かりを目でとらえるよう追い見計らってボタンを押した。しかいわずか一つずれて失敗。

「だぁー! 外れたー!」

 首を上げながら頭を抱え、そのままブリッジしそうな程の勢いで身体を反る彼女。ため込んだ緊張感を一気に放出した。

「一人でなにやってんの…?」

 その呆気に取られる無残な姿にようやく声をかける僕。僕の方へと横を向いた彼女は頬をまた膨らませ、睨み視線。まるで取れなかった腹いせかのよう、僕にいちゃもんつけた。

「これ絶対店側がなんか仕組んでるよー! 見てたでしょ。私絶対合うように押した、絶対押した!」

 声を上げてガラス板に手を突き再度睨む。
 
「…それが確率ゲームの穴だよ。簡単に取れないに決まってる。そもそも百円で取れたら豪運で宝くじを買う方がいいよ」

「まっ、そだよね! でもさっ………」

 僕から見て奥の左ポケットに手を入れ出した彼女。勢いよく取り出し、顔の前に持ってきたそれは一枚のコイン。メダルゲームのコインかと思ったらまたしても百円玉だった。

「ここで一つ、私と賭けしない?」

「…賭博?」

「違うわい! なんかのゲームで勝った方には、一つだけ望みを叶えられる権利が与えられる」

 望みを賭けるなんてサスペンスドラマかのようだ。一種はくだらないとも感じるも勝って損なし。望みということはなんでもいいはず。さっきの理由を聞いてもいいというわけだ。彼女のその妙に浮かべた自信の微笑みを打ち砕くべく、僕にも勝負心という炎が点火した。

「いいだろう。やってやるよ」

 鼻を高くし、見下ろすように言うと彼女がにやりとし出す。

「じゃあ早速どのゲームにするかこの表か裏で決めよ!」

 どうやら勝負は既に決行されているらしい。彼女はとんだ遊び人だ。この時点で選択肢を獲得すれば流れはこっちのもん。

 彼女が親指に表の状態で起きいつでも弾く準備が整っていた。

「桑原君どっちがいい…?」

「どっちでも」

「なら表、私は裏」

 裏でも良かったが、ここは真っ当な表で貫くことにした。

「じゃあいくよ…! 準備はいいね?」

 妙に緊張するその台詞でこっちも一つ冷たい汗を掻きそうになった。そして指で天に向かって弾かれた百円玉は、金属音と共に回転しつつ宙を舞う。落ちてきたと同時に彼女の掌に落ち、それをおにぎりを作るかのように重ね包んだ。

「開けるよ…」

 唾を軽く呑む。勝負の始まりとも言えるこの緊張は少し大きい。目を一点集中させ開けた中身を目に通した途端内心ガッツポーズを決めた。

「これで僕が優遇と」

「ちぇっ…。まいんだけど!」

 しかし彼女はすかすような口笛を吹いた様子。まるで余裕を見せつけているかのようだ。早速勝負台を決めに行った。勝負といえ、対戦型がいいと考慮しバスケやホッケー、カーレースなど懸命にすべて目に通していった。ほぼやったことがないからと因循する中、レトロなモグラたたきの台を見つけた。これは体力もだが反射神経ゲーム。さっき見失ってしまうほどの体力の愚かさを知った上、これでいいと思った。

「ほんとにこれでいいの…?」

 それを指しつつ、控えめな声で聞いてくる彼女。自信満々だったくせに、今は逆に僕を心配しているようだ。それが余計癇に障り、いいのと強く意地張った。

「じゃあ、先行は私でいいね」

 たった一分間で景品もなしに百円解けるという無駄とも思ったが、ここはゲーセン根本を考えしょうがない。しかし今は違う、百円でなんでもという大雑把だが無敵の権利が得られるのな安価もいいところだ。

 ここで負ければ元も子もない。何があっても勝つぞという僕なりに強い精神を持つ。彼女は紐で繋がられたおもちゃのハンマーを手に取り、構えた。

 その背中を見ているとなんだか少し厚かった。

「ちょっと………そんなにじろじろ見ないでよ」

「そんなつもりで見てないわ。ほらもう始まる」

 途端点火の合図がし彼女が少し慌てた。別に皮肉や嫌がらせをしたつもりではないがますます僕の方が優遇着いた。彼女は七つの穴から不揃いに出没してくるモグラの頭を目で追いつつ叩きに叩きまくっていった。

 意外にも良すぎる反射神経と体力が合わさるが残り十秒を切ったころには手が緩みだし、ちょくちょく外していった。これは彼女の特有後先考えない方式だ。

 スタミナが限界でもう叩けない様子。最後の一匹だけは叩く事ができブザーが鳴る。
 
 目の前のデジタルなモニターから表示された数字は、33だった。これが高いのか低いのかわかるわけがないが、あの集中から見て返ってプレッシャーが来た僕。

 すると彼女がまたすかす余裕顔を浮かべ、またイラっと来た。でも余計火が消えないから本気になれるありがとうと一言告げたくなった。彼女と場所をチェンジするべく財布から取り出しておいた百円を入れ、ハンマーを持った。なんだかここに立つからわかるが、後ろから妙な視線を感じる。しかしそれを気にせず、一息ついて心を落ち着かせた。

 緊張は持つも同然いざ目の前にするとさっき彼女の表情かのように、僕の額からは汗が流れたような気がした。

 カウントダウンが始まり、手に持つハンマーを手汗がにじみ出る程固く握り占めた。

 始まった途端やけにムカつく、アカンベェとした生意気なモグラが出てきた。それに目掛けて一発脳天打ってやった。

 その後も集中したか、他の機械で遊ぶ音や、周囲の喧騒、そして背後からの彼女のオーラも気にすることなく淡々と打っていった。多少はミスをするがそれなりに打てて順調だったはずだったのに。

「頑張って! 樹生君!」

 この声さえなければ僕は間違いなく勝っていた。突如下の名前で呼ばれたせいで、遂集中がシャットダウン。一度手が緩みハンマーを落としてしまった。ものの数秒無駄にしただけで焦りが優先し余計に打つべき場所を見当たらず、呆気なく終了した。結果は30。

 はい負けた。誰かさんのせいで。

 点数を僕の肩に手を添えながらひょっこりと顔出してみた途端、飛び跳ね出した。

「はいやったー! 私の勝ちー!」

 わざとらしいとも言える喜びの舞。それにて不満が高まり、ぶつけた。

「おいちょっと待て、今のなしだろ。後ろから声掛けてくるなんてありえない」

「おやおや? あくまでこれは勝負でもあり、ゲームだというのをお忘れなく? 後ろから応援してはいけないなんていつ誰が決めたっていうのかなぁ?」

 屁理屈の度が過ぎる言文に、ニヤニヤと代名詞を付け見てくる彼女。

「それに五条君だって最初私の事じっと見てたじゃん。あれ結構恥ずかしいだよ?」

「だからってそんなの理由にならない。納得なんてできない。あんまにも理不尽で不平等すぎるじゃないか」

「はぁ……もういい加減しつこいよ。そういう男は好かれません。数字出たでしょ? 世の中全部結果なんだから、私は君に勝った、君は私に負けた。それだけ」

 確かに今のぼくは勝負に負けてグダグダ情けない。でもそんあ偉そうに溜息なんてつきやがって。こっちがつきたいほどなんだよ。

 僕が何も言えないと彼女は変に顔を寄せた。

「君は今から私の望みを聞いてもらうの! いい? わかった?」

「…」

 それでも無言を貫いた。どうしてもあの理由を知りたかったから。ここは意地でも粘っていくしかない。

「返事! もう認めなさい!」

「…わかったよ」

 ほんと意志が弱すぎる。彼女の言葉の圧に負けた。それならこんな勝負するんじゃなかった。わざと長い溜息を吐いた。それに彼女は気づいていない。何せ今から言う願い事を満足そうな笑みを浮かべているのだから。

 口が開かなければ可愛げあるというのに、意地汚く、可愛げのなくす人だと。見た目にだけはなんとしても騙されないよう僕の危機感という精神は強くなった。

「じゃあ、言うね!」

 ほんとに思考という渋滞が激しい。今から何を言われるか想像もしていないまま彼女はとうに答えを決めていた。一体何をお願いされるか、彼女のお望みがなんなのかなんて期待もなにもしていなかった。そのおかげか、それによる不安も今はなかった。

「私と、もっと仲良くしてください。もっとたくさん私と遊んでほしい」

「あ…?」

 思わず出た声。別に喧嘩を売っているわけではない。ただどんな要望が来ると思えばそんな簡単とも言え驚いて出た声だ。

「それ昼休みに同じこと」

 そこに明確さが欠け、何故か動揺だけはしてしまう。理由は一つわかる。そんな事言われたことがないからだ。

 すると彼女が優しく首を横に振った。いや、動かした。

「単純に聞こえるかもだけど私は、もっと、君と仲良くしてみたいの」

「そ、なんだ」

「君はさっ、今までに友達と言えるような大切な存在が一人でもいた? あっ、兄弟は無しね」

 また唐突とくる質問。別に僕を馬鹿したり見下しているなんてことはない。さっきから感じるその黒目にある瞳は、ちょっと優しさを染みている。それに素直としていないと答える。

 正直今まで話し相手もこれいってなく兄という存在が僕にとっては何よりも大きく感じた。友人なんて必要ないなといつからか思っていた。それはもう幼少期の頃からであろう。あの意合わない家系に僕がいても家族は認めてくれるから。

「そうだと思った。昼休み誰かと一緒にご飯を食べたり、放課後もこうして誰かと過ごしたのも私が初めてなんでしょ?」

「それはそうだけど、今のはちょっと失礼に感じるぞ」

「まぁまぁそれは今だけは、置いといて」

「だから君とこうやって遊んでいる私は、君の初めてなんだって。そんな人今まで見たことないしとてもレだもん。嫌みかもしれないけど私は昔から友達は多い。それでも周りはいつまで私やその友達を覚えているかなんかわからない。歳が重なるにつれ、環境も変わり、周りにいる人たちも変わる。そこから毎回スタートしていくといつの間にかそれに流されて過去に遊んだ人たちや一緒に笑いあった人達を知らぬ間に忘れちゃいそう。私だってそうかもしれない。忘れている人が中にはいると思う。みんなそういう大切さを当たり前だと勝手に認識しているんだと思う。小さな幸せすら大事にしたいいって。だから私は君といることを、何年たっても絶対に忘れない。むしろ私こそ初めてでもあるんだもん。今日も楽しかった私」

 驚いた。なんて安易な言葉では済まされないほど僕にはまだ言葉を出すほど口が整っていなかった。普段単調が多いのにこんな長々と話すこともそうだし思わず感銘を受けることになる。彼女と同年齢だというのにそういう思考を持つとは、僕なんかよほどちっぽけに感じてしまう。

 友人という存在がないとはいえ、今までそんなの考えたことすらなかった。彼女とこの前、初めてまともな会話を交わした。初めて放課後を誰かという存在と共に過ごした。昼休みもそして今もそう。

 そんなの僕にとってはただの変わった日常としか思わず、初めてなんて少し馴染めなくて緊張をしただけで済んだだけのこと。別に何も特別になんてことも感じることなくその日を終わらしていた。

 しかし彼女にとってはそう簡単に流してはいなかった。正直彼女のような社交性豊かな人間は、友人なんて宝の山同然だから、いちいちそんなの気にしないと。でもそれは僕の勝手に解釈に過ぎず彼女は、誰とでも話すとき平等に接している。その中でも僕という傍から見れば変わった存在が珍しく目星ついたからなのか。

「君にしては、非常に感心したよ」

 不意にも僕の掌は両手とも小さく弾いていた。

「何それ。褒めてるのか馬鹿にしてるのか曖昧だなぁ。君はほんと素直に答えてくれないよね」

 ほんの少し不機嫌そうに腕を組みだし頬を軽く膨らませる。でもその睨んでいるという眼差しだが、その瞳の中は笑っているのに近かくその姿が、面白おかしく感じてしまい不意にも鼻から笑い声が漏れてしまう。

「ほらやっぱ馬鹿にしてんじゃん……」

 頬に空気を更にため込んで眉間も寄り始めた彼女がおかしくもあれば今度は本当に睨んできた。

 少し可哀そうにも思うが、こんな会話でも楽しさというのを覚え、それが強く、表情を抑えれなかった。変に軽く口角が上がっていくのを感じた。目もおっとりと床に垂れるような。彼女はそれに気づいているだろうか。いや、きっとわからないだろう。一向に不貞腐れてこっちを見ていないし。

「これで君もギャッパー入りできたのかもね」

 ギャッパーというよりも彼女はそれより上手なんだと思う。

「え?! それほんと?!」

 一瞬とも言えるす速さで、こっちを向いた彼女、その一言が、機嫌を取りなおした。

 笑顔を振り返し満面となるほどでよほど驚きそれに期待している好奇心旺盛のつぶらな瞳を表した。見つめらえるまま軽く首を縦に動かすと。

「やったー! これで私と君で、ギャッパー同盟が結成されたね!」

 相当なりたかったのだろう。くだらない言葉が、ここまで大袈裟に両手なんか上げて、顔がくしゃとするほど。

「よくわからないけど、そういうことにしといていいよ」

 これほど、人の話に興味や感銘を受けたことがない分、僕のボルテージは容量浅くこれ以上話を呑み込めなかった。

 エレベーターで地上に降り、ガラス越しからには、オレンジと紫が染まる空模様の時間帯となっていて、頃合いを見たその時だった。

「折角だしここでご飯食べて帰ろうか!」

「そう、行ってら」

「はーい行ってきまーす! って二度目は引っ掛からないぞっ。君も一緒に食べるんでしょう!」

 出口へと足を向けた僕を全力で阻止しようと咄嗟に前に出てき、手を横に広げ横断させない彼女。

「僕帰る」

 すると彼女の眉が少し寄せる。

「ちょっとー。いくらなんでも言い方ってのがあるでしょ。折角いい雰囲気出てたのに。またそんなそっけない感じ出して台無しよぉ…」

 口を尖らせ不服な表情を浮かばせる。そんな彼女に僕の口からは言葉が上手く出ずらい。

「……申し訳ないんだけど今日持ち合わせそんなにないんだ。いつも必要最低限でしか財布に入れない主義だし急に決まった事だし」

 ちょっとダサい風潮だが店に入った後ではもう遅く、逆に恥をかく。だから事実を述べるも彼女は納得を表す顔は出さなかった。

「そうだ! また私が奢ればいいじゃない!」

「何言ってんの。それだけはダメ。この前は理由があっての事で、それに君はもう少し金銭感覚というものを身に覚えないと、今日だけでいくら使ったと思ってるの?」

 手に下げるショッピングバッグに向けて視線を当てると、彼女はアハハと苦笑で誤魔化した。

 すると突然はぁ…と小さい口から出る小さな溜息一つ吐く。

「そっかぁ。残念だけどそれはしょうがないか」

「そうそう、しょうががないんだよ」

 くだらない冗談を述べると彼女の表情は若干不機嫌気味となる。しかし唐突として目を丸くた。それに疑問を感じる直前。

 ??? 「なんだ。そういうことなら、家で食ってけよ!」

 背後からかかる謎の声。それはまるでヒーロー物の主人公が参上したかのような感じを表す。そうなると僕が敵役? いやそれは僕の大間違い、その低い声質なれなれしい文脈。まさかと息を呑んだ。

 彼女がきょとんとした顔で小首を傾げており、僕は意を呑んだまま首を回す。そこには、主人公も何もいなく、いるのは買い物袋を手提げした兄の姿だった。

「なにしてんの…?」

 初めて兄を見て息を呑んだ。それはこの状況でのアクシデントだからか。

 僕の声に彼女もわからないまま驚いた。僕の背後に付くよう肩に手を乗せ身を潜め出した。

「桑原君この人知り合い?」

「あぁ……………僕の兄だ」

 そう言うと彼女は、僕の肩を跳び箱かのように思い切り押した。

「えぇ?! お兄さん? この人が? 桑原くんの?」

 僕と兄の顔を瞬時に交差するほど、僕らは傍から見れば似つかないようでありなんだか僕が情けなく感じてしまう。

「そうでーす! 樹生の兄でーす! よろしくぅ~」

 その隙に兄が喋るとと、僕は首を往復させないといけなくなり、狭間な地獄で、窮屈としても疲れる。それになんだ。そのアイドルかのような派手な登場の上に、両指振る仕草なんか付けて。

「やめて…ほんとに恥ずかしいだけだから」

 僕が必死に忠告するも兄は聞く耳を持たない。彼女もそれにまるで言葉を消した。

「へぇ…。やっぱギャッパーだ」

「そこで使うのはダメ」

 会話を拍子抜け、さっき彼女が見せたため息を僕も一つ付いた。

「あっ、もしやデート中だった? ごめんねー」

「そんな深意味じゃない」

「でも晩飯困ってんなら家で食べていきなよ! 今買い物終えたばっかだし」

 タイミングというよりも奇跡に近いか。そもそもいつから僕らの存在を気づいていたのか。それを聞かずもふと思い出し今日の買い出し当番は兄の日だ。母子家庭である以上母だけの負担は何としても避けてはならなく、僕と兄で考案して決めた。そこういう人柄でも料理の手は意外にも―――――だ。

「じゃ、二人とも駐車場行くぞー」

「そんな唐突に言われても普通に困………」

「はいはーい! ぜひご馳走になりまーす!」

 彼女の高らかな声な宣言で、兄の機嫌は更に増し、早速と僕の家に向かう事となってしまう。

 大型駐車場の中にある家の愛用者である長年使う軽自動車。助手席に座ろうと思いきや、開けると素手に兄のサークルで使った荷物が先客となっておりシートに着くほど嵩張り状態。
 
 仕方なしに後部座席へ回る。彼女の横に座り、発進した。

「そういえば今日車」

「あぁ。今日母さん午後から有給取ったって。あの人あんまし使わないからさ。いい加減使え使えってせがまれてるらしい」

 父がいなくなってから母が有給というのを使う事が、ぴたりとも消えた。それは単に取る理由、必要がなくなったと言うのか。それとも仕事にようやく打ち込めるようになったのかは僕らにはよくわからない。

 休日にもたまに夫婦揃って出かける程仲睦まじい人らだったから、その言葉だけで何だか深刻さを覚えてしまう。

 すると、車内ミラーに映る兄の目が彼女を指した。

「そいえばまだ俺知らないことだらけなんだけどー。樹生の横にいるそのガールフレンドちゃんのお名前は?」

 一々痛い言い方をしてくる。自分で自分を恥ずかしいとは思わないのか。その気持ち悪さに。

 彼女が僕の家が楽しみという笑みが優先してそして満載して名乗ると、兄がまた調子に乗り出し冗談で科下の名前でちゃん付けし出す。余計兄の人間性の愚かさに呆れ、ついには言葉すら出てこなくなった。

 それでも彼女は面白おかしく笑いその二人楽しそうにする会話をただ僕はラジオを聞くようにただぼんやりしていた。

「お前にそんな可愛い友達がいただなんて俺は何にも聞いていなかったぞー」

「……口よりもハンドルに集中して」

 わざとらしく頬を膨らまし、僕をミラー越しでちらちら見てくる視線に、逸らすしかなかった。

 我が家に到着。車から降りる時既に空は、薄いに薄く。ぬかるんだような群青色となっていた。

「ただいまー!」

 今日は初めてうちの玄関に聞き覚えのない音声が繰り込まれた。

「……君が言うのはおかしいでしょ。ここ僕んち」

 彼女のわざとな態度に兄は大笑い。するとそれをかぎつけたかのようにリビングの戸が開き、母が出てきた。

「あら? 誰かと思えば。こんな時間にお客さん?」

 首をかしげていると兄が先に靴を脱ぎ上がりそのまま買い物袋を母へと渡した。

「あぁ、樹生の友達だってよ。買い物の時見かけてさっ。折角だからうちで晩御飯食べさせようと俺が誘った」

 すると母が驚くような表情を取ってすぐ急だからか若干困り顔を浮かべた。

「へえ。あんたに友達ねぇ……でもいらっしゃい。どうぞゆっくりしてって」

 母が彼女に向かって、易しい笑みを零した。

 そんな表情父がいた時以来だ。どこか奥底に何かが眠るようなそんな淡くも感じる。

 彼女は改めて一瞥し上がり框へ足を踏み入れ続いて僕もようやく入ると兄が僕らに言った。

「晩飯すぐ用意できるから、その間待っててよ。お前、部屋案内しろ」

 兄に氏名されドミノ倒しかのように間を挟まず僕は彼女を指した。

「僕手伝うから、部屋そこ。そこで大人しく待ってて」

 彼女にそう指示すると兄が突っ込んできた。

「おーいおい、客人相手にお前何言ってんだ。せっかく来てもらってるんだぞ? 若いお二人は作り終える間部屋でゆっくりしてなさい」

 たかが四つしか歳の違いがないというのに、相変わらずの傲慢な態度。僕らはほうきで掃かれるように強制的に自室で待機となった。

 僕の部屋の戸を開けると、真っ先に彼女が入った。

 部屋の中部へ足を置き、辺りをキョロキョロしながら、

「うわぁ! 君のお部屋だ!」

 まるで水族館にでも来たテンションで声を上げる。それには着いていけず。

「そりゃそうさ。何もない普通な部屋だよ」

 改めて自分の部屋を見渡す。変な行動だ。小学校から使っている年期溜まった勉強机。本棚、そしてベッド、と。ごく一般的な家庭に存在する、イメージ通りの部屋であろう。そんな風情もない空間に、今は一人のクラスメイトが存在するだなんて、今まで想像すらもなかった。何もないとわかっていても自室をここまで興味持たれるというのは、案外恥ずかしいものだ。

 すると彼女の目の動きが変わり変な顔を浮かべた。

「えぇ、でも思春期真っ最中の君の、意外なムッツリさんをここで発掘できたりして…」

 やけにニヤニヤとした面のまま早速それを探るべくベッドを見上げては、床で犬のように伏せ見下ろすと交互し始めた。そんな意地汚らしい行動に黙って無駄だと伝える。

 今度は本棚を眺め、優しく何冊か取りだし、表紙を眺めるの繰り返し。それほど年頃の下世話事情を探りたいのか。ついでに今日買った本も入れてもらうよう何故か僕はお願いした。

 そして探しても見つかりもしないものを探す彼女を奥行きに設置してあるベッドに腰を掛け眺めていると、時間の頃合いも良く腹の奥底から、虫が鳴りそうで身を少し丸めた。

 すると彼女が机の方を念入りに探し始め、途中声を上げた。

「あっ! 小さい桑原君がいるよ桑原君!」

 言動の意図がイマイチ理解に遠かった僕は降り、彼女の見えないほど養われたつむじの上から顔を出すと、それは机の端に置いてある、写真立ての事だった。

 いつも置きっぱなしだがそれ程見る頻度なんてまれにない。なんだか久しぶりに見たような気がする。

 家の表札前にて撮った集合写真。手前に僕。顔の幼さから見て恐らく幼少期か小学校低学年時。そしてその横に、堂々と肩を組んでくるこれも幼く悪ガキな兄。その後ろに四人で壇蜜するよう並ぶのは今よりだいぶ若く見える母と……――――父親だ。

「可愛いね君。ほっぺなんてもっちもち。なのに目元はキリっと鋭く証明写真じゃないんだから君も笑顔というのを造ればいいのに。このおませさんめ」

「茶化すな。写真なんてただでさえ苦手なんだ」

 これ以降に自分が映る写真だなんてないに等しい。身を表さない種のような僕にとっては記録に残す写真なんてあまり好かない。記憶にだけ残ればいいのだと思う。

 すると僕の次に彼女が父を指した。

 君のお父さんロッキーみたいと、褒めているのかどうなのか僕には想像つかなくわからなかった。

 彼女が手に取っていいかと訊いてきて、特に何も考えず了承した。

 まるで本を読むかのように持ち、そのばっちりとした黒目を上下左右に動かし、写真を凝視し始める。彼女は真剣なのか口を歪みだした。

「こんな事言うのもあれだけど…君って、家族でも一人だけなんかとびぬけてるよな気がする」

「それは褒めてはいないね、でも言えてる」

 初めて彼女とこういう形だが意見が一致した。見た目も性格もまるで違いすぎて、遺伝子の適合レベルが本当に合っていたのかと時には気づくころも。自然と不思議にも思い、でも風変りなところもなく、なんなと暮らしてきた。

 過去を引きずっている僕なんか、所詮ハズレ同様に過ぎない。

 そう、自分を僻んでいるのも嫌になり写真立てを戻すと、彼女がそうだそうだと嬉しそうに口角をあげながら、ポケットに手を入れた。取り出したスマホを操作すると共に。

「私も小っちゃくて可愛い写真この前スマホに移したばかりでたくさん持ってるよ!」

 思い出の写真をスマホに転送し、保存。まさに現代的な風潮を表すかのようだ。

 懐かしさというのを取り表した彼女の表情には、笑いというよりもニヤケが近く不気味さが募る。スマホに柔らかい目を近づけ、指で弾くよう何度も上へスクロールさせるその時、タイミング悪く部屋の戸が開いた。

 兄が鍋掴みを手に装着させたまま、晩飯ができたと、こっちもまた嬉しそうに報告しに来た。

 彼女は一瞬難ある顔を取ったがすぐに切り替え、僕より先に食卓へと向かっていった。

 リビング中心に置いてある四人掛けの大きなテーブルに、今日だけは四人座る。

 席が埋まるというだけでいくつものなつかしさを身に染み、それを今は噛みしめる。彼女もすっかり、うちに馴染んだようで気づいたら台所にいて母と何か話していた。余った男どもの僕らは食器を用意し終え、料理を運ぶ。今日の晩飯はカレーだ。それにしてもよく見るといつもより更に手の込んだ料理なのだとわかるもよう。野菜何ていつも不揃いで切る癖に今日は一段と細かく切れに同じ形で型でも取ったかのように切られてる。

 皆集まり食卓を囲む。いただきますと挨拶をかけ食べ始める中これほど会話が盛り上がるのもいつ以来だ。僕自身特に頬が緩むなんてことは少ないが、それでもそんな光景はいくつも見てきた。それがだいぶ昔でもう過去に過ぎないのだとようやくわかってしまった。彼女が母や兄と会話が絶えず僕が黙々と食べ進と僕にもいくつかあてられる。しかし

 談笑という輪に囲まれた食事が時計の分針が半周を超えた頃で終わり、食器のあと片し中、彼女も積極性に足すよう手伝った。そしてまた自室へと戻りほんの数分、たあいのない会話をしてから、彼女は帰路することに。日もすっかり沈み切り、街は夜と化した。

 そして僕の家からも寄りのバス停まで、彼女を送ることに。玄関まで来た母と兄はすっかり寂しそうな表情を取る。またいつでも来てねと母が声を掛け、彼女がいつでも来ますと明るく返す。正直いつでもは困る。

 玄関を出た後すぐ彼女が言った。

「なんかごめんね急に押しかけたみたいになっちゃって」

「そんな事ないよ。家族皆喜んでたし」

「だね今日楽しすぎてどれか忘れちゃいそうなくらいだわー私。君のファミリー皆いい人。ご飯も美味しいし、会話も盛り上がったし」

「それはどうも。僕もなんだが久しぶりな感覚を思い出したよ」

 家族が評価なんて嬉しい以外存在しない。父の記憶がよみがえるような気がし、初めて彼女に敬を想う気持ちを持った。

「にしても……ギャッパー君は家ではちゃんと口数増えるんだね」

「何その呼び方、やめて…」

「えぇ。私は良いと思うけどなぁ。君がそれを認めたらまたそう呼ぼかな」

「その日は持って来ないはず」

「なら学校でももっと増やしなよ。友達しか寄ってこないから」

「そうかな。身売りの商売じゃあるまいし、自分でもわからないけど、口数なんて対して変わらない気がする」

「ふぅんそっかぁ。それと帰る前最後もう一個だけ……バイクを見に行きたいなぁ!」

「急にどうしたの。君は毎度だけど、ほんと面白い冗談ばっか言うよね」

 彼女の話の方向転換なんて、もう慣れたもんだ。彼女の場合はそれが、少しずれたというより、蛇ようにぐるっと変わるが。

「おっと。隠しても無駄だよ? 言ったでしょ私にカクシゴトは通じないんだから。それにさっきの『同級生の女子に見られたら恥ずかしい!エッチな本捜索大作戦』の時、本棚でバイクの雑誌が何冊かあるのを私は確認しました。それに写真立てにも見切れてたけど映ってたし!」

 何そのヘンテコ作戦…。まるで推理探偵かのような洞察と理論。そのまま言うと彼女は自分を褒める感じででしょーと、自分のつむじをなでた。

「うん。君が見たいものは今にも存在するよ」

 見せる分には別に何も痛く、痒く、思うふちもないであろうと考えた。

 駐輪場へ行き、やや薄暗くも感じる雰囲気にこの前思った思考と同じ事を彼女は言った。

 しかし今だけ、いつもより増した光。まるでタスクライトかのような眩しい明るさだ。それは天井からではなく僕のすぐ傍から。横でしゃがんでる彼女の目からで、興奮という輝きによって出された光。光沢としたタンクに艶、そしてマフラーのメッキ部分もより目立った。彼女は僕のバイクに夢中なようだ。僕が物珍しいのを持っているからなのか。

 その間暇だし彼女が目を向けているのはどこなのかと考える。専門的な話になるが、バイクも一つの車体によって部品がある。

 前輪を車体と繋ぐ二本の支えとなる筒をフロントフォークと言ったり、後輪の衝撃を抑えるもをサスペンション。割愛するが他にもマスターシリンダーというのもある。僕も全ては把握しきれてないが。そもそもいじる機会なんて父親のを兄と一緒に見てきたぐらい。

 彼女は一周し、顔まで近づけて眺めるのを繰り返し。ただすげーすげー言ってるだけだが。

「こんなの乗るなんてほんと君はギャッパーとしての鏡だよ!!」

 僕は何故か鏡へと昇格したみたいだ。どんな成果よりも不本意すぎるが。

「ギャッパーギャッパーって、許容範囲広すぎるんじゃない? もうその使い方は横暴だよ」

「じゃあじゃあ帰り際次いでに、今からナイトツーリングに出かけよぉ!」

 彼女の話の蛇は、僕にはどうやら抗体までできたようだ。ほんと一つ物を考えるとそれしか考えない。誰かさんとそっくりだ。

「残念だけど、僕はもうずっと乗っていないし、これからも乗るつもりなんてないよ」

「どうしてそうなの?」

「僕が決めた事だから」

「えー。なにその変な意思」

 僕の答えに彼女は気難しい顔を取った、僕は言葉を何も出さなかった。

「君はこれに思い出とかある? どこかに行ったとか」

 僕の一番の思い出、というよりも記憶がより詰められているのは。

「…路地で倒れている人を、病院まで送った。それ以外思いつくことがない」

「え…、何それ。いきなりヒステリーすぎない?」

 流石にこんな事傍から考えると不思議な出来事に過ぎない。しかし以前彼女には少し話した。だからもう躊躇もなく話せる。彼女はそれに感づいたのか、深刻に見える変な顔をし出した。

「その時偶然にも僕は携帯の充電が無かったんだ。その人は持ってすらいなかったし」

「ほうほう。じゃあその人も君に助けられた鶴だと」

 納得顔した彼女に「違う。送っただけ」とすぐに否定という弁明を解いた。

「それ、この前言ってた前も似たような事あったって人だよね」

「そうだけど別に最近ではないよ」

 どうして気になるの、とは聞かなかった。

「なるほどね。それが思い出でもあって、君の隠された秘密でもあるんだ!」

「そうだよ」

「そかそか。君がそんな大事な事を教えてくれるのかぁなんだかもっと仲良くなれた気がして私はうれしいなぁ」

「別にそう言う意味で言ったわけでないけど」

「じゃあぁ私の秘密も今教えよっかなぁ。どーしよっかなー」

 あからさまな迷う態度で僕をチラチラ見てくる彼女。むしろ聞いてほしいのかと思う。

 そんなものあるの?と唐突に訊くと、気分が良かった彼女の顔を思わず損ねさせてしまった。
 
「ムムムっ。君はやっぱ私を見くびりすぎだよ! あのね女の子には秘密というものがたくさん存在するんです! そこんとこわかってる?」

 ちみちみとまた針を刺され、相槌を打たせて来るようレクチャーしてくる。僕は仕方なく相槌ではなく頷きを示す。
 
「とにかく女の子というのは未知なる生き物! 秘密がたっくさん多い! それはそれは奥深く、禁断でもあり、甘酸っぱい事や、ちょっと色気っぽいことももちろん持っているんです」

「へぇ、そうなんだ」

 意地張るような態度にどうでも良くも感じる。すると彼女は「興味なし」と芸人のようなツッコミを入れてくる。

「今なら私君に教えれる覚悟はあるけど、訊く?」

 その一言に思わず小さな息を呑んだ。こんな僕らしかいない空間で彼女は一体何を考えているのか。その目には何かが隠されているのは事実。

 全てが開放的な彼女からしたら秘密なんて、最も珍しく感じるし、むしろ興味さえ抱いてしまう。それほど僕も彼女という人間がよくもわかってきたのだろう。しかし、何故かわからない。その少し落としたトーンのせいか、生ぬるい風は吹いたような気がし寒気と予感が胸によぎ、本能が嫌だと拒否をした。

 彼女の異様さを感じただ黙ったまま僕の答えを待っている。

「……本格的に帰ろう」

 今聞くべきことではない。切り抜けた僕を最後にここを出ることにした。

 家からすぐにある信号わたって見えるバス停へ。ベンチへ座る前時刻表を確認すると物の数分で来るもよう。

「いつか君の後ろに乗せてくれないかなぁ」

 兄と同じことを言う。さり気ないが諦めの悪い彼女に小さくため息を吐く。

「そんなに乗りたい…?」

 皮肉に聞くと、彼女が咄嗟に首を向ける。

「そりゃだって高校生で乗る人なんて君意外知らないもん、なのにもう乗らないなんて、もったいなくない?」

「父親のなんだ」

「…え?」

「元々あれは父親のなんだ…………」

 そう僕は苦い口をし膝に添える拳が固くなったまま。自ら過去を話し始めた。

 あの日、僕は父の信頼を一切なくなり、消えた。普段お気楽な人で、母と共働きで家計を支えていた。朝仕事で母よりも少し早く出る父は、いつも「じゃあ、いってくる」なんて、誰にでも言うような事を白い歯を見せながら告げるのが日常、だった。そんなある日じゃあではなく、「じゃあな」と変わらない表情のまま家を出た。その時僕は知らなかった。このたった一文字の違いが、父親の覚悟だったなんて。気づけもしなかった。晩になっても帰宅せず、翌日、それまた数週間と、父の居ない生活が始まった。

 数日たって帰ってこない時から予感だけは持っていた。その前からも家族と口数が減ることが度々多く見えていたことだし。ただ特に母や兄を問い詰めたりもせずにいた。しかし一か月を過ぎた時母が突然切羽詰まった顔で報告した。

 その時の兄の表情は変化もなく、既に知っているモヨウだった。

 僕はそれ以降、人というのは信頼がないのだと確信した。どんな人でも見えないところがあるのだと。

「そうなんだ。お父さんの大事な物なんだね」

 彼女もようやく理解を得て深刻に相槌を打ってくれたおかげで僕は、意外にも落ち着いてはいた。

「うんだからそれをいつか取りに来る日まで、微塵も足らず綺麗な形で置いておくって決めてるんだ」

 でも嘘を付いた。話し続ける中、真相だけはどうしても言えなくつかないといけないと。でないと僕を落としかけない身を守る為だと思ったから。

 過去を忘れたく、二年をもずっと避けているなんて彼女なんかに知られたくない。

 身を守る為といえ簡単に吐ける事は、平然でいながら残酷さにも応じる。所詮嘘なんて邪念そのもの。他人を守る嘘なんてものも僕にとってはただのきれいごとに過ぎない。それは結局最後には自分を絶つ事になる。

 こっちへ照らす明かりが見え、彼女が乗るであろうバスが、向かいの信号まで来ていた。

「そっかぁそっかぁ君は家族が大好きなんだね」

「……嫌いな人なんている?」

「いないね。私も家族。大好き」

 するとバスのライトが僕の視界を遮るよう反射し、彼女の姿が一瞬もろとも消えた。彼女の前で停車し、ドアが開いた。

 じゃあねと彼女は笑みをここに残していくように浮かばせバスへと乗る。僕はまだ無言だが、手を振って返す。

 彼女はバスが発進しても窓ガラス越しから、僕に向かって手を振っていた。

 それが視界から外れるまで、僕は見ていただろう。それは彼女のさっき取った一瞬だけの消えた表情を逃さなかったからでもある。

 理由もわからないままそのまたねは三日後にはなくなった。



 ―――――翌日の昼食時間。またしても彼女と食べる事になり屋上が新な昼休みだけの休憩所となった。

「桑原君桑原君。今週末も暇人ですか?」

 その改まる敬語のまま箸で取りながら訊いてくる。

「もって、何よ、もって」

 まるで当たり前かのように彼女は発言する。それに嫌な予感しかない僕にとって休日付き合わされるのは地獄。箸の動きを止めてしまう。

 放課後ですら華奢な僕は体力が人並程度しかなく消費しかしない一方なのに。もぐもぐ口動かし見てくる彼女にそのまま伝えた。

「あー、悪いけど日曜はちょっと…。是非他の人を宛てに」

「はーい嘘! 君今行けない理由を何かしら付けようとしましたよね? そうだよね? うんうん」

「…」

 遠慮がないべきなのか。食い気味彼女の言文には僕は後ろに引いてしまう。

「はーい素直に白状してくださーい。これ何度目? まったく……」

「…休日にまで何すると」

「休日だからお出かけするんでしょー?」

「それは君のような光合成をする人間くらいだろ」

「私が植物人間とでも言いたいわけ…?」

 彼女の言動でお互いの箸が止まる。口に入った食材が喉を通らない程、それはまるで、時そのものが停止したかのように。突然とした言葉が出てきたことにより僕は返す言葉がなかった。

「あぁ嘘嘘。今のは私がいけなかった。ごめん」

 本来の植物人間という意味を僕らは知っているからこそ、一瞬だが、決まづくなった。

「いいよ」

 彼女も話の流れで咄嗟に口が滑ったのかもしれない。それは彼女だけでなく僕にも一部非はある。重んじた空気も彼女が話を戻し、浮かぶ空のように晴らす。僕にはそれが難しい。

「なら日曜、10時駅ね。折角だからバイクで来てよ。君の乗る姿見たいし。私ちょっと遠出してみたいし」

「…乗らないって言ったよね。君もそう理解してくれたじゃん」

「一回くらい大丈夫だって! 綺麗にする事も大切だけど、バイクちゃんもきっと乗ってくれないと拗ねて君に愛想つきちゃうぞ?」

 また人に箸を向けながら偉そうに物事を立ててくる。当たらないよう顔を引いてから戻す。

「鉄の塊に愛称なんていらないよ」

「だけどもさー、バイクって乗ってなんぼやねん!ってよく言うでしょ? お父さん昔言ってたし」

「君の系統には関西が含まれている?」

「ん-ん。ただ言っただけ」

 なんだそれ…。

「私一度だけ乗ったことあるんだけど、その時記憶が曖昧でさっ。でも風とかは超気持ちよかった。だからもう一回死ぬまでには乗ってみたいなぁーって」

 大袈裟な言葉と大袈裟な態度が重なり、言葉が詰まらせる。

「死ぬまでって…。そんなオーバーな。人生まだまだ先長いでしょ」

「そぉかなぁ?  沈む瀬あれば浮かぶ瀬あり! 人間って何が起こるかわからない生き物じゃない?」

「珍しく難しい言葉を…。君のような人間は完全予測不可能だけどね」

「えぇそれ褒めてる?」

「そうかもね」

 再び箸を持つと、彼女が大きく首を横に振った。

「ちょいまちー! そうやって私を珍しく褒めてどさくさに話変えようとしても無駄無駄無駄!」

 聞きなれた甲高い声で一々ツッコミをしてくる彼女に、とうとう呆気を通り越し面倒っ気が指した。

「わかったわかった…………一度だけなら」

 仕方なしに言うと、彼女の口角が上がり、表情が一気に晴れた。

「やったぁ! そんじゃ日曜日よろしくね! 体調崩さないでよ。場所は今度また決めてメールする!」

「うん。こちらこそ」

 話の流れで、遂約束してしまい変えれない過去を知るからこそ少し後悔が浸る。

 その晩、僕はまたあそこへ向かった。夜の来るのはこの前も合わせて三度目。

 乗る事を辞めてから僕には恐怖というのが付きまとうようになっていた。

 再び恐る恐るハンドルへ手を伸ばす、当然唾も飲み込む。

 ピタっ――――と僕の指が何等かの物質と融合した瞬間また僕の脳内には再生されてしまう。まるで無空間へと吸い込まれるようなそんな悪夢が。

 それでもなんとか堪えるよう拳も爪が刺さるほど硬く握る。

 無意識に拳と同時に強く瞑りすぎた目を開けると一瞬ぼやけて視界に映るものが滲んだ。

 それが溶けていくと、僕の手は限りなくハンドルに触れていた。

 初めてだ、過去という恐怖に打ち勝てたのは。少しは喜びたいくらい。

 声や表現を出さない分安堵という息を一つ吐いた。

 ようやく僕に光が芽生えた気がする。

 放課後の帰り道。買い物の担当である僕は、今朝家を出る前、母から買い物代である三千円を財布にしまい、スマホに書き記したメモを頼りに、近所のスーパーマーケットへ寄り道した。

 今日は彼女から放課後の付き合いもなく心行くまま時間を過ごせる。そして彼女自身今日見ていない。普段教室で喧騒を起こす彼女がどういう風の吹きか、欠席をしていた。理由は今朝のホームルームで、出席確認したのち担任が、家庭の用事だと。そういう欠席はまれにないし、むしろ珍しい。

 それでも詮索も興味も特に湧かこともなく一日の学業を終え今に至る。メモにある食材を探しに買い物かごを取る。中華麺、ハム、錦糸卵、キュウリ、トマト。今日は冷やし中華だ。

 淡々と探し、そろえ、その後きゅうりとトマトがある野菜売り場へ。斜面上に積み重ねられたきゅうりの中から僕の目で判断する全体的にハリがあり色が濃く鮮度が高いのを選んだ。ようやく最後。すぐ横にあるトマトは全体がひどく目立つ。また視力を尽くし、一番みずみずしい物を高峰で見つけた。そのまん丸と大きな朱色のトマト、それを取ろうと手を伸ばしたその瞬間僕の視界に、トマト以外が移り込む。

 気のせいかと思ったが、それは違う。トマトに触れた僕の手の横に、まるで白菜かのような真っ白とし、長ネギのようにしならかと伸びた指の女性特徴の手だった。

 咄嗟にトマトから手を離し、すみませんと謝る。と同時に隣からも似たような言葉、見事に重なり顔を拝見してみると。

「あっ……ど、どうも…」

 先に一瞥してしまう。そこには見知らぬ女性でもなくどんな偶然か彼女が運ばれた病院先で僕を何故か引き止めようとした、あの変わったとも言える看護師。私服姿である以上顔を見るまで全く気付かなかった。

 向こうも僕の存在に遂動揺したまま返してきた。突然の出来事により思考が詰まる中何とか考え、トマトへ目線を向け

「えっと……これどうぞ」

 僕は選んだトマトをその看護師へ譲った。看護師もくっきりとした目元が揺れる程遠慮したがなんとか選んでくれた。そして買い物終わり、看護師にまた声をかけられ、近くの喫茶店へと入ることになる。

 夏場の喫茶店とはオアシス以上に、クーラーが効きすぎている肌寒さ。僕はアイスコーヒー、看護師さんも……同じのと。

 ウェイトレスに注文後、僕をここへ誘った理由も聞けず少し沈黙が続く。

 お互い緊張なのか状況性か、この初々しさ出る感じが不慣れな僕にはどうも痒くなる。そして余計肌が冷えた。

「この前はどうも、失礼しました」

 軽く頭を下げながら謝罪を述べられ、遂慌てて喉からいえいえと言葉を発す。

「私、あの日仕事が多くて疲れが酷く遂変な事を言ってしまって………」

 深々と反省顔をする看護師に僕も遂同情していしまい。

「それは……お気の毒に…」

 看護師という職業がどれほど肉体と精神にも影響するというのが目の前にいる人物の劣るようになった目で分かる。人を介護し、人の最後を何度も見てきたであろう。

「そう言えば…………自己紹介もまだでしたね」

「そう、でしたね」

 ようやくトントンと会話が進み、ほっと息を突きたくなる。今更だがそうだお互い何も知らない。

「私は、野村玲奈。看護師やってます…って、それは知ってるか。病院で会ったんですし」

 急に一人漫談なようなツッコミに自分の言動にクスと笑う。それにコーヒーの呑むふりして苦笑いで応じた。

「ところで君は? 高校生?」

「はい。桑原樹生、高校二年生です」

「へぇ、そんな年頃なのにしっかりしてるんだね」

「そんな事ないですよ。僕だってまだまだ子供です」

 それに玲奈さんは高校生かぁと、自信の高校時代を思い返すような顔をした。外の景色を見ながら窓に向かって微笑み言葉にはしていないがそれほど楽しかったのであろう。僕自身も大人になると思い返すのだろうかコーヒーを一口飲んで少し考える。

「学校に面白い子とかいる?」

「えぇ。一人」

 僕は彼女に事をその人に少し話した。くだらない事も真剣になることも僕が知っている事を全部。

「そっか、やっぱ君だったんだ」

「…ん?」

 すると玲奈さんはコーヒーを置いてその少し揺れた波を見たまま。

「あの日あの子を助けてくれたのは桑原君。君、だよね…?」

「はいっ」

「ほんとにありがとうね。看護師として一つの命を救った君の行動に感謝を伝えきれない程ある」

「そんな滅相もない。命なんて」

「ふぅんそう。でももう、和葉とは関わらないで頂戴」

「…え」

「だって、あの子もうすぐ死んじゃうもん」

「なに言って…」

 瞬時に頭の中が真っ白となった。思考がまだ追いつけるような状況ではなく玲奈さんのわずかな微笑みが恐怖を招くような気がした。

「今日学校休んだでしょ? 実はね昨日の夜から体調悪くて、今日また検査を受けたの。あの子にもまだ言ってないんだけど、もう寿命が少ないの。だから君に後悔してほしくなから………もう」

 これ以上の言葉を知らない。僕はあまりの事実に息までも奪われそうになった。あの彼女がだ。あの病気なんてしもしないような活発な子が、重い病を携わっているなんて。

 その晩メールが届く。

『やっほ今日親戚の叔母さんの引っ越しで休んじゃった! あっ? もしかして知ってる感じ? 一日中さぁー暑い中手伝わされてほんと、子供だからってこき使われすぎ。バイト代欲しいくらいクタクタだよー。でもさっ今から電話できない? 日曜日の事も含め! 連れて行ってもらうんだし私だけじゃなくて二人で日曜行く場所も決めたいし! どうかな…?』

 僕はそれを目にした時には自分の命令にもなく、既にスマホをそこらに放り捨てていた。

 彼女にどう向き合えばいいのか。僕は彼女をどう見ればいいだろうか。 

 そんな事実を持つ彼女の計り知れない笑顔の理由が僕はわからなかった。


 翌日になって気づいて寝てしまった事に気づく。彼女からはその後何も連絡が途絶えていた。

「昨日どうしたの? メール送ったのに既読したまま何も返してくれなかったじゃん? まーた無視したぁ?」

 学校にて朝、普段と変わらない明るい振る舞いを向けられる。それが今まで思いもしなかった事が僕の心情を揺さぶる。僕はかえって言葉を濁らせるしかできなくなった

「まぁいいよ! 君寝るの早いみたいだもんね。乙女のメールを見る前に、先に夢の世界へ溶け込んだんだ!」

 僕の口が開く事なく、彼女が立て続け言葉を変えてくる。普段と近いにも関わらず、今はまるで呆気のような、優しくされているようだった。

「それより日曜なんだけどさっ。遠出したいって言ったじゃん。 せっかくだしあそこ行かない? ちょっと遠いかもしれないけどさぁ………」

「嘘、だよね」

「…え? 急に何?」

 ようやく言葉が出る。短調で息が荒れそうでしかし¥もそれは唐突にも過ぎない。

 突如話を遮断された彼女は、笑顔を浮かべながらも若干話の邪魔をされたような顔を立てる。

 それでも今の僕には躊躇なんて文字は存在しなかった。

「おばさんの引っ越しって、あれほんと?」

 唾を飲んだ。そして息を小さく吸った。

 すると彼女の唇が今までないわずかな歪みを見せる。

「祭りで倒れたのも、貧血なんかじゃないって。病気は、大丈夫…なの?」

「あーうん……大丈夫大丈夫」

 全くそうとは思えない。まるで図星で誤魔化す様子。やけに僕の心臓がうるさくなってきた。脈が高く打つと共に思う。

 彼女の答えを聞きたくはなかった。耳がつぶれて鼓膜ごとはじけ飛んでほしかった。

 それが真実だなんてあってほしくなかった。嘘であってほしい。信じられない自分がいる。

 しかし彼女は笑みを薄めていき、それに溶け込む感じで。

「もしかして玲奈さんと会ったりした……?」

「…っ」

「あーやっぱそうなんだ。これでわかったよ。昨日ね夜家に来たんだけどさっ、なんだか様子おかしくてなんかあったのかなとはずっと思ってた」

 看護師と患者という間ながらもそこまで親しいという、でもそれより僕にはこのままだと辻褄通りになっていくのが未だに受け入れられない。彼女はどうして平気なのか。彼女はどうして今こうしていられるのか。彼女なんかがどうして………。

 すると僕の心情を抑えてくれるように、予鈴のチャイムが鳴った。

「うーんとりあえずさっ。今はあれだから放課後屋上来てよ。そこで全部話すから、ねっ?」

 彼女は、その言葉を本当の最後にし、教室へ急いで戻った。僕は初めて授業に少しだけ遅刻をした。

 ホームルーム終了のチャイムが教室で鳴り響き、彼女と共に教室を出ることもなく、後ろの席の小田君に帰りの挨拶を交わす事もなく一人教室を出て、喧騒で溢れ返る廊下から踊り場へ向かった。

 そのまま人の流れに逆らうよう、上へと進んだ。

 階段を一段、また一段登るたびに僕の心臓がトクン。これは何の意味をもたらしてるだろう。今から僕はクラスメイトの病気について、聞きに行く。こんな人間他にいるだろうか。

 ドアノブを回し、ゆっくりと開ける。その先に見えるのは、屋上の真ん中に一人、地平線へと流れていく飛行機雲を目で追いかけてゆく彼女がいた。

 ドアの音で僕の存在に気づき、首を降ろしてから視線を向けた。僕は彼女に近づくよう数歩進んだ。

「えっと、もう率直に話していいかな?」

「うん君に任せる」

 彼女は何のためらいもなく言った後、僅かに笑みを下にこぼした。

「私、心臓の病気なの。理科で弁って言葉習ったよね。これから先ちょっと難しい説明かもしれないけど、君勉強できる方みたいだし大丈夫だと思う」

 少し唾を飲み意を決し続けてと言う。

「そこの血液の循環が悪くて、動脈の血管が硬化しちゃうの。ようするに血が詰まるってことだから血流が止めるのと同じなんだよね。だからそれがいつ起こるかわからない状態で、いつ死んでもおかしくないの……………」

 彼女の口から出てくる次々の言葉。そこには夢も冗談もなんかも存在しなく、現実としかなかった。今でもその事実を信じたくない自分がいる。だってそうだ、あの彼女がだぞ。普段クラスではちゃけ、陽という言葉が似合うほど、いつも毎日を充実しまくっているような人間が、裏でそんな事実を背負っていただなんてまるで信じられない。

 ありえないなんてそう思いたかった。夢でもあってほしい。

 あの看護師の発言を聞いた途端、僕の何かが奪われたような気がした。それが何かなんてわからない、むしろ知りたくもなかった。僕の思考と、胸にある黒い霧のような何かが常に渋滞を起こしている。

「しかもね手術は頻繁には行えないの。心臓ってさ言っちゃえば人間の全てが詰まる場所。ハートは繊細とかって言うじゃん? あっ、今の冗談じゃないよ?」

 この場で冗談なんて僕が今欲しいものだった。

「だから何回も何回も繰り返すとどうしても弱っちゃうの。最悪手術中に死ぬ場合もあるの。今は大量の投薬して誤魔化しだけどなんとか抑えれている」

「そう、なんだ」

「お祭りの時もそう、心臓が弱くて我慢してた。だからあの時は笑って流したけど結構命にかかわった」

 その事実を知る僕はどういう心情をいればいいのか。そこまで生死に関わる事に携わったなんてとまるで動揺が隠せない。でもなぜ僕だけ動揺しているのか。彼女はなぜ普段通りの口調で言えるのか。

「君はどうして笑うの?」

 この間にも表情を何ぴたりとも、暗い文字に見せない彼女をどうしても僕は理解ができない。気を使ってるのか、そうではないと思う。自分がもうすぐ死に至ると、わかっていてどうしてここまで笑っていられるのか。悲しみに嘆くように笑っているのか。ひどく言えば諦めを付け狂うようになっている。でないとそこまでできない。僕ならば、きっとそうだから。

 すると彼女が小首を傾げた。

「…笑う以外なくない?」

 息を呑んだ。予想もしないまるで食い違いのような言動に、僕の思考が完全に停止した。

「治療に専念してくれるお医者様は常に、現実だけを伝えてきます。将来お酒飲みたい! ウェイティングドレス着てみたい!…なーんて言ってもすーぐ無理ですってきっぱりと言われる。デリカシーないようにも感じるけど、でも聞いた自分でもとっくに受け入れてる。むしろそれしかなくない? いつまでも人と違う現実を嘆いて感傷してても埒なんて明かない。何も変わらないのにどう足掻こうが無謀なだけ。そんなのむしろ心痛めるよ。これ以上病気なりたくないもん」

「…」

 彼女は自身の病気を隠す。その現実から少しでも負の感情へと近づけないため、いつも笑っているんだ。それはつまり、偽りの笑顔。励ます、とは全く別だ。逆に考えるとそれは自分を戒める行動に近い。僕なんかが、口を指すなんてことしないが、それでもどうしても納得なんてできなかった。
 
「ごめん、僕は嫌だよ。病気に掛かっている君ともう関わることなんてできない」

 自分自身少しおかしくもある。気づくのが遅かったくらい、きつい言葉を述べていた。このやけに荒ただしい心臓の音は全てそのせいだ。僕に今見える彼女は、消したい記憶に存在するあの子に見えてしまう。

 根拠も偶然も何もないというのに病気という文字が重なる。きっとあの子もそうだった。

 僕の思考が勝手に操作され、視界からはあの光景が移り込んでしまう。

 この嫌な心臓の音も、早く消したかった。

「そっかそうだよね。うん…わかった」

「…」

「ごめんね……」

 彼女の笑みを無くすような少し落ち込む姿を僕は夕日と共に背で隠し、一人屋上を立ち去った。

 それでも彼女は強いんだ。そんな病気と闘っているのにも毎日を謳歌できるのだから。でも僕は違う。

 家に帰って就寝するまでも。最後の『ごめんね』が、ずっと耳に残ったままだった。