公園の出口で別れたあと、茉白は交通事故に遭い、頭を打ち入院してしまう。
 茉白が事故に遭ったと学校で聞いた俺は、毎週日曜日、噴水の前へ通い、彼女が戻ってくるのを待った。

 そして事故から半年後、茉白はスケッチブックを抱えて、やっと俺の前に現れた。

「あの、森園さん……俺のこと、覚えてますか?」

 はじめて会った日から半年も経っているんだ。
 あの日のことを忘れていても仕方ないとは思っていたけど。
 茉白は困ったように微笑んで、姉から聞いたという言葉を口にした。

「ごめんなさい。私、朝起きると、記憶が消えてしまうらしいんです」

 意味がわからず立ちつくす俺の前で、茉白はたどたどしく説明してくれた。

 自分の名前や、家族構成、幼いころの記憶はあるのに、事故に遭った日以降の記憶がない。
 ないというか、一日経つと忘れてしまう。
 今日起きたできごとも、行った場所も、会った人も、話した会話も……明日になれば全部消える。
 学校の授業も記憶に残らないから、茉白は高校を辞めてしまったという。

 そしてあの日はじめて会った俺の記憶も、茉白の頭から消えていた。
 それでも俺は、今週は覚えているかもと期待して、日曜日になると茉白に尋ねる。

「こんにちは、森園茉白さん。俺のこと、覚えてますか?」

 だけど今日も茉白にとって、俺は見知らぬ相手だった。