「こんにちは、森園(もりぞの)茉白(ましろ)さん。俺のこと、覚えてますか?」

 七月の、生ぬるい風が吹く日曜日の午後。
 公園の噴水は青空に向かって高く噴きあがり、水しぶきを浴びる子どもたちの歓声が響く。

 そんな光景をスケッチしながら、茉白はいつものベンチに座っていた。
 緑の葉がさわさわと揺れ、膝の上のスケッチブックに木漏れ日が落ちる。
 ゆっくりと視線を上げた茉白は、少し首を傾げ、困ったように微笑んだ。

「ごめんなさい。私、朝起きると、記憶が消えてしまうらしいんです」

 茉白は今日も、姉から説明されたとおりのセリフを口にする。
 俺は茉白に笑いかけ、先週と同じセリフを繰り返す。

「俺、羽野(はの)青慈(せいじ)っていいます。茉白さんが通ってた高校の、二年後輩です」

 茉白は戸惑っている。覚えてないからだ。
 だけど俺は笑顔を崩さず、言葉をつなげる。

「となり、座ってもいい?」

 戸惑いつつ、たぶん今日も、茉白は俺を受け入れてくれる。

「……はい。どうぞ」

 少し口元をゆるめた茉白が、ベンチに人の座れるスペースを作ってくれた。