「素敵な贈り物を、ありがとうございます。陛下」
しなびかけているその花を、紅華は両手で優しく包む。
「ほう。貴妃様への贈り物に雑草など……と思ったが、まんざらでもなさそうだ」
独り言のようなつぶやきは、天明だった。それを聞いて晴明が苦笑する。
「今度はもう少し考えたものにするよ。さきほどはあまり話もできなかったから、もう少し話をしてみたかったのだけれど」
「どうぞ、お入りください」
「いや、やっぱり今日はこれで失礼するよ。今度来るときには、もっと話をしよう」
「はい。楽しみにしております」
笑顔を返すと、晴明も嬉しそうに笑ってくれる。それから晴明は、部屋の中にいた天明に声をかけた。
「お前も帰るぞ」
「俺はもう少し紅華殿と親交を深めてから」
「お前ばかり話すのはずるいじゃないか。いいから来い」
くだけた晴明の物言いに、紅華は目を瞬く。
(ずるいって……ナニソレ、かわいい)
皇帝相手に、笑うのはそれこそ失礼だ。慌てて紅華は、会釈をするふりでほころんでしまった顔を俯けた。
天明は肩をすくめると、晴明のいる扉へと向かった。そして紅華とすれ違いざま、彼女だけに聞こえる声で小さく囁く。
「……」
「え?」
は、と顔をあげた紅華を振り返ることもなく、天明は部屋を出ていった。
(なに? 今の言葉は……)
「蔡貴妃様?」
やけに険しい視線で見送る紅華に、心配そうに睡蓮が声をかけた。その声で、紅華は我に返る。
「いえ、なんでもないわ。……本当にそっくりなのね、あのお二方。他のご兄弟もあんな顔しているの?」
なんとなく今の天明の言葉については話せずに、紅華は別のことを聞く。睡蓮は、ゆるりと首を振った。
「いえ、ご兄弟の中でもお二人は特に、先々代の皇后……お二人のおばあさまによく似ておられます。他の方々は年も離れておりますし、あれほどに似てはおりません」
「そう。とてもきれいな方だったのね」
二人とも黙って立っていれば相当の美丈夫だった。
(同じ歳、ということは、天明様は第二皇子なのね。何を考えていらっしゃるのかしら)
「あの、貴妃様」
紅華が考えこんでいると、おずおずと睡蓮が声をかけてきた。
「なあに?」
「天明様のことは、他の方にはあまりお話にならないでください」
「え、どうして?」
睡蓮は、少し考えてから口を開いた。
「天明様のことは宮中でもあまりよく思わない方が多いので……うっかりあの方とお知り合いと思われてしまうと、蔡貴妃様にご迷惑をおかけすることがあるやもしれません」
(どんだけ評判悪いのよ、あの男!)
呆れた紅華だが、それでも皇族ならばおろそかにはできない。
「わかったわ。それと睡蓮、私からもお願いしていいかしら?」
「どのようなことでしょう?」
「あの、天明様の前での私の失態は、できれば晴明陛下には内緒にしておいてください……」
尻つぼみに言って紅華が上目遣いになると、睡蓮は目を瞬いた後、穏やかに笑んだ。
「かしこまりました。内緒、ですわね」
「ありがとう」
ほ、と息をはいた紅華に、睡蓮は艶やかに微笑む。
「遅くなってしまいましたね。急いで夕餉にいたしましょう」
睡蓮が部屋をでていくと、紅華は長椅子に座って体の力を抜いた。
「ふう……」
一人になると、思っていたより気を張りつめていたことを実感する。本当に慌ただしい一日だった。
ふと、去り際の天明の言葉が頭によぎる。
『一刻も早く後宮を去れ』
微かな声ではあったが、はっきりと紅華の耳に届いた。
「どういうこと……?」
もしかして晴明には、夫にするには何か問題でもあるのだろうか。いや、そう言った天明こそが注意すべき人物なのかも知れない。では、何のためにあんなことを言ったのだろう。それまでの軽い調子の声音と違うことからしても、単なる冗談とは思えない。
「わけわかんないわ」
少なくとも紅華には、晴明は好感を持てる青年のように見えた。幸い、これからしばらくは晴明が喪中に入るので、紅華との婚礼は喪が明けてからになるだろう。その間に、少しでも晴明の本性を知ればいい。
それでどうしてもだめだと思ったら、貴妃だろうがなんだろうが、振り切って後宮を飛び出してやる。紅華は物騒な考えにたどりついた。
(……優しそうな人だったな。晴明陛下)
その通りの人ならいいな、と紅華は思った。
しなびかけているその花を、紅華は両手で優しく包む。
「ほう。貴妃様への贈り物に雑草など……と思ったが、まんざらでもなさそうだ」
独り言のようなつぶやきは、天明だった。それを聞いて晴明が苦笑する。
「今度はもう少し考えたものにするよ。さきほどはあまり話もできなかったから、もう少し話をしてみたかったのだけれど」
「どうぞ、お入りください」
「いや、やっぱり今日はこれで失礼するよ。今度来るときには、もっと話をしよう」
「はい。楽しみにしております」
笑顔を返すと、晴明も嬉しそうに笑ってくれる。それから晴明は、部屋の中にいた天明に声をかけた。
「お前も帰るぞ」
「俺はもう少し紅華殿と親交を深めてから」
「お前ばかり話すのはずるいじゃないか。いいから来い」
くだけた晴明の物言いに、紅華は目を瞬く。
(ずるいって……ナニソレ、かわいい)
皇帝相手に、笑うのはそれこそ失礼だ。慌てて紅華は、会釈をするふりでほころんでしまった顔を俯けた。
天明は肩をすくめると、晴明のいる扉へと向かった。そして紅華とすれ違いざま、彼女だけに聞こえる声で小さく囁く。
「……」
「え?」
は、と顔をあげた紅華を振り返ることもなく、天明は部屋を出ていった。
(なに? 今の言葉は……)
「蔡貴妃様?」
やけに険しい視線で見送る紅華に、心配そうに睡蓮が声をかけた。その声で、紅華は我に返る。
「いえ、なんでもないわ。……本当にそっくりなのね、あのお二方。他のご兄弟もあんな顔しているの?」
なんとなく今の天明の言葉については話せずに、紅華は別のことを聞く。睡蓮は、ゆるりと首を振った。
「いえ、ご兄弟の中でもお二人は特に、先々代の皇后……お二人のおばあさまによく似ておられます。他の方々は年も離れておりますし、あれほどに似てはおりません」
「そう。とてもきれいな方だったのね」
二人とも黙って立っていれば相当の美丈夫だった。
(同じ歳、ということは、天明様は第二皇子なのね。何を考えていらっしゃるのかしら)
「あの、貴妃様」
紅華が考えこんでいると、おずおずと睡蓮が声をかけてきた。
「なあに?」
「天明様のことは、他の方にはあまりお話にならないでください」
「え、どうして?」
睡蓮は、少し考えてから口を開いた。
「天明様のことは宮中でもあまりよく思わない方が多いので……うっかりあの方とお知り合いと思われてしまうと、蔡貴妃様にご迷惑をおかけすることがあるやもしれません」
(どんだけ評判悪いのよ、あの男!)
呆れた紅華だが、それでも皇族ならばおろそかにはできない。
「わかったわ。それと睡蓮、私からもお願いしていいかしら?」
「どのようなことでしょう?」
「あの、天明様の前での私の失態は、できれば晴明陛下には内緒にしておいてください……」
尻つぼみに言って紅華が上目遣いになると、睡蓮は目を瞬いた後、穏やかに笑んだ。
「かしこまりました。内緒、ですわね」
「ありがとう」
ほ、と息をはいた紅華に、睡蓮は艶やかに微笑む。
「遅くなってしまいましたね。急いで夕餉にいたしましょう」
睡蓮が部屋をでていくと、紅華は長椅子に座って体の力を抜いた。
「ふう……」
一人になると、思っていたより気を張りつめていたことを実感する。本当に慌ただしい一日だった。
ふと、去り際の天明の言葉が頭によぎる。
『一刻も早く後宮を去れ』
微かな声ではあったが、はっきりと紅華の耳に届いた。
「どういうこと……?」
もしかして晴明には、夫にするには何か問題でもあるのだろうか。いや、そう言った天明こそが注意すべき人物なのかも知れない。では、何のためにあんなことを言ったのだろう。それまでの軽い調子の声音と違うことからしても、単なる冗談とは思えない。
「わけわかんないわ」
少なくとも紅華には、晴明は好感を持てる青年のように見えた。幸い、これからしばらくは晴明が喪中に入るので、紅華との婚礼は喪が明けてからになるだろう。その間に、少しでも晴明の本性を知ればいい。
それでどうしてもだめだと思ったら、貴妃だろうがなんだろうが、振り切って後宮を飛び出してやる。紅華は物騒な考えにたどりついた。
(……優しそうな人だったな。晴明陛下)
その通りの人ならいいな、と紅華は思った。