「うらうらうらァ! あははははッ!」
洞窟内に、幼女の力強い声が響き渡る。
魔竜・ベルアインという幼女は、ダンジョン内をところ狭しと飛び回っていた。
「一匹! 二匹! そこに三匹っ!」
「楽しそうだなぁ……」
本来ならパーティごとに一体ずつしか倒せないであろう大型モンスターが、大木が伐採されるように次々となぎ倒されていく。
一直線に飛んでいく度に一体。壁へ一旦着地し、更なる跳躍で一体。
あんなに小さな体なのに、スピードとパワーが人間とはけた違いだった。
「これでトドメだぞ!」
天井付近まで飛び上がったベルは、すぅっと息を吸い込んだかと思うと、その口からぶわっと大炎を吐き出した。
フロアいっぱいを包む炎は、もはや大魔法クラスである。
焼け焦げて消滅していくモンスターたちを背に、ベルは安全圏に居た俺のほうへてってっと駆け寄り、「どうだ!?」と目を輝かせた。
「うん……、つ、強いなベルは! あ、あははははっ!」
「そうだろ!? まだまだ本気じゃないぞ!」
「そうなのかぁ……。すげぇな」
現在俺たちは、崖の地点の通路から一歩外に出た場所で戦闘を行っている。
魔物除けはまだ張ったままなのだが、外にモンスターが見え、ベルが「ちょっと行ってくるぞ!」と勢いよく飛び出してしまったので同行したかたちだ。
「ううむ血気盛ん」
元気が戻った瞬間にこれである。
ただまぁ……、早いうちに実力が知れたから良かったと言えば良かったのかな?
「ベルちゃんすごい強いんだね! 私びっくりしちゃった!」
「お、おう……。良かった。やっぱアレ、普通の強さじゃないんだよな……?」
「そうですわねぇ。魔竜の中でも相当上位に位置する破壊力だと思いますわよ我が夫」
「やっぱそうなのか……」
俺が感心していると、二人はそういう風にベルを評した。
これまでの人間準拠の強さはあてにならないからなぁ。この子らの言葉くらいしか、測るモノサシがないのである。
ちなみにルーチェの「我が夫」呼びは、時間の都合上理由を問い詰めるのは後回しにした。
ツッコミどころが多すぎてちょっと胃もたれ気味なので。すまんな……。
「まぁあれくらいならわたくしも出来ましてよ。根性があればどうとでもなりますわ」
「やっぱ根性論なのか……」
「……? 気持ちの入れようで魔法の威力が大きく変わるのは、常識ではなくって?」
「いや、そうなんだけど! それを根性で片付けられると、意味合いというか、ニュアンスが変わってくるだろ!?」
「ふぅむ……、ニンゲンは難しいのですわねぇ」
「いや、その感性はルーチェちゃんだけだよさすがに」
やっぱそうなのか。
ただまぁ、ベルも根性論者な気がせんでもない。性格的に。
そんな彼女はとても気持ちよさそうにこちらへ帰還する。
「ふ~、さっぱりしたぞ! 楽しかった楽しかった!」
一風呂浴びたばっかりのようなスッキリした表情を見せ、朗らかに笑う褐色幼女。
あのモンスターたちって、一応Bランク以上の力があるんだけどな……(前のパーティはCランク)。
このダンジョンだって、やや背伸びをして挑戦したのだ。まぁ、新規団員でBランクのユミナが入ったからというのもあったのだけれど。
「あいつ等……、元気かな」
恨む気持ちもないではないが。
今はともかく、旧友らの行く末が心配ではある。
ベルは気軽に倒してはいるものの、アイツらはそうではないだろうからな。
消滅していくモンスターの残滓を眺めつつ、俺はそんなことを考えていた。
ドリー・イコンという男が去ってから。
私、ユミナ・クライズムは。このパーティのバランスが、やや歪んできているような気がしてならなかった。
「ユミナ、どうかしたのかァ?」
「あぁいや。特に何もないよ」
このパーティのリーダー・レオスにそう応えて、私は警戒しつつ殿を務める。
「ドリー、か……」
聞こえないよう、小さく声に出して呟いた。
あまり魔法剣士に見えない、太り気味な男。
小心者のようでいて、意外と大胆な決断をする。それが経験則によるものか、熟考の果てに導き出したものなのかは分からないが、大抵あの男が動くと、事態が『少しだけ』好転する。
「ふむ……」
この――――『少しだけ』というところがみそだ。
その効能というか効果のようなものに、おそらくこのパーティメンバーは気づけていない。
おそらく私でさえも全ては気づけていないのだろうし、そもそもコトを起こしている本人自体、無自覚だろう。
やれることをただやっているだけ。
このダンジョンクエスト中……、それもたったの六階層しか一緒には居なかったものの、そういう性質なのだろうなということは、薄くだが理解した。
「人が良さそう……とは、また違うか」
まぁなんにせよ。あの短期間で人となりを把握することは難しいか。
ただやはり……、どことなく気にはなる。
足りないところに手を伸ばしていたというか、パーティ全体のバランスをとっていたというか。
同じ魔法剣士という職業で。
全ての能力に置いて彼に勝っている自信はある。が……、同じことをやれと言われると、難しいかもしれない。
「なぁレオス。ドリーはどうして、このパーティを出て行ってしまったのだ?」
私が訪ねるとレオスも他のみんなも、いやに微妙な表情を見せていた。
何か触れない方が良い話題なのだろうか。しかし、私もパーティメンバーの一員なのだ。確認する権利くらいあるだろう。
そう考えていると先を行くレオスが、薄ら笑いを浮かべながら口を開く。
「ま、まぁ……、アイツもアイツで? 色々考えていたっぽいからなァ。
突然の申し出には驚いたが、やる気のないヤツを置いておいても仕方ないし」
レオスの言葉に続き、周りの者も「そ、そうだなぁ……」「うんうん」と口をそろえて頷いていた。
明らかに変な空気ではあるが……、まぁ、これを作り出してしまったのも私、か。
切り上げてしまったほうが得策かな。
「すまない。少し気になっただけだ」
そう言うと周りの者にも安堵の息が漏れる。
変わらずやや上ずった口調で、レオスは言った。
「はは……。ユミナの役割が変わるワケではないからサ。そこは安心しろよ。
普通に魔法剣士をしてくれれば良いだけだから」
「そ、そうそう」
「いやいやリーダー。彼女はドリーなんかよりも能力が高いんだ。
アイツ以上の仕事をこなしてくれるでしょうよ!」
「ハハハッ! それもそうだな!」
盛り上がるメンツをよそに一息ついて、私は大人しく殿の務めに戻った。
まぁ正直な話……、戦力としては問題ないか。
前衛の力は、私や剣士のレオス、戦士のガディが居れば大丈夫だろうし、回復も神官職のマルティがいる。遠距離から弓のジューオがフォローも出来るし、バランスは十分とれている。
ただ私が気にしすぎているだけなのだろう。
ダメージこそ少ないものの、どこかしら先ほどよりも疲労感が増している。
彼が居た時と居なくなった後で、僅かではあるものの、確実にそうと言える事柄だ。
「……、」
それはもしかしたら、彼に関係のない事柄なのかもしれない。
単純に階層も上がり、敵が強くなっているだけな可能性もある。
けれど――――
得体の知れない不安を感じながらも、私は歩みを進めていった。
この先。
何もトラブルが起きなければ良いのだが……。