サッカーボールを持って公園を出る。うつむいて歩いていると、背中に声をかけられた。

「羽野青慈くん」

 振り返った俺の目に、知らない女の人の姿が映る。

「君の話は、妹からよく聞いてるよ。本人はすぐ、忘れちゃうけど」
「……茉白のお姉さん?」

 女の人がうなずく。ちょっと気が強そうだけど、色素の薄い感じが茉白に似ている。
 茉白の姉は、俺の前に立ち止まってこう言った。

「でもね、もう茉白には会わないでほしいの」

 突然の言葉に声を失う。

「ごめんね。茉白は毎週、君のことを忘れないように記録しているけど、私が消してるんだ」
「なんでそんなこと……」

 姉が静かに目を伏せる。

「これは君のためなんだよ。どんなに君が茉白を想ってくれても、茉白は覚えていられない。たとえ記録に残っていても、心の中には残っていない。まだ高校生の君に、そんな辛い想いはさせたくないの」

 汗ばんだ手のひらを、ぎゅっと握った。

「もう茉白のことは忘れて。君には普通の高校生がしているみたいな、普通の恋愛をしてほしい。ね? お願い」

 姉の顔は、茉白と同じように悲しそうだった。
 この人の言いたいことはわかる。わかるけど……
 もしかしたら明日には、茉白の記憶障害が治っているかもしれないじゃないか。

「でも俺は……また来週会いにきます」

 姉が顔をしかめる。

「だって約束したから……俺は、茉白と」

 また来週会いにくるって。