誰かが紅華の部屋の扉を叩いた。
「どうぞ」
「紅華様」
扉があいて顔を出したのは、睡蓮だった。
「こんにちは。お加減はいかがですか?」
「ええ、ありがとう。それより睡蓮こそ、呼んでくれたらこっちから行ったのに。足元、気をつけて」
紅華は、大きなお腹を押さえながら入ってきた睡蓮を気遣うように椅子をすすめた。睡蓮は、礼を言ってその椅子に座る。
「もう産み月なので、なるべく動いた方がいいのだそうです。それに、紅華様の方が今は大事な時期でしょう? つわりはもう、おさまりましたか?」
紅華も、その前の椅子に座ってため息をついた。
「ええ、ようやく。睡蓮はほとんどなかったわよね。あれを見ていたから、つわりってもっと楽なものかと思っていたわ」
「私の場合は食べていれば大丈夫だったので、逆に食べ過ぎないようにするのが大変でした」
「どっちにしても、出産って大変なのねえ。それはそうと睡蓮、私相手にそんな言葉遣いはいいっていったじゃない。あなたは皇后なんだから」
「あ……つい、くせで」
恥ずかしそうに睡蓮が頬を染めた。話している二人の前に、ことりとお茶が置かれる。
「産まれたらもっと大変ですのよ」
紅華つきの女官、白露が笑いながら言った。
白露は、睡蓮の後に紅華付きとなった女官で、自身も3人の子供を産んでいる年配の女性だ。ずっと天明の世話を務めていたが、睡蓮が皇后として後宮入りしたことでその後任を引き受けることとなった。
「お二人とも、ご自分でお育てになるのでございましょう? 生まれたての赤ん坊なんて、一日中泣いているかお乳を飲んでいるかむつきを変えているか。いずれにしろ、大変ではありますよ」
「あまり脅かさないでちょうだい、白露。あなたも手伝ってくれる約束でしょう?」
げんなりした顔で紅華が言った。
「ほほほ、もちろんです。私だけではありません。お子たちがお生まれになったら、きっと他の女官たちだってこぞって面倒を見たがりますわ。楽しみですわね」
その時、また扉がたたかれた。白露が開けると、女官が一人立っている。その女官が白露に何事かをささやくと、白露が驚いたように振り向いた。
「皇后様、貴妃様」
「「え?」」
女官の後に続いて現れたのは、白露ほどの年配の女性だった。紅華と睡蓮は、奥の長椅子を空けてその女性を待つ。
「まあ、お二人とも、大事な体なのだからどうぞお座りになって」
おっとりと言って微笑むのは、皇太后である。
「ようこそおいでくださいました、皇太后様」
紅華が言って、皇太后に椅子をすすめる。皇太后が女官を帰して椅子に腰を下ろすと、二人も卓を囲む形で座った。
「沙皇后様がいらっしゃっていることを知らずに来てしまって、ごめんなさい。お二人の時間を邪魔してしまいましたね」
「いいえ、邪魔などと。にぎやかになって、嬉しいですわ」
紅華の言葉に、睡蓮も微笑んで頷く。ほ、としたように皇太后も笑った。
二人は、この穏やかな義母が好きだった。
「よかった。実はわたくし、蔡貴妃様だけでなく沙皇后様ともゆっくりとお話をしたいと思っていたのです。お二人に……感謝を」
「感謝……ですか?」
紅華と睡蓮は顔を見合わせる。
「私の子どもたちを、愛してくれてありがとう」
は、と二人は顔をこわばらせた。
紅華が貴妃に、睡蓮が正式に皇后となって後宮入りしてもう一年になる。その二人が次々に身ごもったことで、晴明の世継ぎは安定、と世間では思われていた。
どちらの父親も『皇帝陛下』には違いないのだが、その秘密を知るものは少ない。
「どうぞ」
「紅華様」
扉があいて顔を出したのは、睡蓮だった。
「こんにちは。お加減はいかがですか?」
「ええ、ありがとう。それより睡蓮こそ、呼んでくれたらこっちから行ったのに。足元、気をつけて」
紅華は、大きなお腹を押さえながら入ってきた睡蓮を気遣うように椅子をすすめた。睡蓮は、礼を言ってその椅子に座る。
「もう産み月なので、なるべく動いた方がいいのだそうです。それに、紅華様の方が今は大事な時期でしょう? つわりはもう、おさまりましたか?」
紅華も、その前の椅子に座ってため息をついた。
「ええ、ようやく。睡蓮はほとんどなかったわよね。あれを見ていたから、つわりってもっと楽なものかと思っていたわ」
「私の場合は食べていれば大丈夫だったので、逆に食べ過ぎないようにするのが大変でした」
「どっちにしても、出産って大変なのねえ。それはそうと睡蓮、私相手にそんな言葉遣いはいいっていったじゃない。あなたは皇后なんだから」
「あ……つい、くせで」
恥ずかしそうに睡蓮が頬を染めた。話している二人の前に、ことりとお茶が置かれる。
「産まれたらもっと大変ですのよ」
紅華つきの女官、白露が笑いながら言った。
白露は、睡蓮の後に紅華付きとなった女官で、自身も3人の子供を産んでいる年配の女性だ。ずっと天明の世話を務めていたが、睡蓮が皇后として後宮入りしたことでその後任を引き受けることとなった。
「お二人とも、ご自分でお育てになるのでございましょう? 生まれたての赤ん坊なんて、一日中泣いているかお乳を飲んでいるかむつきを変えているか。いずれにしろ、大変ではありますよ」
「あまり脅かさないでちょうだい、白露。あなたも手伝ってくれる約束でしょう?」
げんなりした顔で紅華が言った。
「ほほほ、もちろんです。私だけではありません。お子たちがお生まれになったら、きっと他の女官たちだってこぞって面倒を見たがりますわ。楽しみですわね」
その時、また扉がたたかれた。白露が開けると、女官が一人立っている。その女官が白露に何事かをささやくと、白露が驚いたように振り向いた。
「皇后様、貴妃様」
「「え?」」
女官の後に続いて現れたのは、白露ほどの年配の女性だった。紅華と睡蓮は、奥の長椅子を空けてその女性を待つ。
「まあ、お二人とも、大事な体なのだからどうぞお座りになって」
おっとりと言って微笑むのは、皇太后である。
「ようこそおいでくださいました、皇太后様」
紅華が言って、皇太后に椅子をすすめる。皇太后が女官を帰して椅子に腰を下ろすと、二人も卓を囲む形で座った。
「沙皇后様がいらっしゃっていることを知らずに来てしまって、ごめんなさい。お二人の時間を邪魔してしまいましたね」
「いいえ、邪魔などと。にぎやかになって、嬉しいですわ」
紅華の言葉に、睡蓮も微笑んで頷く。ほ、としたように皇太后も笑った。
二人は、この穏やかな義母が好きだった。
「よかった。実はわたくし、蔡貴妃様だけでなく沙皇后様ともゆっくりとお話をしたいと思っていたのです。お二人に……感謝を」
「感謝……ですか?」
紅華と睡蓮は顔を見合わせる。
「私の子どもたちを、愛してくれてありがとう」
は、と二人は顔をこわばらせた。
紅華が貴妃に、睡蓮が正式に皇后となって後宮入りしてもう一年になる。その二人が次々に身ごもったことで、晴明の世継ぎは安定、と世間では思われていた。
どちらの父親も『皇帝陛下』には違いないのだが、その秘密を知るものは少ない。