「ねーまだー?」
 少女の間延びした声が辺りに響く。
「うるせぇなーもうちょっと待ってってば」
 リトが焦った声を出しながらも格闘しているのを、クラヴィアは笑って見守った。リトのいつもの練習場所である草原には、柔らかい春の風が吹き渡っていた。
「リト、遅いー! もうノーテちゃんにやってもらおっかなー」
「待てって! 俺との約束だろ!」
「だってさー、ノーテちゃんのヴァイオリンあたしすごい好きなんだもん」
「そ、れは、いいことだけどよぉ」
 あはは、とノーテも笑う。金の髪がさらさらと揺れる。
「クレスタちゃんにそんなこと言ってもらえるのは光栄かも」
「なーに言ってんの、ノーテちゃん、今やリトなんかよりも街の人気者だかんねー! 私もお母さんも、ノーテちゃん大好きー」
「おい、リトなんかってなんだ! なんかって!」
「あっ、でもお母さんはクラヴィアのこともめっちゃ好きで、こないださー、クラヴィアみたいな素敵な子を育てたご両親の顔見てみたい、とかなんとか言ってたよ!」
 かつてリトに命を救われた少女は楽しそうに語り続ける。
「そんなこと言われてたのか。今度送る手紙に、こっちに遊びに来てみないかって書いてみようかな」
「おー、いーじゃんー! 来ることになったら教えてよー、私も会ってみたい!」
「ッおい、俺を無視するなよ! 寂しいだろ!」
「あーごめんごめん、リトもかっこいーよ」
「適当だなぁ……」
「あーほら、めちゃくちゃ集中しないとまだできないんでしょー? こんなんで心乱さないでさー」
「お前が急かすからだろ!」
「ハイハイ」
「……くっそこいつめ……」

 笑い声の響き渡る草原に、ふわりと光が浮かび始めるまで、もうそう時間はかからなかった。