「今日は出かけないの?」

 リビングでぼうっとテレビを見ていたら、母親に言われた。

「そういえば最近、いつも家にいるね。毎週日曜日は、どっか行ってたくせに」
「うるせぇな」

 リモコンで乱暴にテレビを消し、立ち上がる。

「ちゃんと勉強しなさいよ。部活も辞めちゃって、暇なんでしょ?」

 その声には答えず、自分の部屋に入りドアを閉めた。
 街の中で茉白の背中を見送ってから、俺は公園に行っていない。

『誰?』

 俺を見つめる茉白の怯えた瞳。かすかに震えていた白い腕。
 きっと俺は、茉白をずっと苦しめていた。
 会うたびに「覚えてる?」って聞いて、ずっとずっと苦しめていた。

「くそっ……」

 両手をベッドに叩きつけ、頭を沈める。
 そっと視線を動かすと、部屋の隅に置いてあるサッカーボールが見えた。
 空っぽの心に、木漏れ日の中で微笑んでいる茉白の笑顔が浮かぶ。

「もう一度だけ……」

 俺はゆらりと重い体を起こした。

 もう一度だけ、茉白の顔を見に行こう。
 気づかれなくていい。声もかけない。

 そして明日になったら、茉白のことは忘れるんだ。
 俺を忘れてしまう、茉白と同じように。