「そんなに心配するほどのことじゃない。毒の匂いをおさえるために量が少なかったのが幸いしたな。しびれが残っているが、呼吸も苦しくないし、しばらく休めば大丈夫だ」

「そうか」

 ほ、と息を吐いた天明が、崩れるように長椅子に座る晴明に手を貸す。

「くそっ……俺が変わっていれば……!」

「私の休憩の時間だったんだ。いつもの饅頭だと思ったから油断した。それか、紅華殿も一緒だったから、浮かれていたのかな」

「陛下……」

 苦しいだろうに、晴明は紅華を気遣うようにそう言った。天明は唇をかみしめる。

「今、給仕をしてた者を調べさせている。毒を盛った奴を見つけたら……許さない」

「天明」

 晴明は、落ち着かせるために、天明の手を握った。 

「私は、大丈夫だから」

 その意を汲み取った天明は、目を閉じて苛立った顔を伏せた。

 その時、扉が開いて睡蓮が入ってくる。

「陛下、氾先生がこれを」

 薬の包みを晴明に渡すと、睡蓮は水差しから湯呑みに水をそそいで晴明に渡す。だが晴明の震える手では、それを受け取ることができない。

「失礼します」

 すると、睡蓮はすばやく晴明の手から薬の包みを取り、それを開いて晴明の口元に運んだ。粉を全部口の中に入れると、持っていた湯呑みを晴明に飲ませる。体のしびれが強くうまく飲めずに少しこぼしたが、晴明はなんとか薬を口にすることができた。

 晴明は、長椅子に背を預けて大きく息を吐く。こころなしか、顔色も戻ってきたようだった。

「いかがです? 体は動きますか?」

 しばらく様子を見ていた睡蓮が、心配そうに声をかけた。

「ありがとう、睡蓮。もう大丈夫だ」

 弱々しくもはっきりと言って、晴明は後ろで見ていた紅華に目を向けた。

「みっともない姿を見せてしまったね。そろそろ挨拶の準備をしなくてはいけない。あなたは、もう行ってください」

「でも……」

「これ以上、あなたに無様な姿を見せたくないのですよ」

 ちらり、と晴明が天明に視線を向けると、察した天明は紅華に笑ってみせた。

「俺が晴明についているんだ。心配するな」

 天明は、いつもの調子で軽く言った。二人にそう言われてしまえば、紅華も無理にとは言えない。

「わかりました。では、御前失礼します。ご無理なさいませんように、晴明様」

「ありがとう。また、一緒にお茶を飲もう、今度は毒抜きの饅頭でね」

 まだ青白い顔で、晴明はそんな風に言って笑った。その白い顔を見ながら、紅華はこわばった笑顔で、はい、と小さく答えて、睡蓮と一緒に執務室をあとにした。

 部屋へ戻りながらも、後ろ髪をひかれる思いで紅華はちらりと背後を振り返る。

「陛下、本当に大丈夫かしら」

「解毒薬が効けば、おそらくもう大丈夫です」

「陛下も睡蓮も、手慣れていたわね。こういうことって、初めてではないの?」

 紅華の背後について歩いていた睡蓮が、硬い声で答えた。

「……はい。皇太子だったころから、お命を狙われることは度々ありました」

「どうしてそんな……」

 睡蓮は、一拍置いてから答えた。

「晴明様の御母堂様は、後宮内ではあまりよく思われていない方でした。それで第一皇子とはいえ晴明陛下が皇太子となられたことは反発も大きく……皇帝に即位された晴明様を弑しようとする輩がいるものと思われます」 

 紅華は、天蓋が落ちた時のことを思い出してぞっとした。多少の覚悟はしていたが、まさかこれほど日常茶飯事に人の命を左右する出来事が起こるとは。

「平和な後宮なんて、どこにもないのね」

「ですから晴明様は、皇太子であったころから、後宮にはたった一人のお妃様しか置かないと宣言しておられました」

「え?」

 初めて聞く話に、紅華は睡蓮を振り返る。