「こんにちは、森園茉白さん。俺のこと、覚えてますか?」

 俺は残酷だ。茉白が覚えてないとわかってて、毎回尋ねる。
 茉白は今日も、スケッチしていた手を止め、困ったようにかすかに微笑む。

「ごめんなさい。私、朝起きると、記憶が消えてしまうらしいんです」

 俺は茉白の前で、今日も笑顔を作る。

「俺、羽野青慈っていいます。茉白さんが通ってた高校の、二年後輩です」

 いつもの自己紹介をしたあと、俺は茉白にサッカーボールを見せた。

「今日は、これを持ってきたんだ」

 茉白が首を傾げる。先週自分で言った言葉を、茉白は覚えていない。

「そこで見てて」

 得意なリフティングをやってみた。久しぶりだったけど、体が覚えてくれていた。

「わぁ、お兄ちゃん、すごい!」

 近くにいた子どもたちが集まってくる。
 珍しく褒められて、気分がよくなってきた。きっと俺は今、調子に乗ってる。

 でもなんだか楽しくて。こんな気持ちになったのは、いつぶりだろう。
 俺、やっぱり、サッカーが好きなのかも。