こぼれた涙も君の記憶も、ラムネ瓶の中に閉じこめて



 次の週、公園に茉白がいなかった。
 雨が降っても雪が降っても、必ず茉白はここにいたのに。
 驚いて捜しまわると、街中に立っている茉白を見つけた。

「茉白っ!」

 よかった。無事だった。
 思わず駆け寄って、その腕をぐっとつかむ。

「捜したんだぞ!」
「ひっ」

 茉白が肩をびくっと震わせ、俺の手を振り払った。

「誰?」

 その声が、胸にぐさりと突き刺さる。

 茉白は完全に怯えていた。
 そうだろう。知らない男にいきなり腕をつかまれれば、誰だって驚く。

 茉白の気持ちを想像したら、心の中がすうっと空っぽになっていく気がした。

「す、すみません」

 つかんでいた手をそっと離す。

「人違い……でした」

 そうつぶやいた俺を、駆けつけてきた茉白の姉が見た。
 茉白は今日、スケッチブックを持っていなかった。
 姉があの公園に行かせなかったのかもしれない。

「茉白、お待たせ。買い物行こう」
「うん」

 姉に手を引かれ、茉白が歩きだす。

 茉白は俺のことを覚えていない。約束したことも覚えていない。
 俺の前で笑ったことも、一緒にラムネを飲んだことも、俺が来てくれるだけでいいと言ってくれたことも……
 ラムネ瓶の中の泡のように、全部茉白の頭から消えてしまった。

 茉白の記憶障害はいつ治るんだろう。このまま治らなかったら?
 俺は茉白にとって毎回ずっと、見知らぬ相手のままなんだ。

 呆然と立ち尽くす俺を、振り返った茉白が見た。
 そんな茉白の手を姉が引っ張り、ふたりは人混みの中に消えていく。
 その姿がじんわりと滲んで、足元に透明なしずくがぽたぽたと落ちた。